第4話
十
「なんで
博海の愚痴は、澄んだ空気感の
「祷と、かなちゃんが内側なんだから、然るべき、でしょう」
「そういえば、お父さんと寝た時に、ユダヤの紋章の意味を履き違えないで下さい。って、あの人が云ってたよ。ユダヤの紋章? ってなに」
「テーブルゲームにある、三角形の頂点が上下に重なっている、日本でいう家紋のことよ」
「ユダヤって、ヨーロッパの西側諸国の人? だよね」
「始まりに近い頃から居る民族よ」
「それがなんで、日本に? あるの」
「その人が云うには、ユダヤが持ち込む前から、日の本の國にあったらしいよ」
「博正が、
「そういえば、
「やんちゃな博正は、制度に疑問を抱き、ことの外、毛嫌いしていたな」
「反抗ってことよね。その癖、寂しがりやだったわ。
「
その時
『人は期待という希望を抱き続ける生命体なんです。そういう心根は繊細でありながら、強さを発揮します』
「おじさん、どういうこと?」
夢が思念に向かって、訊き返した。
『人に終わりがあるのは、修正できないものを終わらす手段です。想いに振り回され、想いに負ける。だから、始まりが感性なのです。浄化される悪意は、飼い慣らせれば、災いの元にはなりません。難しいから、逃げてしまうのです。自分に甘いのが、人間ですから。受け入れることで芽生えるのは復讐ですが、達成感も生まず、
大人たちが、金縛りに遇っていることに、その時に気付いた。
「ありがとう、おじさん。かな共々見守っていてね」
夢の願いが無機質な空気と同調して、震えながら纏いを解いていた。
気が揺らいだ紬は「これが思念?」と発した。
「量子の壁は、悪意の侵入を阻む。博正が云ったのは、このことだったのね」
「それでも
「祷と、かなちゃんに、感謝しましょうね」
「知らぬ間に摩り切らしていたようね。大人の心? って」
「百聞は一見に
「祷も、うさぎさんと疎通を交わしたことがある? のか。なんで言わなかった」
「訊かれてないし、変な子って想われたくないもん」
「神を心に宿すって、誰にでもできることじゃない、ってことよね。ひとつの魂、なんだけど」
大人たちが想い想いに、感じていた。
十一
疎通という金縛りを経験した大人たちが睡魔に抗えなくなり、堕ちていた。
祷は
「ねえ、かなちゃん?」と、起きているか、確認した。
「な~に、祷ちゃん」
「
「そうみたい、だね」
「おじさんは、復讐なんて、考えちゃダメ。って云ってるけど、殺した相手は憎いよね」
「そうだね。だけど、かなたちが費やす時間には制限があるらしいから、違う使い方を考えなさいってことなんじゃないかなぁ」
「前にね、おじさんが
「
「かなちゃんは、なんて答えたの」
「今のままなんて無理なこと、って答えたよ」
「確かに、背も延びるし、知識だって増えるもんね」
「だから、無理って云ったんだけど、大人になると、今が永遠にって思うらしいんだ。無理なことを望むなんて、どうかしてるよね」
「そうよね。どうせ望むんだったら、死んだ人を生き返らせて、って方が、寂しさが減るもんね」
「だよね。でも大人は、家族を養う為に必要なことを計算するらしいよ」
「それって、未来を想定しての計算だよね」
「大きな家に住んで、なに不自由のない生活を、している未来なんじゃないかなぁ」
「そんな未来なんて、つまらないよね」
「絵に描いた餅は食べられないから、お腹は充たされないって、おじさんは云ってたよ」
「あたしには、霞は食べるものじゃないよね、って云ってた」
「心を失くしたから、現実と空想がごちゃ混ぜにになってるんじゃないかなぁ」
「それを教えるために、物語という空想の世界に落ちるらしいよ。そういいながら、読書をしなくなるのが、大人の言い訳みたい」
「曖昧を言い訳にするのが、大人だもんね」
「結果は必ず付いて回る、って、おじさんは、教えたかったみたいだよ」
「結果がないものが、空想だもんね。だから、祷ちゃんは、お父さんが殺されてるって思った訳なんだもんね」
「そうだよ。復讐はしないけど、罰は受けて貰わないとダメだからね」
「
「そういうこと。考える為に、また図書館に行こうよ」
「いいよ」
子供たちも思考を酷使して、睡魔が襲ってきていた。刻まれる時間を子守唄にして、眠りについていた。
十二
明けの明星が帳を捲し立て、爽快な目覚めになっていた。
お他人様とズレている理由は、自分は自分でしかないことを知っているからである。慌てて失敗するならば、マイペースを貫くだけで失敗は減る。
失敗すらも手玉に取ることもある。成功までの過程が大事なことを弁えているのだ。それを教訓とできるから、感性を
人の可能性が無限大と云われるのは、プラスアルファではなく、内に秘めたものを吐き出す際に爆発させるからなのだ。爆発に必要な酸素や、水素が八割を占める人間は、炭素すらも蓄積しているのだ。化学反応を起こさない為に、体内が
接いでで思い出したが、できの悪い方を不良という。そう言われる方々の多くは、瞬間湯沸かし器のように熱くなりやすく、暴力という爆発を起こすから、理解もできるはず。
今が終わりなら、答えとなるが、続いている事実を知れば、答えではなく、過程であることも理解できる。
