実力試験 - ルルアの場合

 筆記試験の後、姉さんと別れて模擬戦の会場に向かった私は受付を済ませて自分の順番を待っていた。

 複数箇所で行われている他の人の模擬戦を眺めながらレヴィアナさんに問う。


 「レヴィアナさん」

 「何でしょう?」

 「ここでも行われている模擬戦のレベルって、どれくらいなんですか?」

 

 具体性にかける質問。

 レヴィアナさんはその質問で私が聞きたいことを理解して答えてくれる。


 「この年代の人間が行う一般的なレベルです」

 「‥‥そうなんですね。何というか‥‥‥」

 「レベルが低すぎる、と思いましたか?」

 「‥‥‥はい」


 レヴィアナさんの言葉に肯定で返す。


 「ルルア様。今から言うことはあなたの師としての言葉です」

 「はい」


 一瞬にしてレヴィアナさんの纏う雰囲気が変化した。

 私もそれに合わせて姿勢を正し、彼女の方に顔を向ける。


 「先ほど言った通りここで行われている模擬戦はレベルが低く、普段マスターや私と鍛錬を行なっているあなたにとって警戒するに値しないものでしょう」

 「‥‥‥‥」

 「ですが、だからと言って慢心をしてはなりません。何が起こるかわからない戦いの場ではたとえ格下の相手であろうとその慢心のせいで敗北することもあり得るのですから」

 「‥‥はい」

 「私の言いたいことは分かりましたか?」

 「はい」


 レヴィアナさんはどんな相手であっても油断をしてはいけないと言うことを伝えてきた。

 相手の実力に合わせて力を抜くことはあれど、油断だけはしてはならないと。

 それが敗北につながるから。


 それを自分の中にしっかりと刻み、私は返事を返す。

 レヴィアナさんは纏う雰囲気を使用人としてのそれに切り替える。


 「受験生ルルア、こちらへ」


 ちょうど私の順番が来た。


 「いってらっしゃいませ」

 「はいっ」


 腰を曲げ綺麗な礼をするレヴィアナさんに見送られて模擬戦の場内に入る。

 

 私の十数メートル前には1人の少年が立っている。

 おそらくあれが私の対戦相手だろう。


 その少年が持っているのは木で作られた長剣。

 私も長剣を武器として使うが、私のそれよりも刃の幅が広い。

 多分、バスターソードと呼ばれる部類のものだろう。


 両手でも片手でも扱うことのできる長剣。

 その時の状況によって持ち方を変えることができるのは戦闘においてかなり便利だ。

 使い方次第では相手の動きを翻弄することもできる。


 私が相手の武器の知識を記憶の中から引き出していると、ふと気持ちの悪い視線を感じた。

 その視線の主はすぐに見つかった。

 目の前の少年だ。


 私の体を舐め回すかのようにねっとりとした目線で見てくる。

 すごく、気持ち悪い。


 自分の顔が嫌悪に染まっていくのを自覚していると監督官から声がかかった。

 模擬戦前の準備確認だ。

 私が短く応えると、監督官は少年の方にも確認をとる。


 それから間もなく模擬戦開始の宣言がされた。


 「それでは、模擬戦始めっ」

 

 開始の宣言とともに地面を蹴り、少年に向かって駆ける。

 少年が間合いに入った時、彼はまだ開始の合図の時と同じ体勢のままだった。


 でも、そんなことは今この時において関係ない。

 気持ち悪い視線を向けてくる相手であれば尚更に。


 無防備な少年の胸に突きが入る。


 「ーーグェッ!?」


 少年が苦しそうな声を漏らして後ろに吹き飛ぶ。

 数回地面をバウンドしてから動きを止めた少年は起き上がる気配を見せない。


 少年から意識は逸らさないまま動きの止まっている監督官に軽く視線を送る。

 それに気がついた監督官が足早に少年の側に近づく。

 少年の状態を確認すると監督官は私を手で示し、勝利を宣言する。


 「勝者、ルルア!」

 「ふぅ‥‥‥」


 それを聞いて私は緊張を解き、構えていた木剣を下ろす。

 模擬戦も終わったのでレヴィアナさんのところに戻ろうと体の向きを変える。

 同時に誰かが私の横に立つ気配がした。


 「あ、あのっ」

 「ん?私?」

 

 目線を向けるとそこには模擬戦の時とは別の少年が立っていた。


 私より高い身長に柔らかそうな明るい茶髪。

 顔つきは悪くはないが、レイス様ほど整っているわけではない。

 上の下と言ったところ。

 体つきは中肉中背、いやそれとなく筋肉がついている。

 何となく魔法を使いそうだなと思った。


 「あの、その、今の模擬戦すごくかっこよかったですっ」

 「そう?ありがとう」


 少年からの素直な賞賛にほんの少し嬉しくなる。

 相手が誰であろうと、自分のことを褒められるのは嬉しい。

 言葉を返すと少年は顔を赤くした。


 「それで、名前を聞いてもいいですか‥‥‥?」

 「ルルアよ」

 「ルルアさん‥‥‥。あのっ、もしこの後時間あったらーー」

 「ルルア様」


 少年の言葉を遮るように聞こえた呼びかけの方を見れば、レヴィアナさんが立っていた。

 いつの間にか側まで来ていたようだ。


 「リリア様が戻られました」

 「分かりました。それじゃあ、また」

 「あ‥‥‥‥」


 少年に別れを告げ、レヴィアナさんと姉さんの方に向かう。

 そういえば、少年は何を言おうとしたんだろう。




 =====




 姉さんと試験の間にできた姉さんの友達と合流し、先程レイス様達と別れた場所まで戻る。

 そこではすでにレイス様が待っていた。


 「旦那様」


 姉さんの呼びかけにこちらに視線を向けたレイス様が一瞬目を見開いた。

 すぐにいつも通りに戻ったが、何となく気になる。


 「問題は?」

 「一つ、ございました」

 「わかった。後で聞こう。帰るぞ」


 姉さんの友達と別れて門の前に止まっている馬車に向かって歩く。

 

 「よりにもよってヒロインか‥‥‥。注意が必要だな」


 そんなレイス様の呟きが耳に入った。

 

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