037
「最後の魔力を振り絞って少年を逃がすとは。恐れ入ります」
ベリトは大理石の床に縛り付けられたエスカを見下ろす。エスカは苦悶の表情を浮かべていた。
「僕があなたの苦しみを断ち切ります。だから、あなたはただ運命を受け入れてください」
そう真剣な眼差しで呟くと、ベリトはとある作戦を遂行するべく魔王の眷属に招集をかけた。
場所は大広間。玉座に魔王の姿は無い。
そこにはダークエルフ代表リィラ、暗黒騎士代表エリゴスと彼の使い魔であるロノウェ、ワーウルフ代表フェンリ、ヴァンパイア代表代理グレモリー、そして彼らを呼び出した闇魔導士団代表ベリトの姿があった。
「皆に集まってもらったのは他でもない。重大な話があるからだ」
改まったベリトの態度に、他の四人が気を引き締める。
「単刀直入に言う。少年が人間に殺された」
グレモリーが両手で口を塞ぎ、リィラが目を瞑る。
「少年って、アディンのこと……? 嘘だよね、いつもみたいな冗談だよね!」
フェンリが努めて明るく言うが、ベリトのいつもと違う暗い顔を見てそれが事実だと意識し始める。
「ねえ嘘って言ってよ、ベリトっ! アディンは生きているんでしょっ⁉」
聞き分けの悪い子どものようにフェンリがベリトに縋りつく。対しベリトは無言で目を伏せた。
助け船を求めようと、フェンリは他の眷属達を見る。しかし誰もベリトを否定しなかった。
「そんな……」
フェンリのその大きな瞳に涙が溜まる。
震える華奢な少女の肩を見過ごすことが出来ず、ベリトは目線をフェンリに合わせ抱きしめた。
「ごめん、フェンリ。少年がこの城に運ばれてきた時には、もう呪いが彼を蝕んでいたんだ。僕は全力を尽くしたけど、解呪し終えるのが間に合わなかった。これは僕が殺したのも同然だ」
フェンリがベリトの腕の中で泣きじゃくる。彼女は初めて出来た人間の友達を失ったのだ。
「これで問題が一つ解決しましたね。人間風情が私たちと関わったからです」
褐色の肌に銀髪の麗人リィラは冷たく言い放つ。
「そんな言い方をしなくてもいいじゃないですか、リィラさん!」
ヴァンパイアメイドのグレモリーが珍しく他の眷属に対して叱責する。
『君が人間を恨む気持ちは私にはよくわかる。だがアディンは君の精霊術の弟子であり、私達、眷属の弟子でもある。フェンリの気持ちを汲み取ってやれ……いやその必要はないか。君は十分悔いている』
漆黒の甲冑を全身に纏うエリゴスが使い魔であるロノウェを介して言う。
「エリゴス、私が何を悔いているのです」
『逆に訊くが、なぜ君はアディンが死んだと聞いてから、拳を強く握りしめているんだ?』
リィラがはっ、と気付く。自分でも気付かないうちに爪痕が残るほど拳を握りしめていたことに。
「それは……」
リィラは言い返そうとするが、言葉を見つけきれなかった。
そこで眷属達は沈黙に包まれる。
玉座に轟ッ‼ と炎が灯る。それを合図に彼らの主君である魔王が現れた。
眷属達は泣きじゃくっていたフェンリも含めて皆一斉に頭を垂れる。
「面を上げよ」
静かでそして威厳のあるその声は、いつものエスカを知るものからすれば異様なものだった。
「我は魔王エスカドール。この魔国を統べる者。この我が命じる」
アディンを失ったことによって魔王が変わったのだと、ベリトを除いた眷属達がそう思った。
「これより人間共の住むアルデリア王国交易都市ヴェルディアに宣戦布告する。皆の者、戦に備えよ」
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