044 

 怒号と悲鳴。刃と牙がぶつかり合う音。そして戦火。

 魔族と人間の屍が、時間が経つごとに増えていく。

「こ、こっちに来るな、化け物ッ!」

 兵士の盾を破壊し、いままさにその身体を噛みちぎらんとする魔狼の首に一閃が走る。直後、魔狼は自身の頸を落とし、命の灯火を消した。

「臆するな、前に進め‼」

 白銀色の髪を持つ勇者ゼノビアは兵士たちを奮起させた。その凛とした勇士は絶望に打ちひしがれる兵士達を追い風のように鼓舞する。

 ゼノビアは自らの剣に風を纏わせ、虚空へと振りかざす。すると爆風が発生し、近くにいた魔族の身体をカマイタチのように切り裂き、遠くにいた魔族をさらに遠くへと吹き飛ばした。

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」」」

 兵士達から歓喜の声が上がる。希望を見出した兵士たちの顔に輝きに満ちる。

 そんな兵士達とは対極に、ゼノビアは表情を曇らせた。

(また、殺してしまった……)

 ゼノビアはいましがた命を奪った魔族達のことを思い、罪の意識を感じた。彼らにも親や兄弟、恋人がいたであろう。それをいともたやすく奪った自分が許せない。

「勇者殿、お見事です! このまま戦に勝ちましょう!」

 ゼノビアの心中など構わず、近くに来た兵士の一人が声をかける。

「ああ……」

 ゼノビアは弱々しく応える。彼女の心臓には勇者の力の負担がかかっていた。

 世界から愛された人と称される『勇者』の力。それは強大であっても無限ではない。酷使し続ければ命を落とす危険が伴うものだった。

 それでも彼女は剣を振るう。人々の安息のために、自分を信じてくれるもののために。

 自分の命さえ天秤にかけ、人々の明日を守る、それがゼノビアの罪滅ぼしだった。

「さあ、もう少しだ! このまま押し切――」

 轟ッ‼ と獄炎が迸る。ゼノビアの近くにいた兵士が一瞬のうちに灰に変わった。

 耳を突き抜ける悲鳴。希望から絶望へと変わる落差。

 絶望が足音を立てて近づいてくる。黒衣を身に纏い、紅蓮の髪が風になびく。そしてその顔には骸骨を模した仮面。威圧的なオーラ。この世全ての憎しみを背負うかのような佇まい。手には魂さえも刈り取るかのような大鎌、要所には漆黒の鎧。歩くたびに災厄を振りまく魔族の中の王。

「魔王ッ‼」

 変わりゆく戦況の中で、ゼノビアはついに諸悪の根源と接触した。

 炎を自在に操る魔王。魔王はこの世に地獄を作り出す。

 騎士や兵士たちが弓をつがえ矢を放ち、王宮魔術師が魔術を放つが、魔王にあたるよりも先に燃え尽きる。

 圧倒的な実力差。生半端な覚悟では魔王に触れることすら叶わない。

 魔王は手を水平に上げ、唱える。ただそれだけで、大地を焦がすほどの獄炎を生み出した。

 騎士達の悲鳴が聞こえる。ゼノビアは爆風を発現させ、魔王の炎を相殺した。

 魔王の顔は不気味な仮面に隠れており、その奥に潜んでいるであろう狂気を隠している。  

 紅蓮の魔王と白銀の勇者はついに戦場で対峙した。片方は魔族の全てを背負い、片方は人間の全てを背負って。勇者の意地と魔王の矜持が互いにぶつかり合う。

 ゼノビアは再び剣に風神の力を宿し振り払う。対し、魔王も大鎌を水平に薙いだ。

 空中でぶつかり合う、暴風と獄炎。

「うぉおおおおおおおおおおおおおお―――‼」

 ゼノビアは己が手に力を入れる。歯を食いしばり、後方にいる兵士達の命を守るために。

 互いの力は拮抗していると思われた。だが、じりじりと魔王の炎が勇者の風を侵し始める。

(また、私は守れないのか――――エディン)

 覚悟を決め、ゼノビアが目を瞑った刹那――、

 ズババババババババババババババババババババババババババババンッ‼

 地を駆ける雷光が二人の間に現れ、彼女たちの獄炎と爆風の間に殺到した。

 砂埃が舞う。人間と魔族は同時に同じ場所へと目を向けた。

 そこには黒衣の礼装に身を包み、黒兎を模した仮面を被った男が立っていた。

「一体何者だ……⁉」

 突然の襲撃者にゼノビアは動揺を隠せなかった。勇者と魔王の攻撃に割って入り、両者の一撃を無に帰した雷撃。

 ゼノビアは一瞬、新たな魔族の襲撃かと思った。しかしそれでは今の一撃で勇者である自分にではなく、勇者と魔王の攻撃に割って入った辻褄が合わない。

 動揺していたのはゼノビアだけではなかった。人間も魔族も突然の襲撃者に対して戸惑いが波紋のように広がっている。

 黒衣に黒兎を模した仮面の男。人間と魔族のどちらにも与しないかのような姿勢。それらが戦いで疲弊しているゼノビアの脳にさらに負荷をかける。

 黒衣の男は魔王を見ていた。同じように仮面を被り、無言で戦場を見据える魔王の姿を。

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