045 衝突

 黒衣の男と魔王の顔が合う。

 黒衣の男――アディンはついに戦場でエスカの姿を捉えた。骸骨を模した面をして、顔は分からないでいるが、その背後にある炎は見間違えるはずがない。


 次にアディンは勇者ゼノビアを見た。疲弊した様子の彼女を見て、アディンは心を痛める。


 ――こんな形で、二人を会わせたくはなかった。


 エスカなら、そしてゼノビアなら分かり合えるはずだと、アディンはどこか確信していた。


 それがいま敵同士で、戦場に対峙している。このままではどちらかが死ぬまで戦いは終わらない。悲惨な現状を担っている一旦が、自分にある。だからこそアディンはここに来た。


 全てはこの最悪な運命を変えるために。


(俺が魔王を――エスカを止めるッ‼)


「エス――」

 アディンがエスカに向けて言葉を発しようとしたとき、光が彼を包み込んだ。

 直後、落下する感覚を覚え、アディンはすぐに体勢を整え地面に着地した。


「あの傷で生きているとはね。正直驚いたよ、少年」


 魔術によって飛ばされた場所はゼノビア達がいた場所から遠く離れた交易都市市街地。既に避難を終え、もぬけの殻となった建物の屋根の上に灰髪の悪魔がいた。


「ベリトッ‼」

 ことの発端である闇魔導士に怒りの声を飛ばす。対してベリトは道化じみた笑みを浮かべるだけだ。


「少年、ここには僕たち以外誰もいない。その仮面を外そうじゃないか」

 アディンは仮面を外し、頭上のベリトを見上げる。


「どうしてこの戦争を引き起こした、ベリト!」

「君はあれが本来在るべき姿だと思わないかい。残虐非道で人間を殺す存在。まさに理想の魔王だ」


「ふざけるなっ‼ こんなことエスカは望んではいなかった!」

「あの御方の名を軽々と、人間風情がおこがましい」


 今度はベリトが激怒する番だった。


「俺を救ってくれたエスカを今度は俺が救う」


「敬愛する魔王エスカドール様の安寧のため」

 その言葉を合図にアディンとベリトの死闘が始まった。

 魔術と魔術がぶつかり合い、火花を散らす。


「【貫く紅蓮の直剣ハウレス・ルージュ】」アディンが放った炎を纏った剣を、


「【穿つ氷柱の鋭槍ハルファスピア】」ベリトが一歩遅れて出した氷の槍で相殺する。


(だめだ、真正面から魔術でやりあっても埒が明かない!)


 アディンに魔術を教えたのはベリトだ。当然ながら、魔術師としての腕はベリトが上。


 アディンは壁を上り、ベリトと高さを合わせる。


「【駆ける雷の白兎バアル・ラビット】」アディンは兎の形をした雷撃を放つ。


「【駆ける雷の白兎バアル・ラビット】」それに対してベリトも同じ魔術で対抗した。


 バチバチと空中で二匹の兎がぶつかり合いアディンの方の兎が押し負ける。そしてそのまま彼の足元にある屋根に当たり、彼を空中へと吹き飛ばした。


「ほらほら、どうした、その程度か少年‼」


 ベリトは間髪入れず、アディンの落下地点を先読みして、魔術を起動させる。


 岩石で形成された大きなワニの顎がアディンを待ち構える。


 そこへ剣を持った『右腕』が岩石を打ち砕いた。着地を決め、アディンは再び建物の屋根の上に立つベリトを見上げる。


「その浮遊する黒い『右腕』。かなり厄介だな。まるでエリゴスを相手にしているみたいだ」


 アディンは街の中を駆けだす。彼の後ろからベリトの魔術による爆破が追う。


 ひたすら走って、アディンは行き止まりに差し掛かる。逃げ場はない。そう思ってベリトが地面に着地し、袋の鼠となったアディンに狙いを定めて魔術を放つ。


「【貫く紅蓮の直剣ハウレス・ルージュ】」


 炎を纏った直剣がアディンを切り刻もうと差し掛かる刹那、彼は虚空から一枚の鏡を取り出す。


 魔鏡。ある一定の魔術を跳ね返す魔術道具だ。


 自分が放った魔術を跳ね返され、ベリトはとっさに反属性の魔術で相殺しにかかる。


「【穿つ氷柱の鋭槍ハルファスピア】」


 氷と炎の衝突があたり一面に白煙を生み出す。その白煙を切り裂くようにして出てきたアディンはベリトとの近接格闘へと持ち込む。


 アディンの掌打をベリトは軽くいなし、蹴りを上体を後方へと逸らすことで回避する。間髪入れず繰り出した足刈りを、身を翻してかわし、ベリトは数歩後ろへ下がる。


 その瞬間を逃さず、アディンは回し蹴りを行う。対してベリトも左脚を重心にして蹴り上げた。


 両者の脚が空中で×の字を描いて交差する。その衝撃が両者を中心に広がり、近くの建物の硝子を割った。


 本来であれば、人間の身であるアディンには脚の骨にひびが入るほどのベリトの膂力。それがグレモリーから与えられた黒衣によって身を守られていた。


「体術もできるとはな、だけどフェンリには勝らない!」 


「言っただろう、魔導士にとって魔術は戦うためのカードの一枚に過ぎない。魔導士ならば体術もこなさないとね‼」


 ベリトが魔術を放ち牽制する。必死に縮めた距離がさらに遠く、ベリトが得意とする魔術の範囲へ。


 アディンは奥歯を噛み締め、次の手段へと出る。

 指を鳴らして虚空より六本の短剣を取り出し、両手の指と指の間に三本ずつ挟む。


 六式呪符短剣。魔術の師であるベリトに一泡吹かせるために、グレモリーに頼み込んでともに作り上げたアディンの奥の手の一つ。


 《火集》《氷偽》《雷纏》《風隠》《闇遮》《光癒》。六つの属性とそれに付随する固有能力の名を冠した魔道具。


 詠唱、魔術陣、魔力いらずの即効性に長けた暗器。


「【呪付エンチャント】―――」

 魔力を右肩、右腕、右手へと集中。身体能力を魔術によって底上げする。


 魔術に強化された膂力を以てアディンは右手に握った三本のナイフをベリトに向け投擲。


 ビュンッ‼ と三本のナイフが空気を切り裂き、炎、氷、雷の塊となってベリトに向け殺到する。


「見事」

「まだだッ!」

 目を見開くベリトに対して、アディンは追撃する。


「【砕く砂岩の大顎ジオ・ザレオス】」

 巨大な鰐を彷彿とさせる岩の塊が三本の短剣を追うように進撃する。


「実に面白いよ、だが」

 パチンとベリトが指を鳴らす。すると、空中を飛翔する短剣は地面に突き刺さり、岩砂の大鰐はベリトに触れることなく霧散した。


「なッ⁉」


「まさかこれで僕に一矢報いるつもりでいたのか」

 ベリトは自分を阻む者がなくなったアディンの下へ一歩足を踏み出す。


「戦術も戦略も経験も知識も技術も、この戦いにかけている覚悟も、君は僕の足元にも及ばない」

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