無価値
先日、実技試験の行われた修練場の一つ。
入学式の日に使われることはほぼあり得ないその場所にはどこから聞きつけたのか大勢の人間が集まってきていた。
それは今日入学したばかりの一年や寮暮らしの上級生、さらには教師までもが修練場を囲うように集まっている。
そして、それらの人間が注目するのは2人の人物。
"主人公"であるカイン・ローグリンと"悪役"である俺、レイス・ヒーヴィル。
先程教室内で主人公が挑み、俺が受けた決闘はその日のうちに行われることになった。
審判は騒ぎを聞きつけて教室に戻ってきたS-ファーストの担任が行うようだ。
そしてこの決闘はお互いが相手に欲するものを賭けて行う『貴族の決闘』。
だが、主人公は俺のものであるセリーナを奴隷から解放することを要求したのに対し、俺は何も要求していない。
それはひとえに、奴から奪う価値のあるものがない、つまりはカイン・ローグリンという存在に価値を感じていないからだ。
奴よりも身分が上である俺に対しての態度、この決闘で勝った場合の要求、独りよがりな世界の見方。
どこを見ても等しく無価値。
そんな奴から奪ったものなどゴミに等しい。
そして何より、奴が俺に勝てると思っていることが何よりも腹立たしい。
だからこそ俺は、奴に求めない。
この決闘は奴を、"主人公"を"悪役"として蹂躙するために。
俺の大切なものを守るため。
圧倒的 "悪" として存在するために。
この決闘を行う。
数十メートル先では主人公がヒロインらしき女や友人達と言葉を交わしており、その場の全員の瞳に主人公と同じ光と意志が宿っている。
そして周りにいる人間は主人公達には"正義"を見る視線を、俺には"悪"を見る視線を向けている。
その視線には一切の迷いも疑いも無い。
ただただ盲目的に"正義"を"主人公"を信じている。
あぁ。反吐が出る。
「両者、前へ」
審判を務める担任の声に従い無手のまま足を前に進め、止める。
俺の前には刃のひかれた長剣を持つ主人公が立っている。
「では最終確認を行います。この決闘のルールは三つ。一つ、勝敗はどちらかが戦闘継続が不可能な状態になる、もしくは降参を宣言した場合にのみ決まります。二つ、敗者は勝者の要求に応じること。三つ、この決闘で決まったことを後から覆さないこと。そして勝者の要求ですが、カイン・ローグリンはレイス・ヒーヴィルが所有する奴隷を解放すること、レイス・ヒーヴィルはなしと言うことで間違いありませんか?」
「はい」
「ああ」
「では、両者構え!」
審判の声に主人公は剣を構えて戦闘に備える。
それに対して俺は制服のポケットに手を突っ込んだまま直立不動。
俺の様子を訝しんだのか主人公が言葉を飛ばしてきた。
「お前、俺のことを舐めているのか?」
「貴様程度手を使う必要もない」
「随分と傲慢だな」
「それだけの力を、俺は持っている」
「‥‥‥彼女は必ず奴隷から解放する」
主人公の言葉を最後に場が静寂に包まれる。
その空間の中で審判が静かに手を振り上げーー
「始め!」
ーー下ろした。
「『身体強化』」
開始の合図と共に主人公が自らの肉体を強化する。
そして次の瞬間、俺の視界から消えた。
だが、消えたのは姿だけ。
気配や魔力が消えたわけではない。
主人公の気配を強く感じる背後、そこに圧縮した魔力を設置し解放する。
「『
「ガッ!?」
圧縮されていた魔力が解放されたことによって起きた衝撃波で主人公が吹き飛ばされた。
ゆっくりと後ろに振り返れば片膝をつき、こちらを見据えている主人公の姿が目に入る。
地面を転がったのか真新しい制服には汚れが見られる。
「‥‥‥今、何をした」
戦いの最中だと言うのに間抜けにも俺に質問をする主人公。
何とも、愚かだ。
「『
「グッ!?ア゛ア゛ァァァァッ!?」
骨が折れ、砕ける音が修練場に響く。
その音の発生源である主人公は自らの両腕と両足に走る激痛に悶え、顔を庇うこともできずに前に倒れた。
「呆気ないな」
