第一章 灯火/呪われた男
004 不幸を呼ぶ少年
その少年は十七年間、誰かを不幸にすることで生きてきた。
ある時は暴走するトラックが目の前に迫ってきたり、またある時は落下する鉄骨の真下にいたり、そしてまたある時は連続殺人犯とばったり鉢合わせしたりと。
呪われているとしか言いようがない不幸な出来事の連続。
だが少年はその中心にいながらも、傷一つ負うことはなかった。
少年の周りにいた人間が、彼を不幸な出来事から守ってきたからである。
トラックに轢かれそうになった少年を突き飛ばして庇い、大怪我をした者。
落下する鉄骨の真下から少年を守る代償に二度と足が使えなくなった者。
そして、連続殺人犯から少年を救うために命を落としてしまった者。
しかしこれらは少年の周りで起きた数々の不幸のほんの一部でしかない。
一度や二度ならば不慮の事故だったと自分に言いきかせることが出来たかもしれない。
だが、数々の強運を――否、凶運を以て少年は生きてきた。
自分が生きてこられたことを幸運と思わず、不幸だと呪って送る日々。
もしもあの事件が起きた時に、自分さえいなければ誰も不幸にならずに済んだのではないか。
自分のために犠牲になった人たちにもう少しましな未来が待っていたのではないか。
そもそも自分さえいなければ事件そのものが起こらなかったのではないか。
そんな自責の念が少年の胸を締め付ける。
彼は何度も命を絶とうとした。しかしそれが出来ないでいた。自分が死ねば、誰かを不幸にしなくてもすむと考える一方で、自分が死んだら犠牲になった人たちの行いそのものを否定してしまうと考えたからだ。
少年の周りの人間は、彼を腫れ物のように扱い隔離した。近づいたら不幸がうつると、まるで厄病神のように扱われる日々である。
それでも、少年に親切に接してくれる者が確かにいた。
独りでいる少年を心苦しく思い声をかける者、元気づける者、勇気付ける者。
少年は胸がいっぱいになると同時、この人たちを不幸にしてはいけないと思った。
親切に自分に接してくれる人たちを不幸な出来事から守るため、彼がとった行動は、自分に接してきた人たちに対してわざと冷たい態度をとって突き放すことだった。
その結果が誰にも相手をされなくなることだとしても、彼はそれを受け入れた。
世界から見れば極東の島国である日本のとある街。
暗い川沿いを学生服姿の少年が歩く。
空には暗雲が広がり、雨が降るか降らないかはっきりとしていない。流れる川の音にもひどい寂寥感を覚える。
橋のかかったその先、川を挟んだ向こう岸では、ネオンや街灯が夜の街を照らしていた。人々の喧騒が夜の街並みを彩る遠い景色を眺め、少年は長くため息を吐き出す。それは誰にも聞かれることなく行き場を失い、夜の風となって消えた。
高校に進学し、不幸が絶えない生活を送り、学校と家を往復するだけの日々。
この日もそんないつもと変わらない一日のはずだった。
「なんだ、これ……?」
少年の戸惑いの正体は、足元を囲う円状の謎の輝き。淡い光を放つ見たことのない文字の羅列が少年を中心に波紋状に広がっている。
「冗談だろ?」
言葉とは裏腹に、少年の表情は乾いた笑みを浮かべていた。
(この光で僕はこの世界から消滅することが出来る)
そんな根も葉もない妄想が、少年に異常なこの状況を楽観視させる。
少年は周りに人がいないことを確認し、誰も不幸に巻き込まなくて済むと理解した。
この呪いに満ちた運命にようやく終止符を打つことが出来る。彼の頭はただそれだけを描いていた。
謎の光が少年を包み込む。それと同時にどこからか女性の声が耳朶に響く。
――直後、世界が暗転した。
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