017 領主の館にて
交易都市ヴェルディアの一角に大きな館がある。贅をこらした館は王城と比べても見劣りしない。
ゼノビアはその中にある応接間へと足を運んでいた。
磨き上げられた窓も、肌触りの良い絨毯も、美しく装飾の施された花瓶もこの館の主の趣味嗜好を表している。
「この交易都市の発展具合を忠実に再現した屋敷だな、領主」
「よくぞこのヴェルディアに来てくれた。これでここの問題がようやく片付くというものだ」
この屋敷の主である領主は、そのでっぷりと肥えた腹を持ち上げ、ゼノビアの前の椅子に座った。そのソーセージのように太った指をきつく締める指輪が、ギラギラと光っている。
「おい、客が来ているぞ、早くお茶を出さんかっ!!」
領主がその太い声で怒鳴った先には、一人の小さな子どもがいた。その手足は細く、露出した肌から見える傷跡が生々しい。さらに首には重い首輪が嵌められている。
そしてその小さな子どもの頭からは獣の耳が生えている。
魔族——半獣人族だ。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
まるで呪詛のように言葉を繰り返す少女。そのか細い声は涙に震えている。
「領主、やめろ。相手はまだ小さい子どもだぞ」
ゼノビアのその鋭い声に領主は委縮する。しかし彼はすぐに下卑た笑みを浮かべた。
「いやだな、私はこの子に仕事をやっているんだよ。魔族は生きる意味を持たないからな。こんな化け物のぐず達でも、私が屋敷の仕事を与えているからこそ生きている価値があるのだよ」
ゼノビアはその反吐の出そうな言葉を黙って聞いた。そして視線を動かし、虐げられた子どもが一人でないことを確認する。
「私に依頼があるんだろう。早く話したらどうだ」
「そうだった。実はここ交易都市近辺の森で奇妙な化け物が出てしまってね。旅人や行商人を襲っているのだよ。まあその程度のことだけならいいのだが。知っての通り、ここは鉄鋼業も非常に盛んだ。業者が鉱山に行く道中でその化け物が来られたら、うちの事業に支障をきたしてしまう。そんなことはあってはならない」
領主は人の命など気にも留めず、あくまで自分の利益を優先した。その言動にゼノビアは怒りを覚えるが、拳を強く握り堪える。
「これを見てくれたまえ」
領主は一枚の羊皮紙を広げる。そして彼はギラギラと輝く指輪がはめられた指で地図上を指し示す。
「この交易都市ヴェルディアの地図だ。半年前、初めて化け物が確認された場所がここ。次に確認されたのがここ、その次がここ」
領主は地図上に筆で×印を書き込んでいく。
「そしてつい先日、化け物が最後に確認された場所がここだ」
「これは……」
ゼノビアは地図上に×印が書かれた四つの点を見る。
「この四か所は等間隔できれいに配置されている。明らかに知性がある者の犯行だ。この化け物を裏で引いている者がいると考えて間違いないだろう。目的はわからんが普通ではないことは確かだ。もしこのまま化け物が進行を続ければ、被害が出る場所は、海岸沿いと」
海岸沿い。先ほどゼノビアとアディンがいたところだ。
「——交易都市市街地だ。ここにこの化け物が現れれば、間違いなく甚大な被害が出る」
「討伐隊は出したのか。この都市ならば、冒険者ギルドに掛け合って、討伐隊を編成出来たはずだ」
「もちろん初期の段階で依頼し、討伐に向かわせたさ」
だが、と言葉を区切り領主は話し疲れたといわんばかりに、ごくごくとお茶を飲み干す。
「——討伐隊は全滅した。唯一生き残って帰ってきた者も、傷が深く数日後に死んだ」
ゼノビアは静かに目を伏せる、死者を弔うように。
「最後にその者が証言したのはその化け物が血のように赤い鎧に身を固め、同じく真っ赤な馬に跨った姿だったと言うことだ。我々はこの化け物を『赤騎馬』と呼称し、冒険者ギルドに討伐対象として登録した」
「要件は分かった。その赤騎馬を私が討伐すれば良いんだな」
ゼノビアは立ち上がり、一刻も早くこの領主から離れるように踵を返す。
「まあ待ちたまえ。いくら君でもこの得体の知れない化け物の相手をするのに一人というのは見過ごせんよ。まあ化け物との闘いで憔悴しきった君も見てみたいものだが」
領主はその醜悪な表情でゼノビアの肢体を舐めるように見る。だが、その下卑た視線を受けてもなお、毅然とした態度をゼノビアは崩さない。
「三日後だ。冒険者ギルドが招集した討伐隊とともに君には件の化け物を倒してもらう。冒険者達に報酬金を分け与えるのは癪だが、まあ多少の犠牲は仕方がない。それに彼らが全員生き残るとも限らないからな」
ゼノビアはキッ、と領主を睨む。
「三日後だな。この依頼を達成した時の私の報酬を指定させてもらう」
「ほう、何かね。奴隷の美丈夫か? それとも年端もいかぬ少年か?」
「この館で働いている子ども達、全員の解放だ」
「数が多いな、まあいいだろう。どうせすぐに補充する」
ゼノビアは再び踵を返す。道中一人の奴隷の少女と目が合った。
(待っていてくれ、必ず自由にするから)
言葉には出さずに確かな誓いを立て、ゼノビアは館を出た。
遠くなるゼノビアの背中を見つめ、領主は鼻をフンッと鳴らす。
「なめた口を叩きおって。まあ、利用できるところまで利用して捨ててやる」
領主は下卑た笑みを浮かべてこう呟いた。
「期待しているよ、白銀の勇者殿」
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