第3話

    七


 数日後、なり振り構わぬ、栞がビデオテープを持ち、仰天総意やりきれなさでやって来た。この世のものと想えない容姿ひょうじょうをみた、博海と、紬は、咄嗟に辺りを警戒しながら中にいざなう。祷が学校に行っていることが、最低限せめてもの救いだった。

 再生された内容ものは、博正の自殺の録画シーンであった。視るなり、博海が

「あの手紙は、なんだったんだ? ギリッギリッ」と、歯軋はぎしりをしながらうつむき、嗚咽に任せて吐き出した。居たたまれない、紬はそれを横目に、慟哭を押さえ込む、栞の肩を抱きよせる。栞はそれで、箍を外し項垂れた。

 とうとう、犠牲者を出して終った。という想いが全身に伝播すると、はだはブツブツを発疹しながら毛穴を開き、各処から冷や水が流れてくる。


 間の悪いことに、「ただいま~」という、祷の声が聴こえてきた。普段なら、急いで近づくのに、その日は、恐る恐る中に入っていた。玄関に脱ぎ散らかされた、栞の靴と、身に刺す空気感を悟ったのだろう。周りを用心うかがいながら、三人を探すように部屋に入ってきた。紬がそれで再生を止めて、取り繕うために涙を拭う。博海と、栞も、紬にならっていた。その動向しぐさが空気感を重くして、刺すほどの刺々とげとげしさを産み出していた。


「泥棒が入った訳じゃないみたいだけど、どうしたの? おかあさんたち」

 急遽、表情を作り替えたことに気付かれていた。

 紬が

両親そふぼの懐かしい姿に、時間が巻き戻されただけよ」

「おじいさんと、おばあさん? 血が繋がってないのに・・・」

 祷は、慌てて口に手を当て、後を濁した。

「聴いていた? のか」

「ご免なさい、博海おとうさん」

わたしは、薄々気付いていたわよ」

「潜り込んだ布団が冷たかったもんね? ねえさん」

かあさんが、温もりを交換しながら、絆を深めていることは解っているが、博海わしがやると、キモイってなるからなぁ」

 博海の冗談紛いの発言で、場のにごった空気が交換いれかえされた。祷がほっとして、口許をほころばせた。

「さっきの録画、編集されたものじゃ? ないかなぁ」

 栞が表情を変え

「どうして、そう想ったの? 祷ちゃん」

「椅子に座って、こうべを撃ち抜くと、躯が逆に動くでしょ、防衛本能ってやつで」

「だとしたら、替え玉になるな。でもそこまでして自殺を撮影した理由は、博海わしを恐怖でおののかす? ためかな」

 博海が、祷の口上に乗って終った。

「ダメよ、義兄にいさん。曲がりなりにも小学生に、乗せられちゃあ」

「すまん。隠し事は無しに、という約束をしていたもんだから、つい」

わたしなら大丈夫。ドラマを視ているつもりで、客観的に考えられるから」

 紬がその言葉で、包み隠さず話そうと決めた。

「それならば、祷の推理を話してみなさい」

 祷は、一人前に扱ってくれている、と考えて、笑顔を見せた。

「あのセットは、テロリストに似せた背景で、恐怖心を煽るもの。椅子に座らせることで、取り調べが窺えるから、組織は警察関係なんじゃないかなぁ? お父さんたちの話を盗み聴きしたのは悪いとおもうけど、あたしが盗み読みした冊子は、内閣府と綴っていたから、内閣府なんてのも、ありでしょ。でもその内閣府は、なんちゃって科学者の組織だから、違うってなるよね」

「祷は、冊子まで盗み読みしていた? の」

「だって、乙女座みたいに、説明されているものが、見たかったんだもん」

「大人の隙を窺っていたのは、そういうことだったのか」

「あれこれと、することが多いのが、大人でしょ」

「まあ、良しとしましょうよ。その先の推理は? 祷ちゃん」

「神の眼を持つなんちゃって科学者が、うさぎ赤瞳ということなら、博正おじさんは生きているはず。敵さんの狙いが、我が家に隠されている財宝なら、その置場所ありかが特定できるまで、殺せないでしょ。そうなると、処刑リンチ紛いの取り調べをするために、死を見せた、ってなるでしょ」

