第五章 逢魔/黒いウサギ

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 ――クリスマスを目前に控えた雪のよく降る日の話だ。

 孤独な少年に声をかけた心優しい少女と偶然、街で出会った。

 雪化粧の施された歩道を歩く。

 他愛ない話で盛り上がった二人は、その近辺に通り魔が潜んでいるなどとは微塵も思っていなかった。

 突如響く心優しい少女の悲鳴。通り魔が目の前にいた。恐怖で動けなかった。ギラリと光る刃物を見て足をすくませたのだ。

 通り魔が突進してくる。

 その時、心優しい少女が少年の盾になった。グサッ! と少女の腹から刃物が生えた。

 倒れる少女を抱きとめる少年。少女から流れた血が雪化粧された道に赤い華を咲かせる。

 少年の右手に赤黒い血が付く。少女の体温が失われていく。

 そして――、少女は少年の腕の中で息絶えた。

 後日行われた少女の葬式の中で、彼女の友達に少年はこう言われた。

『おまえさえいなければ! おまえがかわりに死ねばよかったのに‼』

 心優しい少女の死は今日に至るまで、少年に決して消えない呪いをかけた。


 アディンは起き上がり、ぽたぽたと涙をこぼした。

 体に巻かれた包帯とズキズキとくる痛みを感じ、アディンはまた死にきれなかったと悟った。

「浜辺で血だらけで倒れていて、丸二日間も目が覚めないから心配したぞ」

 男の声が聞こえる。アディンは涙を拭い、男の顔を見た。どこかで見たことがある。しかしどこで見たのかが思い出せない。

「俺はガウス。そしてここは俺のパーティーの隠れ家だ。安心しろ、お前を傷つける者はいない」

 その言葉にアディンはコクリと頷く。その魂が抜けたかのように力ない少年に男は困惑する。

「まあなんだ。腹も減っているだろ。外に出るぞ」

 ガウスに連れられ、アディンはとぼとぼと外に出た。

 そこは交易都市の繁華街だった。しかし、人の出入りが前に来た時よりも少なくなっている。

「丸二日寝ていたあんたは知らねぇだろうが、いまこの交易都市は大変なことになってよ」

 何が起きたのかとアディンがガウスに尋ねようとした時、街の広場に人だかりができているのに気付く。

「我々は王国騎士団! 国王より命じられてここに参上した。明日攻めてくる魔族の軍勢との戦いに勝利することをここに誓おう。正義は我々にある!」

 人だかりの中央の高台の上に騎士が国民に熱弁していた。その騎士の熱意に当てられ人々が叫ぶ。

「魔族を殺せ!」「魔族に正義の鉄槌を!」「魔族に粛清を!」「騎士団に栄光を!」

 そして最後にこの言葉がアディンの胸を締め付ける。

「魔王を殺せッ!」

「もう、やめてくれ……」

 そう呟くアディンをガウスがその場から連れ出した。

 石造りの階段の上に腰を落とし、アディンは下を見つめる。近くには噴水が流れ、水の流れる音が人々の喧騒を彼から遠ざける。

「水を買ってきた。それに果物も。まずあんたは栄養をつけないとな」

 ガウスが水の入った革袋と果実を差し出す。アディンはそれを見るまでもなく首を横に振った。

「……あんたが眠っている間、魔王がこの王国に対して宣戦布告をした。この交易都市ヴェルディアを戦場に指定してな」

 アディンの隣に腰を下ろし、男は話を続ける。

「王国側としてもこの交易都市は霊脈やら魔鉱石やらの関係とやらで、魔族に侵略させたくないらしい。だから王都から王の切り札である騎士団をこの地に派遣した。それが昨日だ」

 アディンは黙ったままだ。

「そして明日、この地で戦争が起こる。貴族や裕福な者達は既に金を使って遠い場所へ避難した。いま残っているのは状況をあまく見ている愚か者か、お偉い騎士様が守ってくれると本気で信じている能天気なやつら、後は眠り姫が目覚めるまで待ち続けた俺みたいな聖人かな」

 ガウスは笑うが、アディンはびくりとも動かず下を見続ける。そんな様子にガウスは頬をぽりぽりとかく。そして意を決したように膝を叩き勢いよく起き上がった。

「おい、お前ら出てこい!」

 その男の呼びかけに建物の影から四人の男女が現れた。

「リーダー勧誘下手過ぎだろ」

「こんなゴツイおじさんが声かけたら誰だって黙り込むよな」

「やっぱり私が看病しておくべきだったわね」

「怪我人を連れ出すとか、リーダーの頭は大丈夫なのか」

 各々が小言を発し、ガウスが「うるせえ!」と憤慨する。

 アディンはそんな彼らを見て、彼らが誰だったのかを思い出す。それは数日前、鉱山道でアディンとゼノビアが命を救った冒険者パーティだった。

「あなた達は……」

 アディンが思い出したのを感じたガウスが頷く。

「そうだ。俺たち五人はあんたに命を救われた冒険者たちだ」

 五人がアディンの前に並ぶ。それぞれが彼に感謝の言葉と深いお辞儀を送った。

「いま俺たちがこうやって笑い合えるのは、あんたが俺達を化け物から救ってくれたからだ。あんたがいたから、今の俺達はこうしてここにいる。俺たちの明日を守ってくれてありがとう」

「リーダー、くせぇこと言ってないで早く言えよ」

「分かっているから少し黙ってろっ!」

 リーダーはアディンを真っすぐに見る。そしてそのゴツゴツとした右手を差し出した。

「おこがましいかもしれないが、俺達の仲間になってくれないか。あんたに礼をしたいんだ。誰かに命を狙われているってんなら匿ってやるし、住む場所も与える。勿論無理にとは言わない」

 その言葉にパーティ全員が頷く。誰かに必要とされるのはアディンにとって数少ないことだった。

 その温かい提案をアディンは――。

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