046 

 黒衣の襲撃者により一時的に中断された争いは、彼の突然の消失により再開した。

 ゼノビアは己の全てをかけて魔王と対峙する。この戦いに勝利し、皆が平和に暮らせる世界が来れば自分の命だって惜しくない。

 その覚悟がゼノビアに暴虐非道である魔王と五角に戦える力をもたらす。

 ガキンッ! と勇者の剣と魔王の大鎌が激突する。その衝撃が地面を抉った。

「勇者殿、いま支援魔術をかけまする!」

 アルデリア王国の宮廷魔術師である老人がゼノビアに治癒と身体強化、対魔の術式を施す。

「あと少しのはずだ、踏ん張れ、勇者‼」

 黄金の甲冑に身を包んだアルデリアの騎士が、魔王と切り結んでいるゼノビアに加勢する。

 騎士、魔術師、兵士達が魔王を打倒さんがために死力を尽くす。

 そしてついに、ゼノビアと黄金の騎士の剣戟が魔王の攻撃を退けた。

「はぁあああああッ‼」

 気合の掛け声とともに放った旋風が紅蓮の魔王の炎を貫き、その仮面に突き当たる。

 バリッと魔王の仮面が割れ、その素顔が露になるそのところで、事態が急激に動いた。

「アア……イタイ……クルシイ……」

 大地が巨大な魔術方陣に囲まれ、光輝く。そして強烈な冷気が世界を覆った。

 魔王を中心にして、巨大な氷が形成されていく。それは徐々に形を変え初め、巨大な樹木のように氷の棘を空へと伸ばし始めた。

「なんだ、あれは……ッ⁉︎」

 ゼノビアは嫌な予感を感じて反射的に剣で一閃薙ぎ払う。

 鋭い氷雪が辺り一面に降り注ぐのをゼノビアが起こした爆風で相殺していく。

 だが氷雪の勢いは止まらない。危険を察したゼノビアは後方の兵士達に叫ぶ。

「兵士達よ、引け‼︎」

 視界が白に染まっていく。

 ゼノビアは先程まで紅蓮の魔王がいた場所を見る。

 紅蓮の魔王から一転。魔王はすべてを凍てつかせる氷の大樹へとその姿を変えていた。


 アディンは急激な悪寒に襲われた。何事かと思い遠方を見れば、先程、勇者と魔王が戦闘していたと思われる場所に、巨大の氷の樹木のようなものが現れた。

「あれは何だ……⁉」

 あの場所に樹木のようなものは無かった。ましてや氷の大樹など聞いたことがない。

「ついに始まったか、降霊術が」

「降霊術だと……?」

「すべてはこの日の為、僕はすべてを捧げる覚悟で生きてきた」

「あれがエスカだとでも言うのか……?」

 アディンは氷の大樹を見やる。それの存在は晴れ渡っていた夜空に氷雪を降らせ、自分の貪欲さを誇示するように大空へと梢を伸ばす。天候を一瞬で変えた力。いくら降霊術を用いて、精霊や悪霊の類をこの世に呼び寄せたとしても、ここまで変わるものなのか、とアディンは思った。

 その疑問に答えるかのようにベリトが口を開く。

「僕はこの交易都市ヴェルディアを巨大な儀式場に選んだ。降霊術に必要な触媒、豊富な魔力が集まる霊脈、そして人間共の欲と憎悪、これほどまでに短期間で儀式に必要なものを全て揃えられるとは思わなかったよ」

