027 

 ――アディンがこの世界に召喚され半年以上が経った。

「【貫く紅蓮の直剣ハウレス・ルージュ】」

 アディンの一声で瞬時に炎を纏った直剣が顕現、構築され、数メートル離れたダミー人形へと殺到する。轟ッ! と激しい音を立てて、ダミー人形は炎に包まれ灰に変わった。

「こいつは驚きだ」

 その様子を見ていたベリトは思わずといった具合に呟く。

「ベリト……今の魔術、どうだった?」

 少しだけ呼吸を乱しそう言うアディンの顔には、三か月ほど前までの少しの魔術を使っただけで疲弊するといった貧弱さが感じられない。

 上級魔術師でもあるベリトですら舌を巻くほどの成長ぶり。ほとんど基礎を飛ばしての、魔術の応用からの修行であったが、アディンはベリトの予想を軽く越えていった。

 確かな進歩――否、確実な進化だ。

「すごい成長ぶりだ、少年。だけど僕にはまだ及ばないね。魔王に仕える魔導士ならば、速攻詠唱魔術一つで呼吸の乱れは許されない。次の一手の準備を常に心がけたまえ」

「鬼教官だな、ベリトは。今のはかなり自信あったんだけどな」

「まだまだ君は爪があまい。それこそグレモリーが作ってくれるケーキと同じくらい甘いぞ。そんなことでは陛下の甘さの中にあるほろ苦さには到底及ばないッ! 睡眠不足気味の僕をこれ以上眠くさせないでくれ」

「ごめん、何を言っているのか分からない」

「兎に角だ、君にはさらなる魔術と魔導士としての戦闘の技量を磨いてもらう。当分は陛下とイチャイチャ出来ないように君に負担をかけるから、頑張りたまえ」

「別にイチャイチャしてないし、これ以上修行をきつくされると、体がもつか心配だな……」

「何を弱気になっている少年。君はこの一か月、僕の魔術レッスンについて来た。これは誇るべきことだ。なんせこの天才ベリト様が編み出した魔術の一つをほぼ完璧に使いこなしているではないか、まあ僕ほどではないが」

「……この力がどれだけ使えるかどうか分からないけど、魔術知識ゼロの僕がここまでできるようになったのは、ベリトのおかげだよ」

「ははッ! 言うじゃないか少年。だけど、君はゼロからのスタートじゃない。君はマイナスからのスタートだった。それがこの天才ベリトの力で急成長を遂げた、そうこの僕の力で‼ 後で陛下に何をいただこうグヘヘ……」

 下卑た笑みを浮かべ、主からのご褒美を妄想する魔導士を横目に、アディンはやれやれと苦笑した。

「さて少年、魔術を発動するのには様々な方法がある。僕がこの半年近く君に教えてきた魔術詠唱もそのうちのひとつだ。その他にも魔導書や魔巻物を媒体とした速成魔術、地形に直接魔術の構築式を刻み込んで発動する魔術陣などが挙げられる」

「なるほど、魔術師ではなく魔導士を目指す僕にとって今後の課題は魔術詠唱以外の魔術の発動の仕方を覚えるということだな、ベリト」

「その通り」

 ベリトはアディンの返答にニヤリと笑う。

「まあ、それより先に君には使い魔と契約してもらう。エリゴスにとってのロノウェのようなものだ。まあ、彼らにとって見ればどちらが主人か分からないが」

「使い魔か……ベリトも持っているのか?」

「もちろん。最高にクールで有能な使い魔さ。今はお使いに出しているが、いずれ君にも見せるよ」

「楽しみにしているよ。使い魔を使役した魔術を今後は教えてくれるんだな?」

「そう。君は理解が早くて助かるよ。いままで多くの闇魔導士に魔術を教えてきたが、これほどまでに僕の魔術を早く習得出来たのは君で二人目だ」

「二人目ということは、僕以外にもう一人いるということか」

「そう、僕の一番弟子さ。魔導士としての技量は今の君よりも上だよ。まあ、どちらもまだまだ僕の足元にも及ばないがね」

 はっはっは!と高らかに嗤う道化師を見てアディンは僅かに俯く。

(僕は一番弟子じゃないのか……)

 別に一番弟子と認められたいわけじゃない。たかだか半年近く魔術を習っただけで他の闇魔導士と並び立とうとすることはおこがましい考えではないのかと、アディンは考えた。

「顔を上げろ、少年」

 考えが表情に出たのか、ベリトがアディンに声をかける。

「僕の魔術の教え方はよく厳しすぎると言われる。才能の無い者は平気で切り捨てるし、才能のある者でも魔力の消費量が激しい修練の中で倒れていく者が多い。そしてやる気の無いやつに手を差し伸べるほど僕はお人よしじゃない」

「……」

「僕が君にこの半年近く魔術を教えたことは決して無駄ではなかった。理由は三つある。第一に僕が君に魔術を教えることで陛下の信頼を勝ち取れるということだ。これであの御方の美しい髪の匂いを嗅ぐ距離まで接近できるほどの好感度は得たはずだ。第二に君に魔術を教えることで、僕は新たな魔術構築式の数々を得ることが出来たということだ。やはり魔族と人間とでは魔術の起動に誤差が生じるからね。いや~いい勉強になったよ」

 アディンは思わず苦笑した。ふざけるところはふざけて、大切なことは真剣に話す、そのメリハリの使い方がベリトは上手い。

「三つ目の理由は何なんだ?」

「……さあ、何だろうね。時が来れば分かることかもしれないな」

「なんだよそれ」

 アディンは魔術の師のそのとぼけた顔に今度は微笑んだ。

「良い顔するようになったじゃないか、少年。出会った当初は死んだ目をした魚の腸を食べて苦い顔をする兎のような表情をしていたのに」

「喩えが独特だな、ベリトは」

「そうかい。だけどこれだけははっきりと言っておくよ。君はよく僕の修練についてこれた。誇っていい。同じ魔王に仕える者として、僕は君を誇りに思うよ」

 そう言ってベリトは手を差し出す。

 アディンは迷わずその手を強く握った。

「ありがとう、ベリト」

 誰かに認められることは、それほど悪くない。

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