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 エスカが御伽噺を語るのを止めたので、アディンは彼女の方を見る。歯切れの悪い物語の結末だったので続きがあるのかと思ったのだ。彼女は御伽噺を続けようか迷っている様子だった。

 数秒の沈黙のうち、先に口火を切ったのはアディンだった。

「悲しい話だな。そして自業自得な話でもある」

「自業自得?」

「ああ。その御伽噺の魔王は自分の欲を満たすために自分の役目を放棄した。王様に成るものは国民のために尽くさなければならない。そうしなければ国民の怒りを買い反乱が引き起こるのも当然だ」

「そうかもしれないわね。でもこの話の魔王は人間を知りたいと思い行動した。結果は酷いものだったけど、彼は人間の騎士と友達になれた。仲の悪かった魔族と人間が、よ。すごいと思わない?」

「その結果が魔王自身の破滅と友と呼べる者を手にかけることだとしてもか?」

 アディンの核心を突いた言葉が夜闇に響く。エスカが押し黙るのを確認して彼は続ける。

「魔王とはいえ、王になったのならその者は自分の全てを国民のために使わないといけない。服も食事も住む場所も、血、肉、骨、そして髪の毛一本に至るまでそれらは国民の象徴だ。自分の欲望のために王の責務を放棄することは正当じゃない、それはただの我儘だ」 

 アディンは元いた世界の義務教育の段階で歴史について学んだ。付け加えるならば、歴史のことに関しての本も数多く読んでいる。そんな彼だからこそ判る。自分の我儘を通してきた王がどんな末路を辿るのかを。

「我儘ね……。確かに王は国民の支持を得てこそよ」

 でも、とエスカは強調し続ける。

「王が思い描く理想が強ければ、国民は王に憧れついてくる。御伽噺の魔王は人間について知りたいと思い、それを実行に移した。きっと彼も魔族と人間の共存できる世界は出来ないかと考えたはずよ」

「まさかと思うが、その御伽噺の魔王と言うのは君のことじゃないだろうな?」

 ほんの僅かだが、エスカの口元が何かを言いかけて、違う言葉を紡ぎ出す。

「違うわ……でも、彼には共感出来るところが多いだけ」

「それで、愚直に人間と魔族が共存できる世界とやらを目指しているのか」

「ええ。私は人間が作り出したもの――建物でも食べ物でも、文化でも何だって欲しい。それを叶えるには征服ではなく共存することが最善だと考えているわ」

「御伽噺の魔王が辿った運命を知っていて、その夢を求めるのか」

「せっかくこの世界に魔王として生まれたんだから、好きに生きてみせるわ。たとえどんなことが待ち受けていようとも、私なら乗り越えられる」

 ――だって私、魔王だから。そう言って赤髪の少女は笑う。

 アディンはエスカのその表情を見て再度確信する。こいつのことは好きになれないと。

「君は僕が思っていたより何倍も愚かだ。御伽噺の前例があるのに、そんな幼稚な理想にすがろうとする。僕がいた世界ではこんな言葉あった。『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』前例から学ぼうとしない君はとんだ愚か者だ」

「良い言葉ね。頭が固そうな元老院が好きそうな言葉だわ。でも、賢者に分からなくて愚者には分かることがきっとあると思う。だから私は愚者でいい。人間と魔族が共存できる世界を作り出して、そこに私は君臨する」

 どう素敵じゃない、とエスカは魔性の微笑みを浮かべる。

 きっとアディンの言葉ではエスカの意志を曲げることは出来ない。大勢の魔族や人間が彼女を指さして嗤ったとしても、エスカはその燃えるような瞳で前だけを見据えるのだろう。

「どうでもいい」

 そう短く呟き、アディンは月を仰ぎ見る。千切れた雲が月に重っていた。

「君がどんな思想をもっていようが関係ない。僕はただ自分の中にある不幸の元凶を消し去りたいだけだ。そのために君に一時的に協力している。眷属達との修行にもなんとかついていっている。すべては僕自身のためだ」

「今はそれで構わないわ。私の眷属達と人間である貴方が一緒にいること、それだけでも私には十分価値があることだもの」

「だったら、僕のこの力をいますぐにでも消してくれよ」

「それは出来ないわ。貴方は私が願っていることの半分もこなせていない。魔王の契約は絶対よ。だから貴方の力を消すことは約束されている。そしてそれと同時に貴方は人間と魔族の架け橋にならなければならない。それにまだ和解出来ていない眷族がいるでしょう?」

「ダークエルフ代表か……」

「そう、彼女も私の大切な眷属よ。もちろんアディン、貴方も大切よ」

 そういう恥ずかしい言葉をエスカは真剣に言ってくる。その姿は恥じらいの無い乙女ではなく慈愛に満ちた聖母のようだ。

「上から目線で語るなよ。僕より年下のくせに」

「と、年は関係ないでしょ! 私は淑女としての嗜みを志しているだけよ!」

「なあ、エスカ。どうすれば君は僕のことを嫌ってくれるんだ?」

 かつて自分に親切に接してくれた人がいた。しかしその人は自分を庇って死んでしまった。その人の顔がエスカと被る。同じ運命を辿るのではないかと危惧する自分がいる。

「嫌いにならないわよ。だって貴方は――」

 エスカはそう歯切れを悪くし、後に続く言葉を自ら封じ込める。

「もういいよ。僕は寝る。疲れがたまっているみたいだ」

 アディンは立ち上がり踵を返す。月光に照らされる城壁の上を歩き始める。

「待ってアディン」

 呼び止めたエスカの声にアディンはゆっくりと振り返る。

「必ず貴方の不幸の元凶は取り除くわ。だから、眷属達ともっと友好関係を築いてほしいの」

「言われなくてもそのつもりだ」

 アディンは自室へ歩き出す。身体にあった痛みはすっかり消えていた。

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