第三章 回顧/紅蓮の魔王

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 数ヶ月前。 

 魔王城に数多く存在する部屋の一つ。これまた広い空間があった。全体は円の形をしていて、部屋を囲むようにして十二の炎が部屋全体を照らしている。遮蔽物になるものがなく、対面側にある離れた石造りの壁を目視することが出来る。

 その中心に一つの大きな影。全身を黒い甲冑で覆った上からでもわかる鋼のような体。

 暗黒騎士団代表エリゴス。彼は沈黙を保ち、直立不動のまま部屋全体を掌握するかのようなオーラを身に纏っていた。

 彼からアディンは剣術を教わることになっていた。

 言葉一つで超現象を引き起こす魔術と違い、剣術は実際に得物を使う技術だ。

 殺傷力のある剣や刀を手にすることは、召喚される前の世界で何も殺さずにいた少年にとって、激しく躊躇することだった。

 アディンは練習用の木剣を激しく振り下ろし、それを頭上に掲げ、再び振り下ろす。木剣と言ってもそれなりに重さがあるので、普段あまり使われていなかった彼の上腕筋は悲鳴を上げていた。

『はいそこまで』

 エリゴスの意思を読み取ったハロウィンカボチャのロノウェが短い言葉を放ち終えると同時に、アディンは木剣を手放した。

 ゴトンッ! と木剣と床が激突する音が部屋に反響する。

 はあはあ、と肩で息をしながら、アディンは両手を両膝に着く。滴る汗が床に落ちる。

「……自分の運動不足と体力の無さを痛感しました」

『それはこれから身につけていけばいい。重要なのは今自分が何をするかだよ』

 ロノウェの声を介して、エリゴスは言葉を伝える。甲冑を来た黒騎士とハロウィンのカボチャという組み合わせは実に奇妙だ。

『アディン、剣術の優れているところは何だと思う?』

「……接近戦に有利とかですか?」

『もちろんそれもある。だが、魔術師の遠距離攻撃や、自分の武器を取り上げられるという状況になったとき、剣術は圧倒的に不利だ』

「それじゃあ、剣術を身につけてもあまり、意味がないのでは……」

『そう考えることは、剣術を身につける上で失格だ』

 ロノウェもといエリゴスは静かにそう言った後に剣を抜き、地面に突き立てる。

『私は暗黒騎士である以前に、一人の剣士だ。そして長い戦歴の中で何度も剣に命を救われた。剣を自分の半身と思え。剣を自分が寄り添えるものとして扱え。剣を振るう自分を誇りに思え。それが私の教訓だ』

「すごい話ですね。実際に話しているのがロノウェじゃなくてエリゴスさん本人だったらさらに格好良いんですけど……」

『兎に角だ。剣術が優れていること、それはつまり、得物を使う自分に誇りを持てるということだ』

 そのエリゴスの言葉に、アディンは嘆息をもらす。

『アディン、君は剣術を馬鹿にしてはいないか?』

「馬鹿にはしていません、ですが……」

『剣術では遠距離から攻撃が出来る魔術師や魔導士、精霊術師、超接近戦なら体術を自在に操る拳闘士に劣ると、そういうわけか?』

「そうですね……」

『そうか』

 エリゴスは地面に立てた剣を引き抜き、アディンとロノウェから十分に距離をとる。

「エリゴスさん、いったい何を?」

『百聞は一見に如かず、これは東方の島国の言葉だったか。アディン、君に本当の剣術を見せよう』

 距離をとったエリゴスが指をパチンと鳴らす。

「!」

 次の瞬間、アディンは短い悲鳴を上げた。それもそのはず、エリゴスを囲むようにして複数の骸骨が姿を現したからだ。勿論、ただの骸骨ではない。それぞれがまるで操り人形のように動き、鎧や長刀、盾や弓を武装している。

 本来、眼球のあるはずの場所には「無」が広がっている。意志もなく、生もない。カタカタと骨と骨がぶつかり駆動する音がアディンの耳を刺激する。

 ぞくりと得体のしれない恐怖がアディンの心に忍び寄った。

『戦場で散った戦士達の成れの果てだ。私が召喚した』

 エリゴスの意思を伝えるロノウェの声が聞こえ、アディンは恐怖の呪縛から解放される。

 骸骨達はエリゴスを囲み、ある者は弓を構え、ある者は刀を振り回し、そしてある者は盾でがっちりと構える。

 ――次の瞬間、骸骨の一人がエリゴスに飛び掛かった。

 エリゴスは飛び掛かる骸骨を右手に携えた長剣で捉える。スパッ、と快音とともに骸骨は両断され、空中に砂をこぼすように消えていった。

「はやい……!」

 遠くでその光景を見ていたアディンの口から小言がこぼれる。

『そりゃあ、エリゴス様は暗黒騎士団の団長をしているからね。あれぐらい出来て当然だよ』

 今度はエリゴスの意思を通じていない、使い魔としてのロノウェがそう言う。

 二人のやり取りの間にも、エリゴスは次々と敵を薙ぎ払っていく。

 放たれた弓矢を足さばきで軽く右にかわすと同時に、盾を持つ骸骨の側面に回り、その骸骨の腕を叩き折る。

 腕の骨ごと切り離した盾を左手で掴み、エリゴスは突進してくる槍の骸骨を奪い取った盾でいなし、そして斬る。

 盾を横に投げ捨て、身に纏う鎧の重さを感じさせない動きで加速する。

 あれほどエリゴスを囲んでいた骸骨の群れは数を少なくしていき――、

 ザンッ‼ と上段の構えから放たれた一振りに、最後の骸骨が無へと帰した。

 その戦場で生者はただ一人。

 エリゴスはゆっくりとアディンのもとへ歩み寄る。

『戦場で散る者の一部には、強い怨恨の念でその場に留まる者がいる。その者達を解放してやることは剣士としてではない、騎士の情けだ』

「……凄い剣さばきでした。あれだけの相手をたった一人で……」

『熟練した剣の動きは体が覚えるものだ。アディンも訓練すればできるようになる』

 正直格好いいとさえ思った。ひ弱な自分とは正反対な屈強さ。数の暴力をものともしない強い精神力。

 次の言葉はアディンの喉から自然に出ていた。

「僕もあなたのようになれますか」

『ああ、エスカドール様にそう頼まれているからね』

 アディンは木剣を持って立ち上がる。流れていた汗は止まり、呼吸は静かなものとなった。

「もう一度、僕に剣術を教えてください」

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