実力試験 - レイスの場合

 門から続く石畳の道を少し歩いたところで人の波が二つに分かれているのが目に入る。

 おそらくあそこで貴族と平民とで分かれているのだろう。


 魔法学院では一年次は貴族と平民とでクラスが完全に分けられる。

 これにはそれまでの教育環境が影響している。

 幼い頃より金銭的に余裕のある貴族は家庭教師を雇ったり、各地にある初等学校や中等学校で教育を受けるのに対し金銭的余裕のない平民はそういった教育を受けることがないため、入学時点で貴族と平民との間に差ができてしまう。

 そう言った差をなくすために一年次は貴族と平民とでクラスを完全に分け、貴族は復習と応用を中心としたカリキュラムを、平民には基礎を中心としたカリキュラムを組んでいる。

 そのためこの実力試験でも貴族と平民とで会場が分けられているのだ。

 

 人の波が二つに別れる場所に近づくと一旦足を止め、腕を離した2人と向き合う。


 「ここから先にはレヴィアナをつける。何か問題が起こったらレヴィアナに言うといい」

 「大丈夫ですよ」

 「そうよ。レイス様は心配しすぎ。私だって強くなったんだから」


 そう言って2人はこちらを安心させるように笑みを浮かべる。


 「そうか。行くぞセリーナ」

 「ふふっ。ええ」


 俺は2人に短くそう応えるとセリーナに声をかけ、貴族の会場の方向へ足を向ける。


 「旦那様も頑張ってください」


 後ろからリリアのそんな声が耳に入る。

 俺は振り返ることはせず、前を向いたまま応えた。


 「無論だ」

 



 =====




 リリア達と別れてしばらく歩くと修練場のようなひらけた場所が見えてきた。

 その修練場の手前ではいくつかテントのようなものが並び、そこに人の列ができていた。


 「あれは何をしているのでしょう?」


 周りに人が多いため、メイドとして丁寧な言葉遣いになったセリーナが尋ねてくる。


 「受験者の登録と魔力量の測定だ」

 「詳しくお願いします」

 「‥‥‥最低限の情報は頭に入れておけと言ったはずだが?」

 「申し訳ありません」

 「‥‥‥‥はぁ。一度しか言わん」


 魔法学院の実力試験は3日間をかけて行われ、その期間内であればいつ受けてもいいことになっている。

 内容は3つで魔力測定、筆記テスト、実技だ。

 

 魔力測定は言葉通り受験者の魔力量を測定する。

 その測定は水晶型の魔道具を使用して行うものであり、その時に試験を受験したことも合わせて登録するのであのように列ができているのだろう。


 筆記テストは貴族と平民とでその内容が違う。

 貴族は選択式の問題をいくつか渡され、自分が学んだ任意の内容についての問題を解き、平民は魔法についての一般常識の確認を行う。


 実技は模擬戦と魔法の実演の二つがあり、どちらか一つを選ぶことになっている。

 模擬戦は同じ受験者との一対一を行い、その勝敗と模擬戦の中での動きを監督官が確認し評価が下される。

 魔法の実演は離れた位置にある的に向かって魔法を放ち、その発動時間、威力、速度などから評価が下される。


 そしてこの3つの評価の合計で入学後のクラスが決まるのだ。


 列に並び順番が来るのを待つ間にセリーナに実力試験の説明をする。

 

 「ありがとうございます。大体わかりました」

 「次から気をつけろ」

 「‥‥はい」


 返事をするまでに間があったな。

 おそらくまた同じことをするだろうから早めにどうにかしなければいけない。

 まあ、最悪ベッドの上で丁寧に教え込めばいいだろう。


 「次の方、こちらへどうぞ」


 そうこうしているうちに順番が来たので前に進む。

 俺の前に立つのは教員らしい服装の女だ。


 「御名前をどうぞ」

 「レイス・ヒーヴィル」

 「レイス・ヒーヴィルさんですね。ではこちらの魔道具に手を翳してください」


 そう言って女は俺との間に置かれたテーブルの上の魔道具を手で示す。

 それに従い魔道具に手をかざす。


 魔道具はほんの一瞬光を放つと、ガラスが割れるような音を響かせて粉々に砕けた。


 「ーーえ」


 粉々に砕けた魔道具を前に女の動きが止まる。

 同時に魔道具が割れた音によってこちらに周りからの視線が集まり出した。


 「注目の的ですね、ご主人様」

 

 セリーナが口調はそのままに揶揄うような調子でそう言ってくるのを無視しつつ、動きの止まったままの女と魔道具の割れた音に何事かと集まってきた他の人間に声をかける。


 「それで、これはどういった扱いになるんだ?もう一度魔道具を壊した方がいいのか?」

 「い、いえっ。こ、こう言った場合は満点の評価を出すことが決まっていますので、もう一度やる必要はありません」


 俺の対応をしていた女とは別の人間がそう答える。

 

 「では、次の会場に移ってもいいか?」

 「は、はいっ」


 一応確認だけ取り、筆記テストの会場に足を進めた。




 =====




 筆記テストを終えた後、実技試験に模擬戦を選択した俺はセリーナを連れて先ほどの修練場に向けて足を進めていた。


 「ご主人様、筆記テストはどうでしたか?」

 「問題ない。あの程度であれば間違える方が難しい」

 「さすがですね」


 後ろを歩くセリーナと薄い内容の会話をしていると修練場の喧騒が耳に入ってきた。

 そのまま進み修練場に出る。


 修練場に足を踏み入れ、模擬戦受験者とわかりやすく示された場所に向かう。

 そこで模擬戦の説明を受け、自分の番が来るのを待つ。


 待っている間に他の試合の様子を見てみるが大したことはない。

 全員いかにも貴族のボンボンと言った実力だ。

 数人ほどマシな者もいるが、俺の足元にも及ばない。

 思ったよりも退屈そうだ。


 「次、レイス・ヒーヴィル」


 俺の番が来たのでセリーナはその場に待機させ、決められた範囲内に入る。

 反対側には自信たっぷりな笑みを浮かべた男が立っている。


 いかにも自分の方が強いとでも言いたげな表情だ。


 そんな表情を浮かべた男が俺に向かって声をかけてきた。


 「おい、お前。降参するなら今のうちだぞ。お前じゃオレには勝てないからな」

 「審判、始めろ」

 「無視してんじゃねぇっ」


 男を無視して審判に開始の合図を出すように言う。

 審判は男の様子を確認し、俺の様子も確認すると目の前の空気を縦に両断するように振り下ろし開始の合図を出した。


 「模擬戦、開始っ」

 「オラァッ!」


 開始の合図とともに男が手に持つ木剣を振り上げ突っ込んできた。

 それに対して俺はその場から一歩も動くことなく右手だけを前に出し、唱える。

 

 「『昇炎ライジング フレイム』」


 瞬間、こちらに向かって突っ込んでくる男の足元から柱のような炎が立ち上り男を包み込んだ。

 しばらくしてだんだんと炎が細くなり、完全に炎が消えるとその中から服が全て燃え、全身にひどい火傷を負った男が倒れるようにして出てきた。


 「雑魚が囀るな」


 男の様子を最後まで確認することなくその場から立ち去ろうとした俺の耳に一つ呼びかけが引っかかった。


 「次、カイン・ローグリン」


 その呼びかけの方に目を向ければ、意志の強さを表したかのような赤髪と正義心に満ちた顔つきをしている1人の男の姿が目に入った。

 その姿に悪役の笑みが浮かぶ。


 「ようやく、ご登場か。主人公」






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