「うさぎさんなら、乙女の秘密を知っているから、影武者を使って、博正を逃がすことも考えられる、わよ」

「乙女? って、義経さんのことじゃないの、おばさん」

「甦りを果たした義経は、未来さきの視れる乙女を、卑弥呼から授かっているのよ」

「うちの御先祖様の神武天皇が授かったのは、ヤヌスの鏡と言われる、銅鏡よ。義経さんが授かったものも同じように、未来が視えるもの。だとすると、鏡なんだろうけれど、その実体は謎でしかないのよ」

「山伏に伝わる巻物に、ヤヌスの鏡とは、白金しろがねの縁に覆われた、銅鏡ということが書かれている。察するに乙女も、同じものの可能性があるよな」

「冊子に、神々は、同じ過ちを犯さないってあったよね? ならば、お父さんのいう同じは、あり得ないよ」

「なら、金色の鏡? なのか」

「うさぎさんなら、時代背景に添ったものというはずよね」

「人の欲にうちひしがれる今生だから、願いはひとつ。しかないわよね」

ねえさんの言い分ならば、努力が実を結ぶ結果、よね」

「努力に憑き物なのは、汗じゃあ? ないかしら」

「始まりが感性というくらいだから、感動で流す涙? かも知れないぞ」

「問題がズレ始めてるよ。ひとつだけ願いが叶う秘宝? って考えれば、敵さんが狙う理由になるでしょ。それなら、世界征服とか、世界中のお金が集まるとか、欲に魅入られた妖したちの願望になるでしょ」

「凄い推理だね、祷ちゃん」

「おじさんが生きている理由だからね」

「ということは、敵の術に嵌まって踊らされる行動で、博正を救い出す訳だな」

「嵌まった振りはするけれど、敵さんの尻尾を掴まないと、総崩れだよ、お父さん」

「ならば、うさぎさんに会って、未来を教えて貰う? のか」

あたしが想うに、博正が捕らわれて要るならば、情報を聴き出せるはず。情報が入らないから、死の恐怖で動転させるためのビデオなんじゃないかなぁ」

「もしかしたら・・・」

「もしかしたら、なに? 祷ちゃん」

「雲海家を皆殺しにしてでも、情報を手に入れる、って意味の、ビデオなんじゃないかなぁ」

「だとしたら、逃げないといけないが、御先祖様の遺骨が眠るこの場所を捨てることになる。どんな言い訳で取り繕うか解らないが、博海わしの命で相殺できんかな」

「それで良いの? ねえさんは」

わたしは、曰くの根元が、双子なんじゃないかと、ずっと引っ掛かってたのよ」

「どういうこと?」

「義経さんが乙女として甦った時、ヤヌスの鏡を割ったのが双子だし、戦争で亡くなったのも双子よ。それも姉妹という双子。呪いが発生するキーワードになっているんじゃないのかな」

