第5話
十三
当たり前の日常を送るだけで、何事も起きなかった。こちらの動きをどうやって知るのか解らないが、知られて困る行動をしなければ良い。シンプルに生きることで、身の回りにある小さな幸せは掴めるし、それに感謝することで、人の生活は裕福と感じられるものだった。
先人たちの想いと、繋いだ彩りは、文明の象徴となっている。ただ歩んだだけでは気付かないものでさえ、思い出として記憶していれば、幸せと気付くことさえできるのだ。華やいだ今は、過去の彩りよりも目映くて当たり前なのである。
小春日和の
「当たり前の毎日に慣れ親しんだものが、曰く、なんじゃないかなぁ」
想いに気付いた心が発した独り語であった。
図書館という無機質な空気感が漂う場所には、想いも依らぬ
遺伝子で繋がる、
二人が揃うのを確認したように、
『未来に繋げる為に、若き
『今生の巡り合わせに従うだけでは、見えるものさえ見えなくします』
閉ざされた心を開かせるために、うさぎの思念が降り注がれた。
「おじさん?」二人の
二人が我に返ったのは、時間という矯正力に抗えない実体を持つからだった。
守護霊が向かわせたのは公園で、
『障害は全て、量子が取り除いてくれます。初心者なので電磁籠で護りますが、気にしないで下さいね』
「おじさん?」Ⅹ2
祷と、夢が声にだした。
『電磁籠が思念に変換しますので、心で会話をしましょう。声にだす習慣のない場所に行きますからね』
『解った、そうするね』Ⅹ2
『それで良いです』
『思念を頼りに、
祷が確認しようと、夢を見やった。そこに見えたのは、
夢が『祷ちゃん、いくよ』と発し、灯火が押さえ込まれるように
『まけないからね』と、祷が発し、魂の灯火が同じ行程で動きだした。
十四
『この辺がいいでしょう』
その思念に
『乙女座銀河団は? どっち』
『その中です。正面に映る五重連星のα星が、
『地球からは250光年だけど? ここからだとどれくらいなのかなぁ』
『正面なので90℃。地球からこの辺まで200光年くらいですかね? 三角定規の定義で計算できますよね』
『なら、長方形の方だね? うさぎさん』
『親御さんから? 刷り込まれたんですか』
『冊子の中で、宇宙の徘徊をしてるもん。感性様の手の内なんだよね』
『学習能力は、博正さんよりも、あるようですね』
『そうとも云えないよ。でも純心さ、では、絶対に優っていると想う。比べるものじゃないけどね』
『合格です。それでは、終わる意味を解き明かします』
『終わる意味?』
『はい。
『リセット?』
『神々と人間の寿命の違いは、リセットがあるか、ないか? です。人間に殺される意味は、消耗去れるものが、『熱』だからです。太陽が光を発するようになった理由は、殻に納まらなくなったからです』
『だから、放射性物質が、くっついたり離れたりするの?』
『この広い宇宙に自由を求めたんでしょうね。そして人も、自由を求めることから、制限を宛がわれました』
『神様は、自由を求めないの』
『平和を求めています。だから本来は、中立を保たなければなりません。しかし、思い入れが芽生えて、制限が課せられました』
『誰に?』
『感性様なんじゃない?』
『そう言うことかぁ』
『本当に解りましたか?』
『親だからでしょ』
『お二人もいずれ親になれば解るでしょうが、愛の結晶が、子供なんです。しかしそれを長続きさせることは、大変です。一時の感情に惑わされるのが、人間だからです』
『その見本が、男神様? なんでしょ』
『どちらかが欠けても、子供は誕生しませんからね』
『その仕組みが、三竦みなのかぁ』
『三竦みは、争う意味をなくすためのものです。決着がつかないことに気付ける者は少ないですがね』
『なんで、少ないの?』
『欲が生まれるからです』
『その欲も、男神様が植え付けたんでしょ』
『そうとばかりは云えません。家督という
『もしかして、歴史に刻まれていない女性の子孫たちが、曰くの原点なの?』
『夢さんはどうして、そう想ったんでしょうか?』
『ヤヌスノカガミで、行く末が視れたのは、神武天皇の身内だけでしょ』
『そう言うことかぁ』
『どういうこと、でしょうか? 祷さん』
『女性たちの嫉妬? もあったはずだからさぁ』
『そうですね。男尊女卑があったから、ゼウスは生まれた順番を誤魔化したんですもんね』
『ズルしたわけだね?』
『そういうことです。人に備わった本質は、神の囁きと、悪魔の囁きの、二極性ですからね』
『やっぱり。一たす一は二? だもんね』
『そっちよりも、裏表なんじゃない?』
『どちらにしても、今、目の前に映る宇宙にさえも、終わりがあります。それでもそこまで頑張る理由は、創世主への恩返し、なんです。人にもそれが、継承されていなければ、なりません』
『得手不得手が、あったとしてもだよね』
『可能性がある、というのは、克服できることを指しています』
『なら、幼い理由は?』
『体格にしても、知識にしても、積み重ねているから、今が存在するのです。空気中の酸素量に添って、上に延びているとでも、想っているんですか』
『
『だから、仲間がいれば、補えるんです。独りの限界は、十人の一割になりますからね。それを理解してもらうために、卑弥呼さんたちが、十二人将を説いたし、記述を積み上げることは、時間が教えているんですよ』
『一日にしてならず、だね』
『それを可能にしたのは知恵ですが、そこにからくりがあることを隠しています。隠すことで騙せるつもりなんでしょうね』
『そうやって騙し続けたのが現在って、
