043 

 フェンリにとってアディンは初めて出来た友達だった。そんな彼が殺されたという話をベリトから聞いた時、彼女の心を憎しみが支配した。

 フェンリは獰猛な獣へと変身し、戦場を蹂躙していた。鎧を着た男を地面に叩きつけ、引き裂き、食いちぎる。怒りの矛先はアディンを殺した人間へと向けられていた。

 尻尾で敵を薙ぎ払い、敵の魔術を受けてもフェンリは止まらない。すべては亡き友の仇をとるため。

 そう思えば無限に動けると思っていた。しかしすぐに限界は訪れた。

 いくつもの矢や魔術を受け、フェンリは血を流し倒れる。それを見計らったアルべリア王国の兵士達が鎖で彼女を地面に縫い留めた。

 気持ちではまだ動けても体が言うこと聞かない。フェンリはその獣の目を閉じる。

 バン、ゴン、ガンッ!と金属の甲冑を叩く音。それと同時に拘束が解かれていく自分の体。

 フェンリの姿が獰猛な獣からもとの可憐な少女へと戻っていく。その少女の体を優しく抱き上げる、その男の顔は黒い兎の仮面で覆われていた。

「……アディン……」

 そうフェンリは呟き、意識を手放した。

 

 フェンリを他のワーウルフの男のもと届け、アディンは再び戦禍の中心へと駆け抜ける。そこにいるはずであろう魔王の少女の姿を探して。

 道中には人間や魔族の死骸であふれ、この世の地獄を表していた。

(早くこの戦争を終わらせるッ‼)

 その気持ちが彼をさらに加速させる。しかし、道中で転がっているものに気付き足を止めた。

 そこにあったのは光を放たないハロウィンカボチャ。その短い手足を見れば誰なのかすぐに分かる。

「ロノウェ……」

 もう二度と目を覚まさないであろう友の名前を呟き、彼の主人であった暗黒騎士を探す。

 どこにもいない。この場を離れたのか、或いはもう屍の一つに加わったのか。

 込み上げる思いを無理やり押し込め、走りだそうとしたアディンに王国騎士団の魔術が放たれた。

 爆音とともに煙に包まれるアディン。しかし彼は無傷だった。

「エリゴスさん!」

 剣術の師である暗黒騎士がアディンの身を守ったのだ。

 戦場で二人は向き合う。エリゴスは静かに頷き、王国騎士団と対面する。

 アディンもすぐに駆け出す。暗黒騎士の背中から、“振り返るな、進め”と声が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る