2年前のミス - 2

 門から続く道を横にそれ、数十メートル進んだあたりに生えている木の側で足を止める。

 そこでミリアンナから話を聞くと、口から深いため息が溢れる。


 「はぁ‥‥‥‥つまり、お前が2年前のあの出来事を覚えているのは、『暴食』の権能によって『傲慢』の力の影響を喰らったから、ということか?」

 「ええ、そうよ」

 「‥‥‥そして、お前はその『暴食』と契約をしていると」

 「そうね」

 「‥‥‥はぁ」


 またもや口からため息が溢れる。

 

 予想の範囲外だ。

 まさかあの2年前の出来事を覚えている人間が存在し、その方法が大罪の悪魔の権能によるものとは。

 これまでも大罪の悪魔に対してはその能力が未知であるために警戒はしてきたが、『傲慢』の改変すら無力化しうるとなればそのレベルを引き上げなければならない。

 それに加えて2年前のパーティーに出席した者達についても記憶の有無の確認もだ。


 ‥‥‥ああ、腹立たしい。


 こんな些細なミスを犯した自分に対して怒りが湧く。

 何故こんなミスを犯した。

 自分の運命シナリオを壊すと宣っておきながらこのザマとは。


 実に、腹立たしい。


 「旦那様」

 「レイス様」


 左右からそれぞれ声をかけられる。

 視線を向ければリリアとルルアがそれぞれ俺の手を握って落ち着かせてくれている。

 怒りに染まっていた頭がゆっくりと静まり、冷静さが戻ってくる。


 「‥‥‥助かった」


 そうだ、怒りで我を失ってはなすべきこともできなくなる。

 一つずつ片付けなければならない。


 視線を前に向け直す。

 先ほど怒りを抱いた時に俺の体から溢れ出ていた魔力にあてられたのか、ミリアンナは顔を青くしている。


 「ミリアンナ」

 「ッ、な、何かしら?」

 「そう怯えるな。別に殺しはしない」

 「そ、そう‥‥‥」


 ミリアンナはあからさまにホッとしたような表情をする。

 普段は貴族令嬢として理想的な振る舞いをするので、こうして表に表情が出ることは珍しい。

 俺の魔力にかなりの恐怖を抱いたのだろう。


 「それで、お前が他に俺に隠していることは?」

 「もう一体、大罪の悪魔ではない悪魔と契約しているわ」

 「能力は?」

 「見たい時に見たいものを見ることができる能力よ」

 「先程のお前の話から察するに、物事が起こっている場にいなくてもその光景を見ることができるのか?」

 「そうよ」


 大罪の悪魔の能力すらも喰らうことができる『暴食』に、離れた位置から見たいものを見れる能力を持つ悪魔。

 ‥‥‥使い道がありそうだな。

 

 俺が主人公を叩きのめしたことに加え、原作には全く登場することのなかった悪魔の存在などによって、この世界が原作通りの運命シナリオを辿る可能性は限りなく低いと言っていいだろう。

 そんな中でこの二つの能力を持っていれば対応できる不足の事態の幅が広がる。


 「ミリアンナ。今回の件についてだが、俺が手を出すことはしないと誓おう。お前もそれが望みだったのだろう?」

 「‥‥‥ええ、そうよ」

 

 ミリアンナはそう素直に頷く。


 おそらくだが、ミリアンナは俺と同じ魔法学院に通うにあたって、在学中この件を俺に隠し通すことが難しいと考えたのだろう。

 そして、俺が敵対したものに対して一切の容赦をしないことも2年前の件で知っていた。

 だからこそ、今日こうして事実を俺に告げ、敵対の意思がないことを示したのだろう。

 

 「でも、あなたのことだからタダでというわけではないでしょう?」

 「ほう?」


 素直に頷きはしたが、ミリアンナの目にはいまだに警戒の色がある。

 さすがは公爵令嬢と言ったところか。


 「舐めないでもらいたいわね。私は公爵家の長女。人の内心を推し量るのは得意なのよ」

 「そうか、ならはっきりと言おう。俺はお前に手を出さないと誓う。その代わり俺が求めた時、お前の契約する悪魔の力を使え」

 「‥‥‥何をするつもりなのかしら?」

 「お前が知る必要はない」


 しばしの間視線をぶつけ合う。

 やがてミリアンナが瞼を下ろし、視線を切った。

 

