『回復』の聖女-3 (改)

しばらくの間呆けていた二人だったが、姉のリリアが先に正気を取り戻し口を開いた。


 「あ、あのレイス様‥‥‥?」

 「なんだ」

 「レイス様がおっしゃっていた私が聖女の一人とはどういうことでしょう?」

 「言葉通りだ。お前は同じ時代に3人存在する聖女の一人だ」


 聖女。

 それは神に選ばれた神聖な存在であり、国に大きな利益をもたらす存在だ。


 このルヴィア帝国では同じ時代に3人の聖女が現れ、それぞれが普通の人間では手に入れることのできない特殊かつ強力な力を持っている。


 一人は浄化の能力。

 浄化の力自体は普通の人間でも使うことができる者がいるが、聖女はそれとは一線を画す浄化の力を使う。


 聖女は浄化の力を炎や水、風、武器などの形に変形させ物質化することができる。

 本来、浄化は物や負の感情をベースとした魔物にしか効果がないが、聖女の場合は人の悪しき心すら浄化することができるため悪人を善人に変えることもできる。

 能力を極めていけば人格を望むように変えることすらも可能になるため、一種の人格矯正とも言える。

 

 一人は光の能力。

 この力を使う聖女は光魔法が普通の人間とは一線を画す。


 聖女が使う光魔法は魔法そのものが神の祝福を受けており誰もその光に逆らうことはできない。

 聖女の光魔法を見れば人は傅かずにはいられなくなり、光魔法を見ることなく攻撃魔法を打ったとしても魔法がその威光に逆らえず瞬間的に消滅する。


 つまりはこの力を持つ聖女には攻撃することが不可能なのだ。


 この能力を持つ聖女は全ての時代に置いて、実力によるヒエラルキーの頂点に立ち、教会の力を高めることに最も貢献していた。


 一人は回復の能力。

 この力もまた他の二つと同じく普通の人間が使えるものと一線を画す。


 回復魔法は非常に修得が困難だ。

 その理由は人の神経や肉、血管、病などを治す、場合によっては時間を巻き戻すに等しい治療をするのは非常に難しく集中力も必要になり、多くの魔力が必要になるからだ。

 さらに治せるのは軽い傷や風邪などの軽い病だけ。

 普通の人間では数回使えれば天才扱いだ。


 だが聖女はそれをほとんど無限に使うことができ、治療できるものも欠損した四肢や薬での治療ができない病など限りがない。

 更には広範囲に同時に回復魔法を使うことも可能だ。


 どの能力も一人いるだけで国を大きく左右するほどに強力だ。

 リリアはそんな能力の一つを持っている。


 「私が、聖女‥‥‥。私も聖女のお話は聞いたことがあります。確か三つの力があったと思うのですが、私はどの力を持っているのでしょう?」

 「回復だな。回復の力は聖女自身にもその恩恵を与える。その恩恵のおかげでお前は今日まで生きることができ、回復魔法の力が増幅され、たった一回の回復魔法で病が治りそこまで回復したんだ」

 「そう、なのですか‥‥‥」


 リリアはまだこの事実を受け止めきれていないのか黙ってしまった。

 

 リリアに変わるように今度はルルアが俺に質問をしてきた。


 「ねえ、もしかしてさっきの人たちのが姉さんを狙ってた理由って‥‥‥」

 「十中八九、聖女の力に関係があるな」


 奴らから抜き取った情報の中に具体的なものはなかったが、奴らの計画はいくつか予想がつく。


 例えば、まず聖女の力を持つリリアを侯爵家まで連れて行って保護したという事実を作る。

 その後帝国に対してレッサー侯爵家が聖女を発見したという功績をアピールしつつ、ヒーヴィル公爵家が聖女をスラムに放置していたということを伝える。

 そしてヒーヴィル公爵家は帝国に大きな利益をもたらす聖女を劣悪な環境に置き、聖女を一人失うかもしれない状況を作り出したとして貴族位剥奪や父の宰相の地位を剥奪し降格させるなどの処罰を要求しようとしたのだろう。


 他にもいくつか思いついたが、どれも実に不愉快だ。

 だが、その予想できる計画の全てがすでに俺の手で潰れている。

 そのうち俺自らの手で断罪してやろう。


 俺はルルアを安心させるように言葉を出す。


 「安心するといい。お前達を俺の庇護下に入れた時点で今日のようなことを心配する必要はない。とりあえずここを移動するぞ。俺は仕事の途中だ」

 

