第二章 旋風/白銀の勇者

013 

「おーい、アディン。おーい」

 ゼノビアがアディンの眼前で手を振っている。

 テーブルの上の蝋燭が先程よりもかなり短くなっているのを見て、アディンは長い時間回想していたことに気付いた。

 ここは交易都市ヴェルディアにある小さな酒場だ。

 先程の魔王というアディンの言葉に一時騒然とした店内は、いつの間にかアディンとゼノビアの二人を残して全員いなくなっていた。

(まさか魔王という言葉にあそこまで影響力があったとは……)

 先刻のガタガタと震えていた冒険者の姿を思いだす。あれはよほどのトラウマを抱えている様子だった。

 そして気になる点が一つ。冒険者の言っていた、二十年前の『逢魔の日』。

(二十年前、魔王はこの交易都市ヴェルディアで何をしたんだ?)

「おいアディン、大丈夫か?」

 ゼノビアの顔がアディンのすぐ目の前にあった。その青色の瞳が心配そうにアディンの顔を映している。

「ごめん、少しぼーっとしてた」

「まあ無理もないさ。今日の昼間あれだけの活躍をしたんだからな」

「ゼノビアは疲れてないのか?」

「私はあんまりだな。昔から疲れない体質でね。多分、勇者の力のおかげだ」

 勇者の力という言葉にアディンは納得した。昼間、鉱山道で見た風を自在に操る技。あれは並の魔術師や魔導士では再現することは不可能であろう。

 この一年間、アディンに魔法を教えた灰髪の闇魔導士ベリトであっても、ゼノビアの旋風を模倣することはできないはずだ。

「なあゼノビア、勇者っていうのは一体なんなんだ?」

 アディンのその直球過ぎた質問にゼノビアが僅かに眉を顰める。その様子を見たアディンは慌てて付け加える。

「へんなことを言ってすまない。だけど、僕はかなりの辺境の土地の出身で、世情に疎いんだ。だから勇者って言われても何がどうすごいのかあまり知らない」

「なんだ、そんなことか。いいさ教えるよ」

 そう言うとゼノビアはホットミルクを口に付け喉を潤し、語り出した。

「今から三千年前、人と魔族は終わらない争いを繰り返していた。魔族によって大地は裂かれ、空には暗雲が立ち込み、貧困や飢饉で苦しみ毎日大勢の人々が死んでいったと言われている」

 ゼノビアはそこで一旦言葉を区切り、アディンの顔を見た。そして意を決したように頷き言葉を続ける。

「魔族を率いるのは魔王と呼ばれる悪逆非道な存在。無作為に人々を殺め、自らの至福を肥やす悪の化身だ。人々は魔王を恐れ、その名を口に出すことすらも恐れた。住む場所を追われ、生き残った人々はやがて人間同士で食糧と水、住処を奪い合う争いをするようになった」

 なるほど、アディンは心の中で呟く。

 魔王と呼ばれる存在は三千年前から存在し、人々から畏怖の対象として見られている。そう考えれば、魔王という言葉に対してあそこまで過敏に反応したのも頷ける。

「人と人、人と魔族の争いで混沌を極める時代に一人の男が現れた。名をエディン。彼はある日、夢の中で神託を聞いた。精霊が集う霊峰で心を清め、争い合う人々の間を取り持ち、悪逆非道の魔王を討て、と」

「エディン……?」

「そう。アディン、きみによく似た名前の人物だ。さて話を続けさせてもらうよ。エディンは神託を聞き入れ、霊峰で精霊王の力の一旦を引き継いだ。その力は強大で人々を鼓舞して心を一つにし、魔族の軍勢を追い払い、魔王を討ち倒すまでに至った。だが魔王の死に際、魔王はこの世界に呪いをかけた。いついかなる時代も魔王と呼ばれる存在が復活し、混沌ひしめく時代が訪れるように」

「それで今日に至るまで人間と魔族は争いあっているわけか」

「ああ。だがこの話には続きがある。魔王が死してかけた呪いを聞いたエディンは自らに宿った精霊王の力を分け、後世の人々に希望として遺した。自分が死んだ後も魔王を倒す存在として」

「それが君ってことか、ゼノビア」

「そういうことだ。私の場合は風を自在に操る精霊の力が備わっている」

「その口ぶりだと、君の他にも勇者はいるのか?」

「もちろんいる。最近では一年前に北の国で悪竜を倒したとされる、破龍の勇者の話を聞いたことがある。初代勇者エディンが遺したこの精霊王の力は今もどこかで人々のために使われているはずだ」

 ゼノビアはホットミルクを全て飲み干し、立ち上がった。

「今日はもう遅い。話の続きは明日にしよう」

 二人は酒場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る