 「その条件でいいわ、レイス。ただし、あまり無茶なことはさせないで。こっちは第二皇子との婚約がなくなった理由のせいで次の婚約者がなかなか決まらないんだから」


 第二皇子の死が理由でなくなった婚約だからな。

 ミリアンナと婚約したら自分も死ぬかもしれない、家が没落するかもしれないなどと言った中世特有の考え方のせいでどこの家も婚約を結びたがらないのだろう。

 哀れだな。


 「そうか」

 「‥‥‥あなたにも責任があると思うのだけど?」


 そう言ってじっとりとした視線を向けてくるミリアンナ。

 2年前よりも女としての体ができてきているミリアンナのその仕草はなかなかにクるものがある。

 ‥‥‥ふむ。


 「もし誰も婚約を結ばなかったら、俺のところに来るといい」

 「は?‥‥‥‥そ、それって」


 言葉の意味を理解したらしいミリアンナが顔を赤く染め上げていく。

 その様子を心の内で楽しみつつ、ミリアンナ自身も忘れているであろう次の話題に移る。


 「それで、お前が確認したいこととは何だ?」

 「う、うぅ‥‥‥‥‥」

 「おい」

 「‥‥え、あ、えっと、何かしら?」

 「最初に言っていただろう。お礼と確認がしたいと」

 「あ、ああ。そうだったわね」

 

 顔を赤くして戸惑っていたことを誤魔化すように咳払いをした後、表情を直したミリアンナが口を開く。


 「昨日あなたが決闘を行った男爵家の生徒についてよ」


 ミリアンナの口から出てきた言葉にほんの少し感情が揺らぐ。


 「あなたが来るのを待っている間に耳に入ってきたのだけれど、あの生徒、あなたの奴隷を解放することをまだ諦めていないそうよ」

 「そうか」


 まあ、予想の範疇だ。


 俺は前世においてこの世界の元であるゲームをプレイしているので、主人公の性格については嫌と言うほど知っている。

 奴がこの程度で諦めるようなら主人公としての資格はないも同然だろう。


 「‥‥‥このままだとあの生徒がいつまでも絡んできて公爵家が軽く見られることになるから、何か対策をするつもりなのかって聞くつもりだったのだけど、その様子だともう手を打ってあるようね?」

 「無論だ」


 主人公の性格を知っていればあの決闘後の行動やそれによるこちらの不利益も容易く想像することができる。

 そのため、昨日決闘が終わってすぐに奴の行動を阻害するための手配をした。


 主人公の実家の境遇については原作知識としてすでに知っているためそれを利用させてもらった。

 まずは主人公の家に様々な嫌だらせを行っている貴族家に圧力をかけてそれをやめさせ、ヒーヴィル公爵家から領地経営の支援を行う。

 次に主人公が治療のために入院している治療院に賄賂を渡して"怪我の療養のため"と言う理由のもと、実家に送り返し父親との面会の機会を持たせる。

 この時、父親には事前に主人公が支援してくれているヒーヴィル公爵家の人間に決闘を挑んだと言う事実が伝わっているようにする。


 そして、実家に帰った主人公は父親からの話を受けて、次に俺に絡んだら支援を打ち切られるかもしれない、ストレスがなくなり元気になった父親が昔のように戻るかもしれないと言う不安から俺に関わることが減る。

 奴が自分よりも他人、特に身内を優先する性格を利用したものだ。


 この2年で父親からヒーヴィル家の権限を半分ほど渡されていたからこそできたものではあるが。


 今頃、主人公は実家に帰るようにと言われた頃だろう。


 そんなことを前世の知識に関する部分をはぐらかして伝えれば、ミリアンナは眉を顰めて口を開いた。


 「‥‥‥あなたって、性格悪いわね」

 「昔から変わらないのだが?」

 「‥‥‥そうね。昔から悪かったわね」

 「旦那様はかっこいいですよ」


 さりげなく俺を非難するミリアンナのことあのすぐ後に、リリアが俺を全肯定しているような言葉を発する。

 頭を撫でておく。


 「まあ、あなたがしっかり対策をしていることはわかったわ。私が聞きたいことは聞けたから、そろそろ行くわね」

 「ああ」


 そう言ってミリアンナは『暴食』の悪魔を連れて自分の教室に向かって行った。

 ちなみにミリアンナはS-サードクラスで、俺とは別クラスだ。


 「私たちもそろそろ向かいましょうか」

 「そうだね。2日目から遅刻なんてできないからね」


 リリアとルルアの言葉をきっかけにして俺たちも自分の教室に向かう。

 クラスが別の2人とは途中で別れ、自分のクラスへと廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。


 「レイス・ヒーヴィル」

 「‥‥‥‥」

 「いいのですか?返事をしなくて」


 声の主がいるため敬語を使っているセリーナが問いかけてくる。

 俺は視線を動かすことなくこたえる。


 「必要ない。どうせ昨日の件だろう。無視してかまわん」

 「レイス・ヒーヴィル、止まりなさい!」


 声を大きくして再度声をかけてくるが俺は足を止めない。


 「レイス・ヒーヴィル!学院長がお呼びです!」


 足を止める。


 何をどう伝えれば、決闘に学院のトップが介入してくるんだ。


 

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