俺は無様にも痛みに悶え続ける主人公の姿を見て口からそう溢す。
俺はこの決闘において剣も魔法も使っておらず、最初の場所から全く動いていない。
使ったのは魔力操作のみ。
そしてこの魔力操作も、使用効率を上げるために魔法と同じ形に昇華させ、まだ実戦で使い慣れていない状態のものだ。
それにも関わらずこの有り様とは。
この程度の力で俺からセリーナを奪うなどとほざいていたのか。
実に、不愉快だ。
地面に這いつくばる主人公に近づき、見下ろす。
痛みに堪えているのか先ほどのように苦痛に叫ぶ様子はない。
むしろ、強い意志の宿った瞳でこちらを見上げている。
「おーー」
「地に這いつくばる雑魚が口を開くな」
主人公の顔面を蹴り飛ばす。
今の衝撃で顎の骨が折れたのか口から血が垂れ、だらんと開いたままの状態になった。
「あぁぁぁ!うぁああ!」
「黙れ」
頭を踏みつけ黙らせる。
体を自由に動かせなくなり、言葉を話すこともできない状態になりながらも主人公の瞳の光は消えない。
"正義"に燃える光が。
「やめてっ!カインはもう戦えない!」
後ろから悲しみと怒りの混ざったそんな声が聞こえた。
視線だけ後ろに向ければ、そこには先ほどコイツと話していたヒロインらしき女が立っている。
「その足をどけて!それはルールに反するわ!」
「そこに突っ立っている教師に言ったらどうだ?」
「ッ!先生!決闘の終了を!先生!」
「あ、ああ。しょ、勝者、レイス・ヒーヴィル!」
生徒に呼びかけられた審判がやっと動き出す。
俺の勝利を宣言した後、急いでこちらに駆け寄ってきた担任は主人公の容態を確認し、周りの人間に担架を持ってくるように言った。
主人公は運ばれてきた担架に乗せられて、何人かの生徒や教師によって保健室まで運ばれていった。
その付き添いについていった担任がここを去る前。
「レイス・ヒーヴィル。後で職員室に来なさい。今回のことは幾ら何でも度が過ぎています。相応の処罰があると思いなさい」
と言っていた。
自分のミスを棚に上げて何を言っているんだ、奴は。
担任がさっさと決闘を止めなかったことが原因だろうに。
俺は担任の言葉を無視して自然と二つに割れた人垣の間を通る。
「リリア、ルルア。帰るぞ」
先程決闘の最中に姿の見えた2人の名を呼べば、人垣の間から俺の側までやってきた。
もちろんレヴィアナとセリーナも後ろからついてきている。
「もうっ。知らない間に何をやっているんですか?」
「帰ったら詳しく聞かせてね」
それぞれ俺の左右で腕を組んだ2人がそんなことを言ってくる。
「気が向いたらな」
適当に返事を返しつつ腕に押し付けられるこの二年で大きく成長した2人の双丘の柔らかさを味わう。
ささくれだった心が癒される。
「ねえ!」
そんな俺の心を再度ささくれ立たせる声が耳に入る。
どうやらあの女は主人公についていかなかったようだ。
「あなたはそれでいいの?そんな奴の奴隷のままでいいの?」
それはセリーナに向けて放たれた言葉。
どこか期待するような、懇願するような、縋り付くような声だ。
声をかけられた本人であるセリーナが女の方に体を傾けた。
「あなたの価値観で語らないで下さい。不愉快よ」
「え‥‥‥‥」
女の顔から表情が抜け落ち、その場に膝から崩れ落ちた。
「ク、ククッ。クハハハッ。さすがだな、セリーナ」
「当然のことです」
恭しく頭を下げるセリーナ。
実に芝居がかった仕草だ。
だが、面白い。
あの言葉の後であるのも尚更だ。
「ーークハハッ」
俺はその場に崩れ落ちた女と静まり帰った人間たちを放って門へと向かった。
作者より
ここまでお読みくださりありがとうございました。
とりあえず、当初書きたいと思っていたところまで書き切ることが出来ました。
今後については近況報告ノートに書きましたので、そちらまでどうぞ。
一応言っておくと、終わりではありませんよ。
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