『回復』の聖女-2 (改)

 ベッドの上で不規則に浅い呼吸を繰り返す少女はどう見ても病に犯されていた。

 

 俺がそれを何も言わず見ていると、先ほどの少女が声を控えめにして言ってきた。


 「見ての通り姉さんは病気で起き上がることもできないの。あなたの目的が何かは知らないけど、姉さんは何もできないよ」

 「‥‥‥‥こいつの病の名前は?」

 「は?」

 「お前の姉が今患っている病の名前はなんだと聞いたんだ」

 「‥‥‥‥分からない。私達はお医者さんに診てもらうほどのお金なんて持ってないから」


 少女は表情に影を落として答えた。

 少女の言葉の中には自分への怒りや悔しさが溶け込んでいる。


 「これまで必死に看病してきたけど、姉さんの症状は悪化してくばかりで‥‥‥‥。もう姉さんが長くないことは分かってる。だから最期くらいは静かに眠らせてあげたいの。お願いだから、帰って」


 少女は懇願するように、哀願するように言ってきた。


 その言葉に俺は口からため息を吐いた。


 「何を言っているんだお前は」

 「へっ?」


 まさか断られるとは思わなかったのか症状がポカンとした表情を浮かべる


 「な、何をって、だから最後くらいは静かにしたいから帰ってくれって‥‥‥‥」

 「お前達を俺の庇護下に入れると言ったばかりだろう」

 「庇護下に入ったところで、姉さんはもう‥‥‥」


 そう言って痛ましげに歪んだ顔をベッドで眠る少女ーー彼女の姉に向ける。

 この少女に何を言っても意味がないと理解した俺は行動で示すことにする。


 ベッドで眠る少女の姉に向けて右手をかざし、魔力を込める。


 「『回復ヒール』」


 対象の外傷、病を癒す回復魔法を使用すると、少女の体が淡い緑色の光に包み込まれる。

 この魔法は俺が使えるレベルでは起き上がることも出来ないほど悪化した病にはほとんど効果がないのだが、少女が情報通りの力を持っているのならこれで回復するはずだ。


 「ちょ、ちょっと!何してるの!?」

 「黙って見ていろ」


 焦ったように詰め寄ってくる少女を抑え、少女の姉を見ているとやがてその身を包む淡い緑色の中に金色が混ざり始めた。


 「ま、また何かしたのっ?」

 「‥‥‥あの情報は事実だったか」


 目の前の光景によって、外套を着た男から抜き出した情報の裏付けができた。


 やがて少女の姉の身を包んでいた光がだんだんと収まっていき、光が消える頃には呼吸も安定し穏やかな表情になっていた。

 

 「‥‥‥ん‥‥」

 「姉さん!」


 少女の姉が声を漏らし、目を開いた。

 姉は少女の姿をその瞳に入れるとそっと名前を呟いた。


 「‥‥ルルア‥‥‥‥?」

 「姉さん!よかった‥‥‥!よかったよぉ‥‥‥!」


 少女は姉を強く抱きながら涙を流していた。

 姉も状況を掴みきれていないようだが、自分が助かったのは理解したのか穏やかな表情で少女を優しく抱きしめていた。



 しばらくすると、二人揃ってこちらに向き直った。


 「そ、その、姉さんを治してくれてありがとう」

 「どなたか存じ上げませんが病気を治してくださりありがとうございます。このご恩は必ずお返しいたしますのでお名前を教えていただけませんか?」


 2人揃って俺に感謝を告げると、姉の方が俺の名を尋ねてきた。

 特に問題がないと判断した俺は自分の名を告げる。


 「レイス・ヒーヴィルだ」

 「レイスさんですね。でも、ヒーヴィル?確かヒーヴィルって‥‥‥‥」


 俺の名前を聞いて姉の方が記憶を探るように考え込み出した。


 しばらくするとハッと思い出したように顔を上げ、その顔を青く染めた。

 そして妹の頭を抑え下げさせつつ自分も頭を下げた。


 「も、申し訳ありません!まさか貴族の、それも領主様のご家族の方とは知らず無礼な口をきいてしまい、私であれば罰は受けますのでどうか妹だけは!」


 捲し立てるように謝罪の言葉を吐き出した姉は震えており、妹の方も最初は何が起こったのかわからないという感じだったが、だんだんと状況を理解したのか同じように震え始めた。


 「はあ‥‥‥‥」


 俺のため息ひとつにもビクッと体を震わせている。

 貴族の身分は普段、何かと便利なのだがこう言った面では実に面倒だ。


 「お前たち、名は?」

 「も、申し遅れました。わ、私はリリアと申します。妹はルルアです」


 震える声で自分と妹の名前を姉ーーリリア。

 顔は下に向けたままなのでどんな表情をしているかはっきりとわからないが、未だに青くなっているのだろう。


 「そうか。では、リリアとルルア。まず最初に言っておくが俺がお前たちを罰することはない」

 「え?」

 「お前の妹、ルルアにお前達2人を俺の庇護下に入れると言ったのでな。お前達を守ることはあれど、罰を与えることはない」

 「な、何故。何故私たちを庇護下に‥‥‥‥?」


 リリアが顔を上げ、心底訳がわからないという表情を浮かべてこちらを見てくる。

 ルルアもこちらを見る顔に同様の表情を浮かべている。


 俺は右手を上げ、言葉と共に指を一本ずつ上げていく。


 「理由は三つ。一つ、姉を何がなんでも守るというルルアの覚悟が気に入ったから。二つ、リリアが同じ時代に3人存在する聖女のうちの一人だから。三つ、お前達の外見が実に俺好みだから」

 「「‥‥‥‥‥えっ」」


 二つ目の理由までは黙って聞いていた二人だったが、俺が三つ目の理由を言った途端ポカンとした表情で声を漏らした。




 後でその理由を聞いたところ、前の二つに比べなんとも気が抜ける理由だったから、らしい。


 解せぬ。




 


 


 

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