第9話

    二十五


 かなりの時間が経過していた。

 この事件をしきっている男の元に、報告があがっていた。その男に向かって、「植木管理監、時間が時間だけに、祷夢ふたりは、ホテルへ移動させていただきますからね」と、大塚が嫌みたっぷりに云った。

 血気盛んな刑事たちがそれで、辺り構わずに噛みつきだしていた。植木はそんな部下たちに、「今の段階では、第一発見者でしかない。捜査協力を確約しているだけに、気を休めてもらい、確かな情報を提供してもらう方が、早期解決に繋がるだろうからな」と、捲し立てる刑事たちを説き臥せていた。


 大塚は、「国家権力の横暴に付き合う謂れはないですからね」と、ふたりを護る姿勢を崩さなかった。



 ホテルに着くと、ふたりの荷物を持っているために、部屋まで同行して、

「鑑識さんの見立てでは、右肩上腕から左脇腹に一ミリほどの線上痕が見受けられるとのことです。吹き矢のようなで、貫通したのでは? ということで、針のようなものを探しているが、見つからないらしいです。おふたりが持っているようでしたらば、私にお預け下さい」と、報告があがっていた内容を口にした。

 夢は、納まらぬ怒りをあらわに、

「そんなもの拾っていないし、隠す理由もないわよ」と、吐き捨てた。

 祷は冷静に、

「吹き矢と断定した理由は、エアーコンプレッサーがあったからですよね」と、夢とは正反対だった。

「祷さんは、ものの配置を記憶しているようですね」

「エアーコンプレッサーは、台車に乗っていませんでしたし、キャスターがついていたわけでもなかったです。松本さんが動かしたとするならば、床にあとが残っていそうなものですよね」

「長めのエアーホースを使用すれば、動かす必要はなくなります? よね」

「長めのホース? それだと、がんを固定しないと、貫通するほどの威力に耐えられないですよね」

「そうなりますね? なんちゃて科学者なら、そのあたりの推理もできるんでしょうけどね」

「大塚さんは、うさぎ赤瞳さんを御存知? なんですか」

「私は以前、K大学生物学の教授等の顧問をしていましたからね」

「そういうことだったんですか」

「私が以前、祷さんの周りを嗅ぎまわっていたことは、既にバレていますよね。胡散臭い噂がないか確かめていたのです。きな臭い噂はありませんでしたがね」

「両親を焼き討ちにするために、調べ回っていたのでは?」

「違います。確かに、国家試験が受かったばかりの頃は、星社長に面倒をみてもらっていましたから、悪どいこともしました。ですが、うさぎさんと知り合ってからは、全うに職務に取り組んでいます」

「味方? と思って良いんですね」

 冷静に返答する、祷をみて、夢も冷静さを取り戻していた。

「少なくとも、おじょう様は、私の真面目さを知ってくれている、と信じてます」

「去年、潔さんが屋根を張り替えた時に、毎日の日当を渡すために、欠かさずにきていましたもんね」

「社長が使用人にする、といった時に、調べたのですが、経歴が空白でした。今回、職人に日当を渡す際に、様子を盗み見しようとしたら、事件に遭遇して終ったのです」

「タマエ、大塚さんの云ってることが本当ならば、思念を送ってもらえないかなぁ」

「なに、何?」

 タマエは、冷静に観察する座姿勢おすわりのまま、

『信じるに値する方です。松本さんは、桔梗家の手のうちにあたる者です』と、思念を送っていた。

 夢は思念に疑問を抱かずに、

「桔梗家? ってことは、祷ちゃんを護るために、星家の使用人になったの?」と、くちばしっていた。

『山梨県警の本部長が、祷さんのご両親を焼き討ちにしろ、と、画策しています。植木は、その一の子分だったので、実行犯です。大塚さんならば、警察庁長官の須藤さんと知り合いですから、一気にをつけるために、桔梗家が仕組んだのでしょうね』

