圧倒的な力-1
リリアとルルアに声をかけ、自ら慈悲を捨てに行った第二皇子をわずかな間とはいえ俺が見逃したのには二つの理由がある。
一つはピンク髪の女との関係をはっきりさせるため。
今回のパーティーに参加しているのは第二皇子と歳の差2つまでの子息令嬢とその保護者たる各家の当主だけだ。
このパーティーに参加する者の条件として当てはまらない女が会場にいること自体がおかしく、その女に俺が接触してすぐに姿を見せた第二皇子。
姿を見せたタイミングに加え、先程の挨拶の時に垣間見えた俺に対する恐怖がなくなっているかのような振る舞い。
明らかに不自然だった。
先程のダンスの時のミリアンナも言葉も踏まえると、繋がりがあると考えるのが自然だ。
もう一つは第二皇子がリリアとルルアに先日帝都で使った悪魔の力を使っても、2人が力の影響を受けることがないとわかっていたため。
リリアは先日帝都で第二皇子に遭遇した時、特に変わった様子はなかった。
言い換えれば、第二皇子の悪魔の力の影響を受けていなかったのだ。
これは少し考えればすぐに答えにたどり着いた。
おそらくリリアが持つ『回復』の聖女の力が第二皇子の悪魔の力を防いだのだろう。
元々聖なる力と魔なる力は相反するものであり、その象徴とも言える聖女の力と悪魔の力がぶつかったのだから当然の結果と言えよう。
ルルアはリリアとは異なり、少なからず第二皇子の悪魔の力を受けていた。
そのため俺が持つ『傲慢』の悪魔の力の一端を二度と同じことが起きないようにと、カケラとしてルルアの体の中に入れた。
このカケラは力の一端と言ってもそれだけで強大な力を宿すものであり、あらゆる精神攻撃を防ぎ宿主を守る。
同じ大罪の悪魔の力であってもそう易々と破れるものではない。
リリアとルルアはそれぞれものは違えど、先日のように悪魔の力の影響を受けなくなっていた。
この二つの理由から俺は第二皇子の行動をわずかな間だけ見逃した。
案の定、第二皇子がピンク髪の女とアイコンタクトを交わし、2人の間には繋がりがあることが確認できた。
その時の2人の様子と状況から考察するに、おそらくピンク髪の女は第二皇子に力を与えた悪魔であり、俺に力を使って俺がピンク髪の女の虜になっている隙にリリアとルルアを第二皇子が連れ去ろうとでも考えていたのだろう。
全くもって、不愉快だ。
突然、会場内に響いた轟音にシンと静まり返る会場。
こちらに集中する視線。
次の瞬間、会場内で音が弾けた。
ーーキャァァァァァァァァ!?
ーーなんだ!何が起こった!
ーー今吹き飛ばされたのは第二皇子殿下か!?
ーー何なんだアイツは!?
突如起こった理解不能な出来事に令嬢達が真っ先に会場の外に逃げ出し、それによってできた波に流されるように他の貴族達も会場の外に逃げていく。
ーー騎士団を呼べ!!
ーー陛下を避難させるんだ!!
ーー反逆者が現れたぞ!!
轟音が響く会場内でそんな声も聞こえてくる。
騎士団を呼ばれたか。
面倒な。
今回は、流石に《《奴》》を出さざるを得ないな。
「『
召喚魔法を使い、公爵邸にいるレヴィアナを呼び出す。
地面に描かれた魔法陣から現れたレヴィアナが恭しく一礼をする。
「お呼びでしょうか、マスター」
「帝城の敷地内から誰も出すな」
「かしこまりました」
そう言ってレヴィアナは一瞬にして姿を消した。
「さてーー」
気配だけは捉えつつもこれまで視線を向けなかったピンク髪の女の方に体を向ける。
女は先程の困惑した表情を消し、何かを企むような笑みを浮かべている。
「レイス様はぁ、その2人がぁ余程大切なんですねぇ」
「媚を売っても無駄だ」
「いえいえ〜。媚を売るなんてぇ、そんなことしませんよぉ。でもぉ、その2人が人質になったらぁ何もできないんだろうなあって思っただけですぅ」
そう言った瞬間、女の姿が一瞬で消える。
「そこを動かないでーーあれっ?」
次の瞬間、リリアの後ろに現れその首に短剣を添えようとした女が困惑に満ちた声を上げる。
女が視線を向ける先。
本来なら女の手がある部分。
そこに手は無く、血の噴き出る手首だけが存在していた。
「お前の汚い血がリリアにかかるだろう」
第二皇子にしたのと同じように魔力で強化した足で蹴り飛ばす。
方向を調節して第二皇子が開けた穴の横、壁のある部分に女を蹴り飛ばす。
会場に開いた穴が大きくなった。
女が飛んでいった方向を横目で見て、戻ってきていないことを確認してリリアの方を向く。
「一応魔力で覆ってはいたが、ドレスは汚れていないか?」
「は、はい。大丈夫です」
第二皇子を会場の外に吹き飛ばす前に、瓦礫などで2人が影響を受けないようにと張った魔力を解除しつつ尋ねると、リリアは困惑しつつも返事をした。
ルルアにも確認をして、問題がないことを確認する。
「ねえ、レイス様。今のって何が起こってたの?」
「ああ。あれはーー」
あの時ピンク髪の女は転移系統の力を使ってリリアとルルアの後ろに転移し、俺に対して人質を取ろうとしていた。
それを女の表情と言葉から予測を立てた俺は瞬時に女の周りに隠蔽した魔力を広げ、奴が転移する直前にその魔力を使って奴の手を切り落とした。
その証拠に先程まで女がいた位置には奴の手が転がっている。
手を切り落とせるのなら首を落とせるだろうと思うかもしれないが、首は手首よりも太く、骨が太い。
いくら俺でも、1秒以下の時間で首を切り落とすことは難しい。
それに加え奴が悪魔である可能性があるので、首を落としただけでは死なず、手を動かす可能性があったので手を切り落としたのだ。
それを説明するとルルアはほんの少し、表情を悔しげに歪めた。
「‥‥‥何も見えなかった」
「今はそれでいい。お前の成長具合ならいずれ見えるようになるし、対処もできるようになる」
「‥‥‥うん」
顔から力を抜いたルルアを確認して第二皇子と女が飛んでいった方向に体を向ける。
「只今戻りました、マスター」
それと同時にレヴィアナも戻ってきた。
「帝城敷地内に特殊結界を張り、あらゆる人物の出入りを不可能としました。結界を張るまでに帝城を出た者はおりません」
「ご苦労」
レヴィアナが報告を終えると同時に、第二皇子と女が飛んでいった方向から爆発的な魔力が発生し、後ろの方からは鎧同士が擦れ合う音がガシャガシャと聞こえてくる。
「さて、蹂躙を始めようか」
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