035 

 ――時間が解決させてくれるものだと思っていた。

 いつか他人を不幸にする体質が治り、嫌な記憶も薄れていくものだろうと。

 数年前の少年は本気でそう思っていた。

 高校生になったばかりのことだ。環境が変わり、孤独でいる少年に声をかける心優しい少女がいた。

 明るく真っ直ぐな瞳をした少女。彼女の心の強さに少年は惹かれていった。

 しかし少年に優しいということは、他の誰にでも優しいということだった。

 心優しい少女は皆から好かれていた。それに対して自分は孤独。嫉妬しなかったと言えば嘘になる。

 だが、彼女といる時間だけは自分の不幸を忘れられた。それが罪だということはこの時はまだ自覚がなかった。

 たぶんこれは少年にとって初恋だったのだ。


 ――重い瞼を持ち上げると一年間過ごした天井が広がった。

 身体には包帯が巻かれ、少し動かしただけでもずきりと痛む。

「戻ってきたのか、あの城に」

 短くアディンはそう呟き、近くに誰かがいる気配を感じとる。

 アディンの寝ているベッドに寄り添うようにして、赤い髪の少女が静かに寝息を立てていた。その寝顔からは彼女が魔王だということは微塵も感じられない。

「ずっと傍にいたのか?」

 呟くアディンに呼応するようにエスカが目を覚ました。

「アディン、ああ……良かった……」

 エスカは目尻に涙を浮かべてそう言った。窓から差し込む月光が彼女の頬を伝う涙を光り輝かせる。

「私のせいでアディンをこんなに傷付けた。私のせいで……」

 なぜエスカがここまで心配してくれたのか、アディン自身にも分からなかった。いつも魔王としての矜持を保とうとする彼女が、いまはただの心優しい少女のように泣いている。

 その姿が夢の中で見た心優しい少女と被る。だからこそ、彼は彼女のことが嫌いだった。

「……ごめん心配かけて。次からは気を付ける。だから、泣くのをやめてくれ」

 言葉を探し、見つけ、紡ぐ。それだけしか出来なかった。

「そうよね、アディン……でも生きていてほんとうによかった……」

「ああ。心配かけたな」

 アディンはポンッとエスカの頭に右手を乗せた。負傷した右肩が痛むがこの際どうでもいい。

 そのまま二人は言葉を発せず、少女の嗚咽だけが部屋に響いた。

「……勇者と会ったよ。とてもいいやつだった」

 少しでもエスカの気を引こうとして、アディンは口を動かす。

「その勇者が危ないんだ、助けに行かないと……」

 身体が悲鳴を上げている。それでもゼノビアを助けなければならないと心が訴えていた。

「アディン、今は安静にして……。勇者のことは私がなんとかするから」

「……わかった」

 一通り泣き終わり、エスカは食事をとってくると言って部屋を出た。

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