『パールシェリア』-1 (改)

 第二皇子の婚約発表のパーティーについての話を聞いた翌日。

 俺は早速ドレスを作るためにリリアとルルアを連れて街の服飾店に向かっていた。


 「自分用のドレスを作るのなんて初めてですからワクワクします。ありがとうございます、旦那様」

 「気にするな。自分の女に物を贈るのは当たり前だろう」

 「それでもドレスを作るのはかなり高いでしょ。感謝くらいさせてよ」


 そう言ってルルアはジト目でこちらを見てくるが、心底ドレスが楽しみでならないという気持ちが溢れ出している。

 

 「そうか。なら受け取っておこう」

 「レイス様なんか偉そう」

 「実際に偉いからな」

 

 こんなやりとりをしていると数十分ほどで目的の店に着いた。

 馬車を降りて店の前に立つ。

  

 そこにはこの世界では比較的珍しい4階建て且つ、ガラスが多く使用されたお洒落な建物がある。

 2人は公爵邸を見た時と同じくらい驚いた様子でその建物を見ている。


 「ねえ、レイス様。ドレスを作ってもらうお店ってここ?」

 「そうだ」

 「『パールシェリア』の予約を取るなんてすごいですね旦那様。どうやったんですか?」


 リリアが今言った『パールシェリア』というのがこの店の名前だ。

 ここヒーヴィル公爵領に本店を置き、たった数年でルヴィア帝国にいくつもの支店を設置し貴族御用達というレベルまでのし上がった人気服飾店だ。

 その人気ぶりは凄まじく、連日客足が途絶えずトラブルが多々発生したために完全予約制での来店になったほどだ。

 なのでーー

 

 「本当にどうやって予約を取ったの?ここって確か予約しても三年待ちの状態なんでしょ」


 このルルアの疑問も当然のものだ。


 パーティーに行くことが決まったのは昨日のこと。

 なので予約なんてしているわけがないし、仮にここ最近で予約していたとしても今日来られるはずがないのだ。


 だが、俺にはかなり特別なツテがあるからな。

 本店だけで使えるツテが。

 なのでここに来る以上は予約なんて必要がない。


 「ついてくればわかる。行くぞ」

 「あ、待ってよ」


 ルルアに応えつつ店の入り口に向かって歩いて行く。

 リリアはするりと嬉しそうに俺と腕を組み、ルルアはぎこちなく少し恥ずかしそうにしながらも俺と腕を組む。

 意図せず両手に花の状態になってしまったが気にせずに扉を開く。


 中に入ってすぐ、少し甘さのある爽やかな香りを感じる。


 「わあ‥‥‥‥」

 「いい香りですね」


 どうやら2人はこの香りが気に入ったようだ。

 2人が香りを楽しみつつ店内を見回しているのを見ていると、1人の店員がこちらに向かってきた。


 「『パールシェリア』へようこそ。ご予約のお客様でしょうか?」

 「いや、違うな」

 

 俺の言葉にリリアは不思議そうに、ルルアは少し驚いたようにこちらを見た。

 店員はこういった相手の対応に慣れているのか表情は変わらない。


 「申し訳ございません。当店は完全予約制となっておりますのでご予約がないお客様はご案内することができません」


 おそらくマニュアル通りであろう言葉を淡々と言いつつ深く頭を下げる店員。

 ふむ。


 「お前は最近研修を終えたばかりの新人か?」

 「?はい」


 『パールシェリア』では商品はもちろん店員も一級品の人材を使うために研修というものを設けている。

 この研修は店員として働く上での心構えや対応の仕方、さらには全商品の詳細な情報の暗記などを約3年間叩き込まれる。

 『パールシェリア』で働くことが決まった人間は全員受けることが決まっており、研修を終えてやっと店で働くことができるのだ。


 ちょうど今年研修が終わった人間が本店に配属されていたらしい。

 俺の顔を知らないわけだ。


 「『パールシェリア』の取締役を呼んでくれ。いなければ他の店員でもいい」

 「申し訳ございません。ご予約のないお客様はご案内することができないのは他の店員でも同じでございます。取締役もお忙しいのでお会いすることはーー」

 「おや?レイス様、いらっしゃっていたのですか」


 店員の言葉に被せる形で俺に声をかけてきたのは、目の前の店員とは別の店員だ。

 その店員は新人の側に行き声をかける。


 「君、このお方を取締役のところにご案内しろ」

 「で、ですがこのお客様はご予約が‥‥」


 新人は困惑したように言うが、声をかけてきた店員は構わずに言葉を続ける。


 「いいんだよ。このお方は予約の必要ないお方だ」

 「え?」 

 「このお方は『パールシェリア』のもう1人の取締役だ」


 ルルアがものすごい勢いでこちらに顔を向けた。

 髪が顔に当たった。

 痛い。


 



 


 

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