勝ち負けという人の心に根付いたものは、格差社会を生み出した軍国主義がもたらした場末の副産物でしかない。人それぞれに違う感性を弄び、嘘と言い訳で翻弄されたのが、世知辛い世の中の実態なのである。
錯覚することをいいことに、踊らされているとも知らずに、人生は終わる。誰かがそれに気付いても、世間の喧騒に欠き消される現実は、殊のほか侘しいもの。
過程であるから、彩りとなる。命の灯火と謂われる由縁は、光が灯火から発達することを意味する。それが変異だとしても、矯正力で進化と退化を繰り返して辿り着いた人間が諦めたら、先は闇になる。簡単に終わりにしてはならないことの理由は、継続が力になるからなのだ。
「今日の日差しはなんだか、力を漲らせてくれるね」
祷が、紬に言った言葉が、空気中で揺らめきながら消えていった。唖然としたのは、傍で掃き掃除をしていた、栞であった。
「祷ちゃんはなぜ、光が力を漲らせる? と思うの」
「光を分解すると、熱と放射性物質に別れる、って書いてあったよ」
「それも図書館で調べたの? かしら」
「光が乱反射する理由は、放射性物質の飛び散りが原因だけど、跳ね返って戻ろうとする寂しがりやさんなんだよ」
「夢も一緒に勉強したんだね」
「違うよ。今のは、あの人に教えてもらったんだ」
「あの人は、ほかに何か言ってなかった?」
「寂しがりやさんが集まる理由は、心細いからなんだって。人と
「元素ってことだわね」
「元素は、感性に気付いて貰うために、特色という色を放つんだって」
「祷ちゃんにも、教えてくれたの?」
「疑問は解決しないと、腐っちゃうんだよ」
「だから人間も腐るんだって」
「不貞腐れる理由なの?」
「水にしたって、流れないと腐るんだよ」
「重力は、流れを導く為にできたらしいよ」
「そんなお伽噺じみたことを、疎通でしているの?」
「夢って本来、疑問を解消するための、手段のひとつだったらしいよ」
「だから、真実に辿り着くための一説になるんだって」
近くで手を休めていた紬が、
「二人は、いつ頃から、夢におじさんが出てくるようになったの? かしら」と訊きながら、近付いていた。
「
「
「そんなに前のことなの? かなちゃん」
「それまでの朧気な記憶じゃないからね。でも最初は、お父さんの気持ちかなぁ、って思ったの。それから暫くして、ひとり寝の時に顕れたから、あの人って認識になったんだよ」
「あたしが、かなちゃんに打ち明けたのは、知らないおじさんが、夢に顕れるって相談されたからだよ。確か、血の道を辿って来た、って云ってた」
紬と、栞の妄想が、言葉によって、重なっていた。
「掃除は終了よ。朝食にしましょう」
紬は言って、子供たちの道具をかたずける。
栞も道具をかたずけていると、「十時のおやつは、焼き芋だね。続きはその時に、教えてあげるね、
「朝食をちゃんと食べないと、祈祷場の雑巾掛けをさせられちゃうからね」
笑顔で言う、栞の想いに隠れていた陰が、朝日に吸収されていた。
家族の団欒に、不粋な思いが居場所を失くし、蜷局を巻き始めている。宮舎から吹き抜ける風が、神風となり、それを欠き消していた。
色の起源は、宇宙に存在するが、それを匂わすものは、ないに均しい。理由は簡単で、人の眼に捉えられないからである。見えるようにしたとして、定義となるものに、人の概念が当てはまるとは考えにくい。規模の問題も然ることながら、感性という心根を育めない、幼い生命体を尊重する謂れはないからだ。その上、自己中心的で、傲慢に振る舞うから、生命の理論上、最下層であることに間違いない。全てに結果がつきまとう以上、いつの日にか痛い目に遭うはずだ。というのが、なんちゃって科学者の言い分だと、祷が、栞に話していた。
夢は相槌をうちながら、紬に、「神武天皇は神様だけど、末端に近いんだって」と、教えた。
「末端なの? どうして」
「日の本の國は『神の国』と吹聴したのは、希望という大義を掲げたからなんだって。未来という希望を掲げたまでは良かったけど、人に
「元神とみられる神々は、百八いるんだって。その下に
「見本(手本)となるはずの神々に、天使と悪魔、という二極が存在するから、良くも悪くも真似されて終う? んだって」
「だから、
「あの人は基本的に怠け者だから、気持ちは解るらしいけどね」
「たぶんだけどそれは、かなちゃんや、祷に解りやすくするために、物語風? に話したからなんじゃないかしら」
「どうしてそんなことをしたのかなぁ」
「祷がそうだったからなんだけど、お伽噺って、魅惑の空想だからだと想う。誰にでも身近に感じることで、
「身近にある小さな幸せは、いつでも手を伸ばせばつかめるよね、って云われたよ」
「やっぱりねぇ」
紬は納得して、子供心を思い出していた。
幼き頃の記憶が色褪せやすいのは、概念がまだ無く、大人たちから躾られることで、色付けが曖昧だからだろう。子供こそ個性を尊重するべきはずが、良識という胡散臭い強制を受けるからである。真疑を判別できない幼心は、信じることで、恩義に酬いようとする。親の意を汲む若竹は、信じることを節目として
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