015 

 朝昼兼用食にドラゴンピザを食べ、アディンとゼノビアは小高い丘の上を歩いていた。

「まさかピザがあんなに辛いなんて、おまけにドラゴンの尻尾が予想以上に固かった。歯が折れるかと思ったよ」

 舌がヒリヒリする感覚を覚えながらアディンは歩く。

「あれくらい辛い方がチーズとよく合うんだよ。だから私の言う通りチーズをさらにトッピングすればよかったのに」

「確かにそうだった。もっとチーズがあれば上手く辛さを誤魔化せたかもしれないな」

「それじゃあ今度リベンジしようか。っと目的地に着いたよ」

 ゼノビアに導かれた場所は海を見渡すことのできる丘だった。海から来る潮風が心地よく頬を撫でる。

 二人の他に冒険者や行商人の姿があった。

 暖かく心地のいい風が吹き、海を見渡せるこの場所は良い休憩場だ。

 そこには岩石に垂直に突き刺さった剣が鎮座していた。剣の柄の部分に華美な装飾は施されていない。しかし陽光を受けてきらめく刀身を見れば、それがどれ程の業物かは素人の眼から見ても分かる。

「これは白善の剣って言うんだ。旅人から聞いた話だが、千年以上前、勇気ある若者がこの地を魔物から守るためにこの剣で戦ったそうだ。あらゆる魔を祓い、精霊の祝福を得たその刀身は眩い輝きを放ったという。この地を守った若者は平和を願いここに突き立てた」

「それが千年前の話だって言うのか?」

 アディンは瞠目した。

 目の前の剣は千年前からここにあるにもかかわらず、朽ちた様子を見せていない。この場所に吹き抜ける潮風に長い年月当てられて尚、その刀身は力強い輝きを放っていた。

「この白善の剣には言い伝えがあってだな、この剣を抜いたものは……」

「王様にでもなれるのか?」

「それはどこの御伽噺だよ」

 ゼノビアは苦笑する。そして彼女は少し躊躇いがちに続けた。

「この剣を引き抜いたものは、自分の弱さと犯してきた罪に向き合える勇気を得ることができ、あらゆる魔を祓うことができるといわれている」

 一際強い風が二人の間を駆け抜ける。

「勇気ね……」

 そこで屈強な大男が白善の剣の前に立った。丸太のように太く逞しい筋肉で剣のグリップを握り、垂直に思いっきり引っ張ろうとするが剣はびくともしない。

 大男は五分ほど白善の剣と格闘したが、やがて音を上げ地面に大の字に寝転がった。

 次に三人の行商人が剣の前に立つ。三人は剣を囲むようにして立ち、それぞれグリップをつかんで呼吸を揃えて引っ張りあげようとするが、これもびくともしなかった。

「見ての通りだ。この剣はただ強く引っ張り出そうとしても抜けない。昔、剣が突き刺さった岩の方を魔法で破壊しようとした者がいるみたいだが、魔法を放った瞬間、それがそのまま跳ね返ってきたらしい」

 馬鹿馬鹿しいと思いながらもアディンは前に出た。

 屈強な大男でも、三人がかりでもだめだった剣の挑戦者に視線が集まる。 

 アディンは白善の剣に手をかけ、思い切り引っ張る。

 しかし、剣はびくともしなかった。

 アディンは気恥ずかしさを覚え、ゼノビアの元へ戻った。

「残念ながら、君に与える勇気はないということだ」

「そう言うんだったら、ゼノビアも試してみろよ」

「私はいいさ。自分が勇気のない臆病者だって知っているからね」

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