016 

 白善の剣があった丘の上を後にし、二人は繁華街の方へと戻ってきた。

「アディン、私はこれから領主の館に行く。すまないが、一人で交易都市を観光していてくれ」

 そこでアディンは思い出した。ゼノビアが領主から半年前からこの交易都市ヴェルディアに出没した怪物を討伐してほしいと依頼を受けていたことに。

「どうせなら僕も行くよ」

「いいやだめだ。ここの領主は疑い深い。面識のないキミと行ったら余計ないざこざが生まれてしまう」

「わかった。ゼノビアがそう言うならそうするよ」

「領主との話が終わったらまた会おう。集合場所は昨日一緒に飲んだ酒場だ」

 そう言って、ゼノビアは人々の雑踏の中に消えて行った。

「さて、どうしようか」

 一人でに呟き、アディンは集合時間まで街を歩くことにした。 

 大通りの露店へと歩みを始め、すれ違う人々の奇異な視線にあてられる。彼らの視線の先にはアディンの頭があった。正確にはこの地域では珍しい黒髪にだ。

「そこの黒い髪のにいちゃん、よかったらうちの果物を買っていかねえか」

 アディンは露店の店主に声をかけられる。そして、並べられた果物に目を落とした。そこには見たことのない果物が数多く見られ、興味が湧いた。

 林檎に近いものがあるが青色に近い、バナナの形をしたものもあるが、炎のように赤々としている。

 一口齧ってどんな味がするのか好奇心が疼く。

 アディンは注意深く果実を観察し、その中に一つ変色したものを見つけた。

「どうかしたか、にいちゃ――ああ」

 アディンの果物に対する視線に何かを感じた店主が、その視線の先を追い、声を上げた。

「これはいけねえ、一つだけ傷んだのが混じってやがる」

 店主は傷んだ果実を取り上げる。

「待ってください、それ棄てるんですか?」

「ああ。こういう果実は放置してれば、周りのやつまで腐らせちまうからな。見つけてくれてありがとよ」

 他人を不幸にすることで生きてきた少年はその果実と自身を重ねた。

「その果実、僕が買います。それと別のものも一個下さい」

 店主が目を丸くした。

 硬貨を支払い、店を後にしたアディンは、手に入れた二つの果実を見比べる。片方は普通の果実、そしてもう片方は少し傷んだ果実。それらをそれぞれ一口かじる。

「少し酸っぱいな……」

 二つの果実を平らげた後、アディンはそう呟いた。

 ガタンガタンと馬車が大きな荷台を引く音がした。

 アディンが音のする方を振り返ると、二匹の馬が御者によって車輪の付いた大きな檻を引かされていた。

 格子状の檻の隙間から見えたのは人ではなく獣人の子ども。魔族だ。一人ではなく数人が狭い檻の中にいた。

 ボロボロの布切れを見に纏い、要所だけを隠しているような状況。布の隙間から見える傷跡は酷いものだった。

 その瞳からは正気が消え失せ、虚無だけを浮かべている。

 ここに至るまでどれほど酷い仕打ちを受けてきたのだろうか。

 檻の中の獣耳の少女とアディンは目があった。

 どこかすがりつくようなその少女の瞳はアディンを見つめて何かを訴えかけているかのようにも見える。

 少女が口を開いて何かを話そうとしているのがわかった。

 だが、その少女に舌はなかった。

 その事実を知ってアディンは少女から目を逸らした。

 ここでなけなしの正義感を振りかざして暴れるのは容易だろう。だがそれでは、この交易都市でアディンは追われる身となる。そしたらゼノビアに迷惑をかけることになる。 

 アディンは下を向き強く拳を握り締め、馬車が遠くに通り過ぎるのを待った。

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