パーティーの前に (改)

 帝城は皇帝の権威を表すための存在だけあって今歩く広い廊下すらもそこらの貴族では手の届かない絵画が飾られており、下に引かれたカーペットも足に伝わる感覚が今までに感じたことがないほどに心地いい。


 廊下を進んでいくと奥の方から静かな音楽と人々の会話がかすかに聞こえてくる。

 廊下を進むにつれてそれはだんだんと大きくなりやがて大きな広間の入り口に辿り着いた。

 その入り口の横に控えていた使用人が近づいてくる。


 「本日はようこそいらっしゃいました。家名をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 「ヒーヴィルだ」

 「ヒーヴィル公爵家の方々ですね。少々お待ちください」


 使用人は懐から小さな紙束を取り出しそれを一枚ずつめくっていく。


 こうしたパーティーでは会場に入るのに順番というものが存在する。

 その順番というのは男爵家、子爵家、伯爵家、侯爵家、公爵家、皇室、皇帝という順番に、身分が低いものから順に入っていき最終的に身分の一番高い者となる。

 この順番を間違えると貴族特有の面倒臭いことが起こるので貴族はもちろん、使用人もこうして紙束で確認するなどして注意を徹底している。


 ヒーヴィル家は皇帝、皇室に次ぐ身分の高さを持つ公爵家なので会場に入るのはそれなりに後になる。

 そう言ったことも考えて別邸を出発したのでそれほど待つことはないとはずだ。


 「確認ができました。男爵家から侯爵家の貴族の方達は皆様すでにご入場されております。ですがつい先ほど最後の侯爵家の方々がご入場されたところなのですが、いかがいたしましょう?」

 「ふむ‥‥‥‥」


 侯爵家が入場したすぐ後に公爵家が入場するのはあまり良くはない。

 一応順番自体は守っているのだが、これまた貴族特有の見栄が関係してくるので面倒なことこの上ない。

 

 どうしようかと考えていると父がシャルミリナとクラインを連れてこちらに近づいてくるのが視界の端に入る。

 思ったよりも早く来たなと思いそちらに目を向けると、その斜め後ろからもう1人男がこちらに来ているのに気がついた。


 その男は父よりも少し歳がいっているように見えるが、その体から放つオーラは父よりも迫力があるように感じる。

 子供を連れていないところを見るにおそらくリシャール公爵家の当主だ。

 第二皇子の婚約者であるミリアンナの父親なのですでに帝城にいると思っていたが仕事で家に戻っていて、今来たのだろう。


 父は俺がまだ入り口にいることを不思議に思ったのか俺の方に近づいてくる。


 すごいな。

 ついさっき、邪険な雰囲気になったばかりだというのに。

 こう言った切り替えの早いところも皇帝に評価される一因なのだろう。


 「レイス、何かあったのか?」

 「ええ。侯爵家が先ほど会場に入ったばかりらしいので」

 「そうか。ならばここで少し待機だ」


 父はそう言うとリシャール家当主の元に今のことを伝えに行った。

 そんな父と入れ替わるようにシャルミリナがいかにも怒っていますと言いたげな雰囲気で近寄ってきた。


 「お兄様っ。なんで先に行ってしまうんですかっ?私はお兄様にエスコートしてもらうつもりだったんですよっ」

 

 真紅のドレスを纏い、綺麗な金髪に緩くウェーブをかけているシャルミリナはドレスの装飾を揺らしながらそう言う。

 その姿はとても可愛らしくついつい頭を撫でたくなってしまうが、使用人の目があるので堪える。


 「それはすまなかった。だが、俺はエスコートする相手がすでに2人いる。残念だがシャルをエスコートするのは不可能だな」

 「むーっ。やっぱりその2人は使用人ではなくてお兄様の女なんですねっ」

 

 むくれながらシャルミリナはそう言い捨てる。

 公爵邸の使用人には気付かれていなかったが、シャルミリナにはお見通しらしい。

 視察に行くまではシャルミリナと一緒にいる時間が最も長かったので当たり前と言えば当たり前だが。


 むくれるシャルミリナを宥めた後、窓際に移動し壁に背中を預ける。

 リリアとルルアも背中を預けはしないものの俺の隣に立つ。


 「ついにバレちゃいましたね。どうしますか旦那様?」

 「何もしなくていいだろう。シャルが気づいているのは意外だったが、あいつは無闇に言いふらしたりしないからな。父も薄々気がついて何も言ってこないんだ。問題あるまい」

 「そこらへん適当だよねレイス様は」

 「悪いか?」

 「ううん。それくらいがちょうどいいよ」


 そう言ってルルアは笑顔を浮かべた。

 

 そうして2人と話していると父がこちらに歩いてきた。

 父は俺の前で立ち止まると、ほんの少し顔を力を抜いて口を開いた。


 「レイス、先程はすまなかった。つまらん見栄のためにあんなことを言ってしまって。私はもう何も言わない。お前の好きにするといい」


 父が俺に対して軽く頭を下げる。

 それを視界に収めつつ、やはり父は好感の持てる人間だと思う。


 先程の帝城に入る前の会話。

 あれは父の中にもわずかながらに存在する貴族の見栄が現れたもので、俺からしてみれば"これまで好きにさせておいて何を今更"と言ったものだった。

 そのため俺は父に反抗するような態度をとったのだが、父はここにくるまでに自分の行いを考え直し今の行動に移しているようだ。

 だが、一応何故なのかは聞いておかなければならない。

 

 「どういった風の吹き回しですか?」

 「先ほどの入場に関しての対応、切り替えの速さ、帝都までの道中で見たお前の魔法。お前は表に出さないだけでどの点を見ても優秀だ」

 「‥‥‥‥‥」


 父の言葉を黙って聞く。


 「優秀だからこそ下手なことはしないとお前を信用し、好きにさせることを決めた。多少の問題行動にも余程でない限りは目を瞑ろう」

 「そうですか」

 「私の見栄のために不快な思いをさせて、すまなかった」


 父はもう一度謝罪をしてくる。

 素直に謝罪を受け入れる。


 「いえ。構いません」

 「‥‥‥ありがとう。そろそろ、会場に入るぞ」


 そう言って入り口に向かう父を追いかけるように足を動かす。

 俺の後をついてくるリリアが俺にだけ聞こえるように言った。


 「よかったですね旦那様」

 「ああ」

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