 ベリトは嗤う。

 アディンは黙考する。ベリトが彼の使い魔であるベアルを用いて、この貿易都市で虐殺を繰り返してきたのはこの日のための布石であったのかと一つの結論を導き出した。

「陛下を依り代にして、精霊達の頂点に立つ者の一人、氷の精霊王をこの世に呼び起こすことが僕の悲願だったのさ」

「そのために、エスカの覚悟も踏みにじったのか! 魔族の誓いを破棄したことによるペナルティさえも利用してッ‼」

「ああ、利用させてもらった。僕にとっては好都合だったよ」

 非情なベリトにアディンは一瞬言葉を失った。しかしそれは一瞬で怒りへと変わる。

「このままだと、エスカはどうなる」

「陛下は氷の精霊王の冷酷さと非情さ、そして絶対的な力を手に入れる。そしてその力を以て、世界を一つにするだろう」

「エスカは世界を力で支配することを望んでいなかった! 人間との共存を望んでいた」

「……いい加減、陛下への不敬と君の綺麗事に嫌気が差してきたよ。ここで終わらせようか」

「終わらせてたまるものか、エスカは俺が救う――」

 アディンは左手に風、光、闇の三属性がそれぞれ付与された三本の短剣を前に突き出す。

 さらに彼の怒りに呼応するように、宝剣を携えた『右腕』も切っ先をベリトに向けた。

 アディンは強化された右腕で《風隠》の短剣を投擲する。だがそれをベリトは手刀で叩き落した。地面に突き刺さり、短剣は旋風を巻き起こす。

 小さな竜巻が両雄の間で引き起こる。アディンはその竜巻の回転に身を任せ加速する。その勢いを以て、掌打を打ち出した。

 バンッ! と音が響く。ベリトが両腕を交差させて、アディンの拳を防いだのだ。

「まだだッ‼」

 剣を携えた『右腕』がベリトの死角、後方から切りかかる。完全に背後を捉えた。アディンが勝利を確信した直後、ベリトの背後から伸びる影が『右腕』の剣戟を受け止めた。金属を彷彿とさせる光沢をした影。それは喩えるなら悪魔の翼だ。

 アディンは再びベリトと距離を取る。

「僕は錬金術にも長けていてね。でもまさか君にこれを使うことがあろうとは」

「いまの俺の一撃はあんたの死角を完全に捉えていた。それでも防御できたということは……自立防御型の金属か」

「ご名答。それもただの金属じゃない。まあ君にこれ以上教えるつもりはないが」

 アディンは手を見やる。残り短剣は二本闇遮《光癒》のみ。

(――もうこれしかない)

 アディンは右手に《闇遮》、左手に《光癒》を構える。そして姿勢を低くし、駆け出した。

「【穿つ氷柱の鋭槍ハルファスピア】」

 ベリトが生み出し放たれた氷の槍が襲い掛かる。それに対して、アディンは右手の短剣で虚空を切り裂いた。

 途端、虚空より黒い渦が発生し、氷の槍を呑み込む。そして両者の間に黒煙を発生させた。

「煙幕か……小賢しい」

 ガギンッ!と暗闇の中から放たれた斬撃をベリトの金属の翼が受け止める。

 次に来るであろうアディンの一撃を警戒しベリトは身構える。だが、来ない。一瞬逃げたのかと思ったが、その可能性を彼はすぐさま否定した。

 ヒュンッ、と短剣が黒煙を切り裂いてベリトへと迫る。それを彼は身を大きく左へと逸らして回避した。

 ナイフが地面に突き刺さった直後、それは強烈な光を放った。

 暗闇によって開かれた瞳孔に、強烈な発光という刺激。闇魔導士ベリトといえど、この強襲には視界を数秒奪われた。

 その数秒をアディンは逃さない。

 地面には先ほどまでの戦闘で投擲された六本の短剣。それは六角形の形に配列されていた。

 アディンは虚空より一冊の本を取り出す。古びた一冊の本。禁書と呼ばれる書物の一つ。彼はそれを開き、地面に打ち付けた短剣で描いた六芒星の魔術方陣で起動させた。

 地面に打ち付けられた短剣は六つの点となり、点と点を線で結び、最後に円環で囲み、六芒星となる。

「起動、ゴエティアの書、第一章第七節【アモンの左腕】ッ‼」

 ありったけの魔力を注ぎ込み、アディンはその魔術を起動させる。六芒星から巨大な燃え盛る炎の左腕が飛び出し、敵対者であるベリトへと殺到する。

 正真正銘、アディンの切り札。

 ベリトは炎の腕から逃れるように距離をとるが、どんどん距離を詰められていく。魔術を放ち相殺を試みるが、炎の腕の火力が高すぎる様子だった。

 轟ッ‼︎  とベリトが炎の巨人の左手に捕らえられ握りつぶされる。

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