『見えない、という個人の納得が、疑問を欠き消すからでしょう。知恵を持ったと云っても、単細胞から進化した生命体の盲点なんですよ』
『
『だから、
『無限大の質量に、吸い込まれるように墜ちるからでしょ』
『良くできました』
『祷ちゃんだけでなく、
『双子ですからね』
『それって、特質なんですか?』
『結びつけるものを、特質とは云いませんよ』
『絆、ってことなのかぁ』
『素晴らしい、お二人とも、今回を想定して、予習していたんですね』
『別々の不安があったからね』
『別々ですか? 親御さんの傲慢が、そこだったようですね』
『切り離すことが、傲慢なの?』
『安全を言い訳にして、切り離したことで、切磋琢磨を置き去りにしています。一緒にいる時、お互いを注視するために、視なくてはならないものを、視れなくしています』
『その分はこうやって、一緒に居るよ』
『親の眼を
『それが矯正力から逃れるためでも、ダメなの?』
『
『そういうのなら、それは有り、として措きましょう。自分なりに考えたのならば、善し悪しを付ける必要がありませんからね』
『ありがとう、うさぎさん』Ⅹ2
『お礼を云うのは、
『なら、ご褒美に、『神の眼』をもらえないかなぁ』
『
『訊いてどうなるの?』
『乙女が一緒に埋まっています。それは掌にのる丸いものなんですよ』
『なんで、名称を口にしないの?』
『云うことで、効力を失くします』
『なんで? なの』
『効力は、感性が授けたものですから。想いは募らせないと、ただのものに成り下がりますからね』
『解った、探してもらえるように、訪ねてみるね』
うさぎは、二人の不思議を、待ち遠しい、と勘違いして、『今日はこのくらいにして、戻りましょうかね?』と告げて、そろりそろりと移動を始めた。二人はどことなく寂しげに、後についていた。
電磁籠を使った理由は、この帰りのためであった。幽体離脱は経験できることが少ないうえに、身体の発する電磁極が届く範囲に限られる。それを越えると、繋がりが切れて植物人間になってしまう。一度切れてしまうと、修復できないのだ。それを繋ぎ戻すために、電磁籠と、エネルギー源の主素が必要になる。どちらも完了したあかつきには、呼吸の際に身体から出れる、というわけだった。
十五
次の日、祷の願いを聴き入れて、博海が、竹林(
「また土に帰っているの?
「おぅ、夢ちゃん。祷が書いた
「そう云いながら、嬉しそうに見えるのは、いいところをみせたいから? なんじゃないの」
「男親って、頼もしい反面、寂しさに耐えているんだ。手を繋いだり、添い寝したりという温もりを、交わせないからな」
「ものは云いようね。でもそうやって
「全く、栞の云う通りよ。小さな幸せというものは、意外と身近にあるからね」
栞と、夢の声を聴き付けた、紬が茶をもって現れた。
「
「いや、もう
「神様だって休息をとるんだから、人間の
夢に云われ、博海が渋々了解した。祷のだしたタオルで土を払い落とし「よっこいしょっ!」と、庭石に腰を落とした。
「夢が、
「祷が、今のお父さんの似顔絵が描きたいって云い出したの。そういえばって、掘り始めたのよ。最近何かしらにつけて、思い出に縋ることが多いわね」
「
博海は云って、お茶を一気に飲み干した。
「声援があるだけで、力が漲るから、さっさと片付けるとしよう」
祷は隣に腰かけている、夢に
「汗って、エネルギーの消費で出るけど、どうしてなんだろうね?」と、囁き訊いていた。
「身体中の温度を調整するために出るのよ」
栞がめざとく聴きかじったことに答えた。
「水が気化するときに、熱を奪うのよ」
紬がそれに、注釈を入れた。
「よく解らないけど、熱のことは教えてくれたよね、祷ちゃん」
「ということは、大事なものってことだね」と、言い終わるか否やに
「おおっ~、あった。この箱だ~!」と、博海が箱の土を払い、スコップでシーソーを造り、箱を取り出した。栞が周りの土を削ぎ落とし、紬が蓋を開けた。お他人様からすれば
祷はいち速く中を改めたかったが、堪えて順番を窺っていた。紬と、博海が思い出話しを語りながら改め終えた。内心で『丸いもの、丸いもの』と呟いていた。
「祷ちゃん、それ」
夢が隅にある、『おちょこ』を指差した。
祷がそれを取り上げると、
「それは、酒を飲むときに使うから、祷にはまだ早い」と云った、博海が取りあげた。
「それ、
「いや、まだ早い。些細なことから、非行に走るといけないから、ダメだ」
博海が頑固親父の貞で、おちょこを懐に仕舞い込んだ。
夢も慌てて、
「それは、
夢の観たこともない衝動を間近に見た栞が
「それを貸して、
「もしかして?」
紬は云って、博海からおちょこを取り上げた。そして、よく観察して、
「これは水晶ね。説明しなさい、祷」と、少し強く尋ねた。
祷は迷いあぐねている。
「夢も知っているところを視ると、これが、乙女なのね?」
栞が、かまをかけた。
二人は黙ったまま、
「云えない理由は、うさぎさんに、云うな、と釘を刺されているのでしょう。ならこれを割り、曰くのもとを絶ちましょう」
紬は云って、おちょこを持った右手を上げた。
「待って、乙女は感性様の意を汲むものなの。云うとその効力が失くなるから云えなかったの。祷ちゃんはそれで、
「よく教えてくれたわね、かなちゃん。でもね、それで生き返ったとしても、悪党は滅びないわ。違う誰かが困るなら、効力なんてない方が良いのよ」
「そうかもしれない、でも
祷は云って、大粒の雫を溢していた。
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