空虚
第二皇子殿下の婚約発表のパーティーから一夜明けた翌日。
私達の側に旦那様はいなかった。
「その目で我を見るな、女。実に不愉快だ」
いるのは旦那様の姿をした別物。
姿が同じであってもその瞳から向けられる感情も私への態度も旦那様とはまるで違う。
昨日、帝都の別邸に戻ってきてからレヴィアナさんに聞いた。
アレは旦那様の中に存在するレヴィアナさんとは別の『傲慢』の悪魔なのだと。
アレが生まれたのは何年も前、旦那様とレヴィアナさんが契約を交わした時だったらしい。
悪魔の中で最上位に属する大罪の悪魔と契約を交わしたことにより、その膨大な力がまだ幼かった旦那様の体に流れ込んだ。
本来であればその膨大な力は旦那様の小さな体に収まり切ることはできず、溢れた分はそのまま世界に溶けていくはずだった。
でも、旦那様はその力を溢れさせることなく無理矢理その身に吸収しきり、その結果本来吸収しきれなかったはずの力が変異を起こして人格を持ち、アレが生まれたのだと言う。
レヴィアナさんはその人格に『傲慢』の力が備わっていることを察し危険だと判断してすぐにそれを消そうとしたが、旦那様はそれをさせず自らの力として使うことを決めたのだそうだ。
実際旦那様はその人格を御し、自らの力の一部としてうまく使っていた。
それこそ昨日のように。
でも、大きな力には必ず代償が付きまとい、旦那様も例外ではなかった。
その代償は大きく分けて二つ。
一つは一時的に体の自由と魔力を失うこと。
アレが表に出ている間旦那様の意識はなくなり、体の自由はアレが手に入れる。
そしてアレが表に出ている間常時膨大な量の魔力を消費するため、旦那様が意識を取り戻すときには魔力が空になっているらしい。
つまり旦那様はアレが体の自由を手に入れている間外の情報を一切手に入れることがでず、魔力がないために魔法が一切使用できない状態で目を覚ますのだ。
そしてもう一つの代償は人格の逆転が進むこと。
今現在では旦那様の人格が七、アレの人格が三という割合で存在しているため旦那様の意思で人格の入れ替えが可能なのだと言う。
でも、アレを表に出す度にその割合は少しずつ少しづつ変化し、アレの人格の割合が大きくなっているらしい。
このままいくといつか今の状況が逆転し、やがて旦那様の人格は消えてしまうのだと言う。
それは事実上の死に他ならない。
この二つ以外にも細かな代償はいくつかあるが、この二つ程影響は大きくないらしい。
でも、それを知っても私の心は絶望の中に沈んだ。
それはルルアも同じだった。
このままいけば旦那様はいなくなってしまう。
死んでしまう。
この世界に、旦那様のいない世界に取り残されてしまう。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
だから私は決めた。
旦那様がいなくならない、死なない方法を見つけると。
でも、旦那様の意思を無視したくはない。
私は旦那様のものだから旦那様の意思の邪魔はしたくない。
だから、探すのはあくまでアレを、"『傲慢』を押さえ込む方法"もしくは"力を抜き取る方法"。
私の全てをかけて必ず見つけると決めた。
=====
旦那様がいなくなってから二日。
私の心はポッカリと穴が空いたようだった。
何をしても満たされない。
何をしても何も感じない。
灰色の世界だけが続く。
世界に色がない。
感情がない。
思いがない。
一日を死んだように無表情に、無気力に過ごす。
「リリア様、少しお休みになられてはいかがでしょう?」
そんな私の様子を見ていたレヴィアナさんがそう言ってくる。
先程ルルアにも同じようなことを言われた。
余程ひどい様子なのだろう。
私には全くわからないが。
「‥‥‥ええ、そうですね。少し、やすーー」
「姉さんッ!」
扉が勢いよく開き、興奮した様子のルルアが部屋に入ってきた。
その顔には歓喜の感情が浮かんでいる。
「どうしたの、ルルア?」
「れ、レイス様が、倒れたって、使用人の人たちが、言ってて」
息を切らしながらそう口にするルルアの言葉を無気力に聞く。
でも、その言葉の意味がだんだんとわかってくるとこの二日間何も動かなかった心が暴れ始める。
「‥‥‥そ、それ、って」
レヴィアナさんの方に顔を向ける。
彼女は小さく頷くと口を開いた。
「おそらく、マスターの魔力がなくなったのだと思われます。直にマスターが目を覚ますかと」
「‥‥‥あ、あぁ。ああぁ‥‥‥」
瞳から涙が溢れる。
ようやく、ようやく旦那様に会える。
二日間。
たったの二日間でも、私には永遠のようにも感じられた灰色の世界。
それが、ようやく終わる。
しばらくして使用人さん達の手によって旦那様が部屋に運び込まれ、ベッドに寝かされた。
医師の診察を受け、眠っているだけだと判断されて私達3人だけが残った部屋の中。
私はゆっくりと旦那様の眠るベッドに近づくと、旦那様の隣に体を横たえその腕に抱きついた。
久しぶりの旦那様の体温。
鍛えられた肉体特有の硬い感触。
旦那様の匂い。
心が満たされる。
「‥‥‥‥んっ」
はしたなくも濡れてしまった。
一気に押し寄せる快感に抗えない。
反対側でルルアも私と同じように旦那様の腕に抱きついているのが目に入る。
こういうところは姉妹で似るのだろうか。
私は視線を旦那様の顔に戻し、顔を近づけて頰に唇を触れさせる。
「もう、絶対に離しませんから」
たとえ、この命が尽きたとしても。
作者より
なくてもいいと思ったけど一応報告します。
新作作成中。
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