リリアの道 (改)

 今代の聖女の1人であるリリアとその妹であるルルアと出会ってから2週間が経過した。


 現在は3つ目の街を目指して移動をしている。

 公爵領とはいえ視察を行う規模の街は少なく、一つの街での視察は2、3日もあれば終わる。

 それにも関わらずまだ2つの街しか視察が終わっていないのは移動に時間がかかっているからだ。

 

 この世界での主な移動手段は馬車や徒歩であり、街と街の間もそれなりに距離が空いている。

 そのため同じ領内にある街と街を移動するにも時間がかかり視察はそこそこの期間が必要になる。


 本来、この移動の時間は暇を持て余し、時間を無駄にすることになるのだが俺が乗る馬車の中では俺を含め二人が有意義に時間を使っていた。


 俺は瞑想を行い魔法使用時の魔力操作の訓練をしたり、剣術の脳内シミュレーションを行なっている。

 そして時間を有意義に使っているもう一人がリリアだ。


 リリアはこの2週間俺の視察についてきたり本を読んだりして自分が聖女になるのかならないのかを考え続けていた。

 今も馬車に揺られながら一人黙って考え込んでいる。


 ここまで真剣に考えられているのだから後悔のない決断をするだろうと思う一方で、決断を下すのにどれだけの時間がかかるのだろうかと単純な疑問を抱いていた。


 下手をしたら数ヶ月単位で悩みそうだな。




 =====




 3つ目の街について2日目がたった。


 この街は市場が思いの外広く、確認するのに時間がかかってしまった。

 すでに日が沈んでしまっているため、もう一日滞在して残りを視察をすることになった。


 泊まっている宿に戻り夕食を済ませ、明日の準備も済ませた俺は鍛錬を行うために泊まっている宿の庭に出た。


 空に浮かぶ月が照らし出す庭に一人、月を見上げて佇んでいる人影があった。


 「リリア」

 「あ、レイス様。どうしてこちらへ?」


 俺の声に振り返ったリリアは少し驚き、すぐに笑顔を浮かべ聞いてきた。


 「鍛錬だ」

 「そうなのですね。そういえばレイス様の体はとても鍛えられていましたね」


 庭の中心に移動し剣を構え、素振りを始める。

 リリアは元いた位置から俺の姿が見やすいであろう少し離れた位置に移動した。


 「鍛錬の様子を見せていただいてもいいでしょうか?」

 「好きにしろ」

 「ありがとうございます」


 リリアは俺に何かを言いたそうにしながらも、口を開くことなく黙って鍛錬の様子を見ている。

 

 半刻ほど経っても声をかけてくることはなく、いい加減鬱陶しくなってきたので素振りはそのままにこちらから声をかける。


 「俺に話でもあるのか?」

 「えっ、そ、それは、そのぅ‥‥‥‥」

 「聖女の件か?」

 「‥‥‥はい‥‥‥」


 リリアは声を小さくしながらも頷いた。

 そして、つぶやくように自分で確認するように話し始めた。


 「私は小さな頃から病弱でよく体調を崩してましたし、運動も短い距離を歩くのが精一杯でした。妹は、ルルアはそんな私を気遣っていつも一緒にいてくれました。だからこうして自由に動けることが、ルルアにも恩返しができることがとても嬉しくて、手放したくないなって、これができなくなる聖女にはなりたくないなって思ったんです」

 

 素振りをしながらリリアの話に耳を傾ける。

 リリアの言葉からは嬉しさや懐かしさ、嫌だという思いがよく伝わってくる。


 「でも、それと同時に回復の力を持っている私が聖女にならなかったら怪我を治せばその先も生きて、こんな嬉しさを感じることができた人たちを見捨てることになるって気がついたんです。今日見た、街の人たちの笑顔を壊すことに繋がるってことも。私の力はすごく強いからそれこそ何千人という数の人を見捨てることになるんだって。‥‥‥レイス様、私はどうしたらいいのかわかりません‥‥‥」


 リリアは悲しみを堪えるように最後の言葉を絞り出した。


 俺は素振りを規定の回数終えると、木剣を地面に突き刺し口を開いた。


 「知らん」

 「‥‥‥ッ!そう、ですよね‥‥‥。もう少し、自分で考え‥‥‥」


 リリアは必死に涙を、感情を堪えるようにして言葉を紡ぐ。


 リリアの言葉に被せるように俺は再度口を開いた。


 「どうしたらいいのかなんてわかるわけがないだろう。どうしたらいいのかなんてその時の状況次第で変わるのだから正解なんて存在しない。リリア、"どうしたらいい"ではなく"どうしたい"かで考えてみろ」

 「"どうしたい"か‥‥‥?」

 「そうだ。お前がこれから何をやりたいのか、何を成したいのかで考えろ。顔も知らない他人のことなんぞ考えるな。お前の人生だろう。それとお前は自分が聖女にならなければ多くの人間を見捨てる、つまりは死なせることになると言ってたな」

 「は、はい」

 「それはそいつらを侮辱している」

 「え‥‥‥?」

 「そいつらは自分の意思で決めた道を進んで傷を負い、死ぬ。それをお前が治さないから死んだといえば、そいつらの選択が、意思が間違いだと言っているのと同じだ」

 「あっ‥‥‥」

 「お前がそういう奴らのことで気に病むことはない。自分のことだけ考えて決めろ」


 言いたいことを言い終えた俺は魔法の鍛錬に移った。

 その横ではリリアが先ほどよりも幾分かすっきりとした表情で考え始めていた。


 


 =====




 次の日の朝。

 部屋の扉をノックする音で目が覚めた。


 「レイス様、リリアです。お話ししたいことがあるのですが入ってもよろしいでしょうか?」

 「入っていいぞ。鍵は開いている」


 ベットから降りながら許可を出すと扉を開いてリリアが入ってきた。

 その顔は今日までで一番の微笑みを浮かべていた。


 「で、話とはなんだ?」

 「はい。レイス様、私は聖女にはなりません」

 「そうか」


 リリアははっきりと言い切った。

 少しの未練もなく、言い切った。


 「それで、聖女にならないのならお前はどうするんだ?やりたいことは見つかったか?」

 「はい」


 そこでリリアは深呼吸を繰り返すと俺の目をまっすぐと見つめて言った。


 「私はこの命が尽きるその時までレイス様のお側にいたいです」

 「‥‥‥それは、部下としてか?それともーー」

 「女としてです」


 わかっていながらも念の為にした質問に被せる形で食い気味にリリアは言った。


 「俺は貴族、それも公爵家の次期当主で、お前は聖女になることを自ら捨てた平民だ。意味はわかるだろう?」

 「レイス様はそんなこと気にしないでしょう?」

 「‥‥‥」


 見事に俺の考えを言い当てられた。

 何も言うことができない。


 きょとんとした表情で首を傾げながらそう言ったリリアは俺にゆっくりと近づいてきた。

 そしてゆっくりと顔を近づけると、俺の口に自らの瑞々しい唇を触れさせた。


 「これからもよろしくお願いしますね。旦那様?」

 

 そういってリリアは妖艶に微笑んだ。


 

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