「本部長の佐々木が黒幕なんですか?」

「なんで、大塚さんがびっくりしているのよ?」

「私と、星一徳しゃちょうは、同じ大学を卒業しているからです」

「学閥つながり? ってことなの」

『須藤さんの学閥の後輩が、佐々木なのです。植木にしても同じ穴の狢ですから、ただズル賢いだけのタヌキのようです』

「W大学法学部の学閥ですか?」

一徳あのひとも確か、W大学卒って云ってたよ。法律に詳しいのは、そういうことだったんだね」

『他界した、私のおじの学閥です』

「だとしても、桔梗家の殺人を、県警がどう関与するのよ?」

『おふたりが、別荘に戻れば、松本は殺害されます。容疑者死亡は、闇にほうむるための成合ですからね。たぶんこれは、試練なのでしょうから、ヒントだけは教えておきます』

「ヒントだけ? なの」

「その為に、図書館に通ったんでしょ、祷夢あたしたちなら、大丈夫よ、きっと」

「それじゃあ、本気を出すから、ヒントを教えて、赤瞳さん」

『それで善いです、夢さん。ヒントは、電気です』

「屋根の張り替え時に引いた、配電盤に繋がる電気のことだよね?」

『エアーコンプレッサーは、ダミーなんですよ』

「なんでダミーなの? かなぁ」

「銃で繋がることで、裏社会と繋げたいのでしょう」

「そういうこと、だったのか? って、一徳あのひとは、本物か解らないけど、銃を持っているわよ」

『たぶんそれは、暴力団から押収した? ということなんでしょうね』

「解った、後は考えるから、それ以上云わなくて良いよ」

『お手並みを拝見するとしましょう、頑張って下さい』

「では、明日の朝、迎えにあがりますので、ゆっくりとお休み下さい」

 大塚は云い、会釈をして部屋を出ていった。



    二十六


「いきなりあんなこと云われた所で、気休めにもならないよね」

「ごめんね、かなちゃん。あたしは、来る前から、事件に遭遇することを知ってたの。タマエから聴いてたからね」

「タマエに、赤瞳さんが宿っていたの? どうして直ぐに教えてくれなかったのよ」

「かなちゃんが、博正ちちのように、なってほしくなかった? からね」

わたしが、一徳あのひとに懐いたから? なの」

「服装をみる限り、セレブを満喫しているようにみえたからね」

「だから、独り暮らしを始めた? の」

「それは違うよ。思念が届かなかった理由が、不安を掻き立てたのよ」

「不安? だったの」

「育ての親と云っても、えにしは紡がれていたもん。義理人情に厚いのが、神武天皇ごせんぞさまの志だと想うからね」

「復讐を募らせていた? ってことなんだね」

「死に様を視ちゃったからね。わたしは、遺伝子上の博正ちちも殺されているしね」

「でも、妹のわたしが残ってるし、遺伝子上のははも残っているよ」

「第三者的に視覚とらえないと、神武天皇の志を護る人々がみえないでしょ」

「みる、必要があるの?」

「亡き父母りょうしんは、終わらせることを望んでいたからね」

「どうして? 乙女に群がるハイエナを駆除するには、終わらせるしかないってことなの」

「うさぎさんが前に、終わる理由を教えるために、宇宙の徘徊へ連れて行ってくれたでしょう。それって、終わらす理由が、時代背景だからだと想うんだよね」

「矯正力が甚大な被害を出す理由? ってことになるもんね。人が固執する理由は、終わらせたくないっていう、欲だもんね」

「欲を捨てれば、みえないものがみえるかも? って想えるもんね。祈祷場が無くなっても、星には願えるし、光は平等に降り注がれているからね」

「それを先に教えてくれれば、米さんが犠牲にならなくて、済んだかも知れないよ」

「それが、業というなんじゃないのかな?」

「だとしても、業に人が関わることは、許されないんじゃないの」

「だよね。だけどうさぎさんは、あたしと、かなちゃんに宿る、女神様の正体がみえてるみたいだよ」

「宿っている? それって、腹の虫のことなんじゃないの」

「違うみたいだよ。神の良心が訴えてこないから、米さんには悪いけど、浄化の運命さだめがあったみたいだね」

「赤瞳さんがそういうならば、それが自然の摂理なんだろうね」

「米さんに限らず、あたしたちも、肝に銘じないとね」

「大人の心が擦りきれる理由は解っていても、業まで考えないよね、普通は」

「生きることの宿命なんじゃ、ないかなぁ」

「なんちゃって科学者の癖に、科学者らしいことを云えるんだね、赤瞳さんって」

 祷はそれに答えずに、小賢こざかしい笑顔をこしらえていた。


 今生の彩りが鮮やかな分、色々と複雑に織り成している。宇宙の徘徊時に、繊維フィラメルトシートを教えられたが、地球を基準にしているはない。人の勝手な思い込みが、迷惑千万なことは確かである。そう考えられるだけで、こころゆるびるはずである。協調が求めるものは、叡知ソフィアではなく、謙虚に馴染む感性のはずだ。考えの限界に至っては、意識を抑えることでみえる色合いを、心にゆだねるしかないのだろう。錯覚に見間違う人間だからこそ、己を知ることに努めなければならないのだった。



