039
潮風が吹き抜ける小高い丘の上、花が咲き乱れる中に白銀色の髪の少女ゼノビアの姿があった。
「シャルル……トーマス……ヘンリー……ジェシカ……ガス……」
ゼノビアはかつて共に戦った仲間の名前を風に乗せる。
目を瞑れば彼らと過ごした日々を思い出す。
「そしてエディン。私に力を貸してくれ」
最後に一番の親友の名前を口にした。初代勇者と同じ名前で、生意気だけどとても頼りになる少年だった。
また会いたいと願うのは我儘だ。もう彼はこの世にいない。そうわかっていても求めてしまう。彼の温もりを。彼の言葉を。
だからゼノビアは黒髪の少年が近付いた時に、一瞬だけエディンの姿を重ねてしまった。
「アディン、良かった。生きていたんだな!」
ゼノビアがアディンに近付く。そして彼に巻かれた包帯と陰鬱な表情から状況を察した。
「ゼノビア……」
「君があの場から逃げた後、赤騎馬も姿をくらましたんだ。結局討伐隊で戻ってきたのは私だけだった。他の者達は恐らくやつの犠牲に……でも君が生きていてくれて本当に良かった」
赤騎馬ベアルの姿が脳裏によぎる。人間を惨殺したベアルの主の姿を思い出し、アディンは表情を暗くする。
「すまないがアディン、時間がないんだ。一刻も早く交易都市から離れてくれ」
「……戦争か」
「ああ。魔王が王国に対して宣戦布告した。私は勇者としてアルデリア王国の兵士達とともに戦う」
「待ってくれ! 魔族の中にも良い人達はいるんだ。僕は彼らとゼノビアに殺し合って欲しくない!」
アディンはゼノビアの両肩を両手で掴む。その人々の平和を担う勇者にしては華奢過ぎる肩を。
過去の自分が否定した甘すぎる幼稚な理想。それを心優しい魔王に毒された。
勇者であるゼノビアと魔王や眷属達が戦えば、必ず犠牲者が出てくる。それは眷属達の力やゼノビアの力量を知り、そして数日前に目の前で人が死んだ光景が脳裏から離れないアディンの見解だった。
熱を持ったアディンの言葉に、ゼノビアは静かに言い放つ。
「それは出来ない。私が戦わないということは、誰かが死ぬということだ。それは勇者としてあってはならない」
「ゼノビアはそれでいいのか⁉ 勇者なんてものに縛られて、自分の思いを殺すことが――」
「――それでも! 私は勇者だ。力ある者だ。そして力ある者には力無き者を守るという使命がある」
声を上げたゼノビアの瞳に曇りはない。戦うことが彼女に与えられた贈り物であるかのように、とうの昔に覚悟はできているという表情で勇者はアディンを見据える。
「……その先に悲運が待っていてもか?」
「ああ。それが運命というならば、私はそれを打ち破ってみせる」
「……分かった」
黒髪の少年と白銀の髪の少女はそこで決別した。
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