 そう言って俺が外に出ようとするとリリアが呼び止めてきた。


 「お待ちください」

 「なんだ?まだ聞きたいことがあるのか?」

 「一つだけはっきりさせたいことがあります。ここから出た場合、私は聖女としての役割を果たすことになるのでしょうか?」

 

 リリアは何かを決意したようでありながらも不安が混ざる目を俺に向けてくる。


 リリアの問いに答える前に一つ確認しておかなければいけないことを確かめる


 「リリア、お前は処女か?」

 「ふえっ?」


 俺の質問にリリアはおかしな声を出し、一瞬で顔を赤くする。


 「ちょっとっ。姉さんに何てこと聞いてるのっ?」

 「必要なことだ」

 「え、と、その‥‥‥‥絶対に、答えなければ、ダメ、でしょうか‥‥‥?」

 「駄目だ」

 「うぅ‥‥‥‥‥」


 リリアはより顔を赤くして俯いてしまう。

 急かすことはせず、その様子を黙って見ているとリリアは本当に小さな声でぽそりと呟いた。


 「‥‥‥しょ、処女ですぅ‥‥‥」

 「そうか。スラムにいて処女ということはお前の病が原因か」

 「は、はい。‥‥‥ちなみにルルアも処女です」

 「姉さんっ!?」


 自分だけが恥をかくのが嫌だったのか妹を巻き込んだリリアとその巻き込まれた妹であるルルアが何やら言い争いを始める。

 それを尻目に俺はほんの少し安堵していた。


 治安が悪くそこかしこで犯罪が行われているスラムでは女性が清い身で居続けることは不可能に近い。

 スラムの男共に無理矢理貞操を奪われ、最悪の場合病気をうつされることもある。

 もし2人がそうだった場合、健康面でかなり気を使うことになっていただろうからこその安堵だ。


 そして、その2人が清い身のままでいる理由がリリアの病気だ。

 まともに診察を受けることができなず、病にかかったらそのまま死ぬしかないスラムの住人達は正体不明の病をひどく嫌い、それにかかった者も同様に嫌う。

 そのため一目で病を患っていることがわかるリリアと、その近くにいたルルアは襲われなかったのだろう。


 運がいいな。


 俺はルルアと言い争っているリリアに質問の答えを返す。


 「リリア、お前の質問の答えだが、自分で決めろ」

 「えっ」

 

 本来であれば聖女の力があるのならば嫌でも聖女にならなければいけないが、現時点では帝国や教会に見つけられていないので選択の余地がある。

 というのも、帝国と教会は聖女を神聖視し過ぎるあまり聖女に聖女の力に加えてを求め、純潔ではない場合は聖女としてその存在を認めないのだ。

 別に純潔を散らしたからといって聖女の力が失われるわけではないのだが、帝国と教会は聖女の純潔を絶対としている。

 教会はともかく、帝国は為政者の立場として、そんなくだらない理由で大きな利益を生む人間を使わないでアホなのかと言わざるを得ない。

 

 つまりは、帝国や教会に見つかる前に純潔を散らして聖女にならないも、純潔を散らさず聖女になるもリリア次第というわけだ。


 それを説明するとリリアは呆然とした表情になった。


 覚悟を決めたような表情をしていたので、いきなり自分で選択することができると言われて混乱しているのだろう。

 まあ、混乱が解けたところで判断を下すことは難しいだろう。

 なんせ情報が何もないのだから。

 ‥‥‥少し、助けてやるか。


 「聖女はあらゆる自由を奪われる」

 「え?」


 俺の呟きにリリアは声を漏らした。


 「一日の行動も食事の時間も普段の言葉遣いも人との接触も制限され、自由なんてものはなくなる。人々のために行動しろ、自分のために行動するなんてことはあってはならないと周りの人間から毎日のように聞かされる。妹に会うこともできなくなる。これが聖女の現実だ」

 「‥‥‥‥」

 「お前達には俺の視察について来てもらう。視察の間は自由に行動していい。好きに見て、感じて俺が言ったことも踏まえてよく考えろ」


 黙ってしまったリリアにそう言って俺は今度こそ外に出た。


 「レヴィアナ」

 「ここに」

 「リリアについての情報がどこまで広がっているか調べ上げろ。情報が帝国や教会に渡るようであれば

 「承知しました」


 レヴィアナが影に潜るようにして姿を消した。




 2人を俺の庇護下に入れた以上リリアが決断する時まで邪魔はさせない。


 

 

 

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