    二十七


 精神的な疲れで、夢をみるゆとりもなく、朝までぐっすりと寝てしまった。

 タマエにとっての時計は、太陽が基準である。飼い慣らされていても、本能自体がそれに従順であった。祷の枕元で、ふんふんと吐息を掛けて、ごはんを知らせてくれた。


 考え方の問題だと想うが、爽快感は蟠りを取り除くだけで、手にすることができるもの。気だるさのない目覚めであった。夢もまた、それに然りであった。用意されている朝食を摂りながら、各人がそれ等を、整理することに努めていた。


 朝食を終えて、微睡みを感じながら、

「ねえ、タマエ? みえない流れに乗ることは、みえない結果に抗っては、ダメってことだよね」と、夢が疑問を口にした。

 タマエは無視をするように、毛繕いをしている。そんなタマエに、

「犠牲になった米さんは、イレギュラーで死んだ訳? じゃあないでしょう」と、祷が気を利かせて問い掛けた。

 タマエは姿見の前に行き、光線を鏡に当てた。光線は鏡に吸い込まれ蒸気を発生させて、靄を纏い始める。量子が擦れたのは、限られた鏡の枠の先に、異次元の世界を映し出すためであった。扉ではない鏡は、並行世界を透視するものになっていた。

 タマエはひと鳴きして、見覚えのある三名を呼び寄せた。三名が並び、

『元気そうだな、祷夢わがこよ』と発する。

『挫折の不安が溢れていますね? 祷』と、云い放った人が、紬の姿に変化した。追うように、二名が、博海と、博正に変化する。しかしその姿は、朧気であった。

『ご免な、祷。我等のたましいは完成されたから、違う生き物になったのだ。見間違わぬように、一番近い生前を繕ったが、判るだろうか?』

 博海の姿に変化したが云った。どこか遠くをみているのは、朧気のせいであった。

「生前の記憶はないの? お義父とうさん」 

 タマエがそれで、再び光線を発射した。光は鏡面で屈折して、三名に注がれる。

 少しだけ、気が充填じゅうてんされた。

『胡散臭く想っただろうな。生前の記憶は、浄化の際に失くすんだよ』

博正おとうさん。夢だよ、解るよね?」

『あぁ』

大人きれいになったから、見違えたわよ、かなちゃん』

おばさんは、生前の才色兼備のままだね。ねぇ? 祷ちゃん」

「七年の経緯じかんが、まるで無かったようだね。霊の世界に時間は、存在しないってことなのかなぁ」

『生命体に刻まれるは、基準が違いますからね。同じように、重力下と無重力下では、量子が違います』

『圧力に晒されない世界は、基本的に自由なのさ。だから、善悪意識りょうしきも要らないってわけなんだ』

『うさぎさんの好意で、生前の記憶が与えられたから、祷夢ふたごには、七年前の記憶を持った、わたしたちでしかないのよ』

「どういうこと? なの、タマエ」

『「心に操られ、心に負ける」今生は、おもしに蹂躙される不自由な世界なんです。「土に帰る、無に帰る」のは、本当の自由に帰ることを意味します』

「それって、感性様からの『ご褒美』ってことじゃない? かなぁ」

『その通りです。何かの役にたつことは、善の行いで、徳を積むことを表しますからね』

わたしたちの知らない、善行のご褒美が発生していた? のかもね」

『善くも悪くも、それぞれの物語いきざまなのです。全てを知る必要もないし、知っていることを忘れる必要もない、ということなだけです』

「知っていることを忘れない、ってことは、それが供養になるからでしょ」

『年を取ると、忘れ物が多くなりますからね』

「その謂われから解放することが、感性様の生業なんだね」

『生きることが苦行でも、ご褒美が待っていれば、大方のことは堪えられますからね』

 タマエは、祷夢ふたごの納得を確認してから、光を瞳に取り戻して、幻想を終了していた。

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