年上ヒロインと悪役

2年前のミス - 1

 主人公に決闘を挑まれ、それを返り討ちにした翌日。

 決闘の有無に関わらず今日から学院での授業が始まるため、馬車に乗って学園に向かっていた。

 馬車に揺られて学院に向かう俺たちは誰1人として昨日のことを気にした様子はない。


 常識知らずにも高位貴族である俺に決闘を挑み、あまつさえセリーナを解放しろと言ってきた愚か者には報いを受けさせ、今後同じことを繰り返させないための対応も済ませた。

 その上でまたこちらに絡んでくるようなことがあれば、奴が主人公であり、この世界の行く末を大きく左右する人物だとしても殺すと決めている。

 そのため俺は大して気にすることはなく、リリア達に関してはあの程度の実力では俺をどうこうすることはできないと理解しているが故に気にしていないようだった。


 しばらくすると馬車の揺れが収まり学院に到着した。

 御者が外側から開いた扉をくぐり外に出た瞬間、周りから多くの視線が俺に集まってきた。

 恐怖、畏怖、敵対心、怪訝、怒りなどその視線に宿る感情は様々だが、恐怖の割合が圧倒的に多い。


 まあ、それも仕方のないことだろう。

 昨日の決闘はその事情と決闘の本当の意味を理解していなければ、俺が主人公に対して過剰な力を振るったようにしか見えないのだから。

 

 「あら?なんだか旦那様がたくさんの視線を向けられている気がするんですけれど、気のせいでしょうか?」

 「気のせいじゃないよ、姉さん。みんなレイス様を見てる。多分昨日の件だろうね」


 俺の後に続いて馬車を降りてきたリリアとルルアが後ろでそんな会話をしている。

 ルルアに至っては若干呆れたような声だ。


 「気にするな。有象無象の視線など無視すればいい」

 「はい、旦那様」

 「わかった」


 いつも通りそれぞれの腕をリリアとルルアと組んで歩き始める。

 俺たちが進む先は昨日同様に自然と人が割れ道が出来上がっている。

 そこをそうであることが当然であると言わんばかりに歩いていくと、左右に分かれた人垣の片方から1人の生徒が出てきて俺たちの前に立ち塞がった。


 俺たちの進路上に堂々とした態度で立ち塞がるのは艶のあるアメジスト色の髪を腰の辺りまで伸ばした女生徒。

 2年前まで第二皇子の婚約者という立場にあった公爵令嬢、ミリアンナ・リシャールだ。


 「久しぶりね、レイス。相変わらずな様子で何よりよ」

 「何か用か、ミリアンナ」

 「冷たいわね。それが久しぶりに会った友人にかける言葉かしら」

 「お前を友人と思ったことは一度もないがな」

 「奇遇ね、私もよ」


 なら何で友人だなんて言ったんだ。

 そんな言葉が口から出そうになったのをぐっと堪えた。

 これ以上何か言えば永遠に進めない気がしたのだ。


 「それで、結局何の用だ」

 「お礼と少し確認をしようと思って」

 「お礼?」

 「そう、2年前の件よ」


 ミリアンナの言う2年前のお礼というものにまるで心当たりがない。

 その時期にミリアンナと会ったのはあの婚約発表のパーティーのみであり、その時の記憶も改変されて俺が何かしたという記憶はないはずだ。

 

 俺が考え込んでいると、ミリアンナは嬉しそうに頬を緩め口を開いた。


 「その様子だと、あなたを完全に欺けたようね」

 「‥‥‥何?」

 「私は、あの日の出来事を全てわよ?」


 瞬間、刃の形に形成した魔力でミリアンナを囲み動きを封じようとするが、ミリアンナの周りに近づくと一瞬で消滅する。

 それと同時に凄まじい速さでこちらに向かって来る気配も感知する。

 遅れてその気配に気がついたリリアとルルアが俺の腕を離して警戒するが、視界にはそれらしい姿が見当たらない。

 混乱し始めている様子の2人にため息が漏れる。

 この程度であれば、聖女の力と『傲慢』のカケラをそれぞれ持つ2人なら落ち着けば対処できると言うのに。

 再度ため息を漏らしながら片手を上げ、見えない気配が目の前まで来たところで開いていた手を握る。


 「ーーえっ?」


 驚いたような声と共に感じた何かを掴んだ感覚がすると、今まで見えなかったものがゆっくりと見えてくる。

 足の先から色を注がれるように段々と姿を表してくる見えない気配の正体。


 その姿は子供サイズの執事服を着た黒髪の少年だった。


 気配からその姿は小さなものだろうと予想していたが、まさか子供だとは思っておらずほんの少し驚く。

 だが、子供であるからと言って油断はしない。


 少年の頭を掴んでいる手に力を込める。

 

 「ぐ、うぅぅ‥‥‥‥」


 少年の顔が苦悶の表情に歪み、苦しげな声が漏れる。

 そのまま力を強めていこうとすると、ミリアンナが声を張り上げた。


 「レイス、その手を止めてっ」

 「ーーお前の手の者か?」


 一旦力を込めるのを止め、ミリアンナに問う。

 ミリアンナは俺が力を込めるのをやめたのがわかったのか表情をほんの少し緩める。


 「そうだけど、正確にはそうじゃない」

 「どう言うことだ」

 「その子は私の契約相手。大罪の悪魔の一体、『暴食』の悪魔よ」

 「‥‥‥場所を変えるぞ」


 元々俺たちの周りにかなりの人間がいたが、この騒ぎでさらに集まってきている。

 この話題を聞かれるわけにはいかない。


 「‥‥‥随分と、面倒なことになった」

 


 


作者より

近況報告ノートに更新頻度について書いておきます。


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