『パールシェリア』-2 (改)

 新人の店員に案内されて店の奥に進み、『パールシェリア』の取締役のいる部屋に向かう。

 今歩いている場所は完全に店員専用のスペースとなっているためか、この建物の外観に比べて幾分か落ち着いた雰囲気があり、先ほどのような甘い香りではなく落ち着くような香りが漂っている。

 所々に置かれている調度品もここの雰囲気に合っており尚且つ質もいい。

 

 そうして俺はこの場の雰囲気やら調度品なんかを楽しんでいるのだが、1人騒がしい奴がいる。


 「レイス様が『パールシェリア』の取締役ってどういうこと?私、一言も聞いてないんだけど。」

 「‥‥‥‥」

 「レイス様がそれっぽい仕事してるところも見たことない」

 「‥‥‥‥」

 「‥‥‥ねぇ、返事くらいしてよ‥‥」


 ルルアは俺と腕を組んだまま質問やら疑問やらを飛ばしてきていたが、全て無視していると少し悲しそうな声になった。

 

 ‥‥‥流石に何かしら返事をしないと泣きそうだな。


 ルルアとは反対側のリリアからも困ったような視線が俺に向けられていて、慰めてくださいと視線で言われている。


 「ルルア」

 「‥‥‥何‥‥」


 悲しそうなだけじゃなくて若干拗ねてるな。


 「部屋に着いたら話をする。それまで我慢しろ」


 そう言って俺はリリアから一時的に解放された手でルルアの頭を撫でる。


 「‥‥‥わかった」


 ルルアは幾分か機嫌の直った声で返事をした。

 それを見て手を元に戻すとすかさずリリアに捕まえられた。


 両手に花ってなかなか大変だな。

 

 そんなことをしつつ何度か階段を使って最上階まで上り、廊下を少し歩くと奥に深い色の木材で作られた両開きの扉が目に入った。

 その扉の前に着くと新人の店員はこちらに振り返った。


 「到着しました。こちらが取締役のお部屋になります。私は仕事に戻りますのでこれで失礼します」

 「ああ。ご苦労だった」


 新人の店員は一礼して戻って行った。


 「ここにあの『パールシェリア』の取締役がいらっしゃるのですね」

 「緊張してきたかも‥‥‥」


 取締役が扉の向こうにいるとなって2人はやたらと身構えている。


 2人が思っているような人物ではないのだがな‥‥‥。

 相手の性格を知っているが故に俺はそんな感想を抱く。


 「開けるぞ」

 「えっ。まだ心の準備がーーっ」


 ルルアの言葉を無視して2人から解放された両手で左右の扉を開く。


 すると、扉の向こう側で黙々と書類仕事をしていた1人の女が顔を上げる。


 「ちょっと、ノックもなしに部屋に入るなんて非常識じゃないかしら?」

 「俺に対して随分な口を聞くじゃないか、イリーナ」

 「レイ!」


 女ーイリーナは部屋に入ってきたのが俺だとわかった瞬間、顔に喜色を滲ませ俺の愛称を呼びながらこちらに足早に近づいてきた。


 「久しぶりだな、最後に会ったのは三ヶ月前だったか?」

 「そうね。レイがなかなか会いにきてくれないから」

 「用もないのにここに来るわけがないだろう」

 「ひどい!」


 頬を膨らませ不満を表すイリーナ。

 こんな幼い仕草をしているがイリーナはすでに20代半ばの年齢だ。


 ゆるくウェーブのかかった明るい茶髪を肩のあたりでまとめて前に垂らしており、スラリとした肢体は年相応の妖艶な雰囲気を漂わせている。

 目は若干垂れ目であるがイリーナにとってそれはマイナスに働くことはなく、彼女の妖艶な雰囲気をより強くしている。

 一言で表すと、大人な雰囲気の美人だ。

 

 そんなイリーナと親しげに話す俺を見てルルアはポカンと口を開けて俺の顔を見上げている。

 それに対してリリアはーー


 「‥‥‥‥‥」


 ーーギュゥッ


 若干光の気配が薄くなった瞳で俺の顔をじーっと見つめながら腕を強く抱きしめてくる。

 ほんの少し、痛い。


 それに気づいたのかイリーナはリリアとルルアに意識を向けた。


 「あら?ねえレイ、その女の子たちは誰?」

 「俺の女だ」

 

 俺の言葉に一瞬目を見開いたイリーナだったがすぐに嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべた。


 「そう。レイももうそんな歳になったのね。会ったばかりの頃は本当に小さかったのに」

 

 イリーナは本当に嬉しそうにそう言った。


 そして2人に向き直ると笑みを浮かべて口を開いた。


 「初めましてね。私の名前はイリーナ。ここ『パールシェリア』の取締役の片割れよ。そしてーー」



 「レイのお姉ちゃんです!」



 「冗談は態度だけにしろ」

 「ひどい!」

 

 

 

 

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