あたしと、かなちゃんも、誕生日を人的にずらされた双子だもんね」

 親の三名は顔を見合わせたが、隠しても無駄なことに気付き、話を進めることにした。

ねえさんの引っ掛かりを、解明する手段はないの? かな」

 栞の発言で、各々それぞれが、想像の世界に迷い込んでいた。時間は情けを掛けずに淡々と刻み続けられていた。


 想いで、時空を彷徨うことに終止符を打ったのは、祷であった。

「結果が見えない以上、各人が腹を括る必要があるよね」

「結果なんてものはある種、思い込みなんだぞ、祷。想定内で進まなければ、イレギュラーが生死を分けるからな」

「だったら、かなちゃんも連れてくる必要があるよね」

「何て言って連れてくるのよ」

「おじさんの出張で、かなちゃんの誕生日を祝ってない? よね」

「うちは、誕生会をしたことがないわよ」

わたしたちは養女だったから、そういう仕来りをしたことがないわよね。でも祷にその切ない想いをさせないために、祷にはしてあげてるわよ」

「宗教的なお祝いだから、気にしてなかったわ。言われてみれば、時代背景で、やってあげるべきよね」

「重なり? もしかしたら、わたしの引っ掛かりって、重ねられるとまずいもの? なんじゃないかしら」

「誕生日で重なるもの?」

「冊子では、想いを重ねてたけど、血を重ねることなら、遺伝子を濃くすることになるよね」

「そうなると、神武天皇の復活になるな。そういえば、代々伝わる巻物に、神武天皇が一度だけ復活した記録があったはずだ」博海はいうなり、部屋を飛び出していった。

 残された女子たちはてんでに、想いに従い行動に移っていた。紬は、博海を手助けするために後を追い。残された栞は、祷を伴い、夢を迎えに行った。



    八


 虫がしらせる、ということは必ずある。

 一同が揃ったのは、同じからくりに乗っているからだった。


「あったぞ」

 博海が地中から掘り出した巻物をかざした。土だらけになった格好を見た、祷が、「土に帰る、って、こういうことだったのね」と、誤解していた。

「意味がまるで違うわよ ! 祷」

「そうだよね。生命体の始まりが、単細胞でも、海の中のはず? だもんね」

「地下から溢れ出たマグマに含まれた成分が単細胞を造り出したと考えれば、根で広がるシダ類が先かも? 知れないわよ」

「それでも、糖分や核酸は、光分解がもたらした産物なんでしょ」

「誰に訊いたの?」

「市の図書館で調べたんだよ。あたしは知らないことを、そのままにしておけない性分なんだよ、おばさん」

博海わしは、休みの日に、祷がいそいそと出かけていることを知っていたが、よもや図書館で調べものをしてたとは、夢にも想わなかった」

わたしも一緒にいたんだよ」

「約束、って、そういうことだったのね」

「別に嘘はついてないよ」

「どうして調べよう? って、想ったの」

「もしかして、冊子の内容を把握したかった? からじゃない。性分ってそういうものだからね」

「なんにしても、その努力には価値がある。我が子ながら、感心したよ」

「本題に戻そうよ? お父さん」

「そうだな、神武天皇ごせんぞさまは一度、甦りを果たしているらしい。山伏の中に隠れていた間者に、直ぐ様命を獲られて終ったようだがな。だがその時に、邪破という悪霊退散の説法を説いたらしい」

「らしい?」

「実際に見聴きしたもの以外を、お父さんは、らしいって言うんだよ、かなちゃん」

「それなら、うちのお母さんが言う、みたいだね、と同じってことだね」

「面倒臭いよね、大人って」

 祷と、夢が見合わせて微笑んでいた。


 神様は甦る、そんな迷信は都市伝説となり受け継がれるものだか、ひょうたんから駒や、嘘から出たまことのように、イレギュラーで作られるものがある。それ等を真実と捕える心づもりを、持ち合わせていなかったから、噂話しに尾ひれが付き、都市伝説と化したはずだ。

 人が幼い生命体と云われる所以ゆえんもそうだが、曰くの元は、概念や観念に左右されて終う。それ以上踏み込めない事実は、境界線という一線を引くからで、その境界線を彷徨うのが、魑魅魍魎だからである。かかわりいたくない、そんなまやかしを、誰もが経験するからだ。

 はじめは興味本位でも、取り憑かれると、恐怖心をあおる。言葉巧みに誘導する者が現れて、引きずり込まれるのが、心霊現象の顛末である。恐怖心が魅せるまやかしが、幻なのだ。

 科学的な根拠は後付けで、その為に家督を無くす者まで出る始末だった。そういう曰くだからこそ、邪悪を退散させる儀式を必要としたのだ。

 甦りを果たしても、直ぐに命を獲られることを知っていた、神武天皇だからこそ、せめて子孫を守るための呪文を残すために、敢えて復活したのだった。

 山伏となり、神武天皇の子孫を守ることを生業とした天使たちは、信頼関係でその呪文を継承している。博海が忘れていたその呪文に気付かせるために、博正の生死が、同じ天秤に乗せられたのだった。


 その時、どこからともなく、思念が降りそそいだ。


『人が命を天秤に掛ける時、その愚行に気付く。汝に課せられるものはかせではなく、想いを育むことである。一長一短に苛まれず、果ての如く伸ばしてたもれ。それが、我らの想いと重なる時、今生の色合いとなる。努力はげめ若人しそんたち


 ただ聴いていた五名は、無意識のうちに頬を伝うなみだに、心が洗われていた。


 心を洗い、あわれみを取り除き、死をも恐れぬ覚悟が芽生えていた。その為、以降の時は、夢の誕生日を祝う宴となっていた。親等は、夢の心が発する、希望という色合いを尊重している。祷は『どっちが本当の誕生日なのかな?』と想っていたが、口に出さないでいた。夢の本心も、それに然り、であった。



    九


 初めての誕生会を経験して、夢が夢心地を知り、突拍子のない言葉を発した。

「雲海家と、天命家だけが、神武天皇の子孫なの?」

「いきなり何を言い出すのよ? 夢」

「私が、祷ちゃんと姉妹であるように、今までに分家となった家督があるはず? でしょ」

博海わしの知るだけでも、大門家・橘田家・榊家があるぞ」

「遺伝子を重ねるなら、分家となった血筋を取り込む必要があるよね」

「どうやってその事を知ったのかしら? かなちゃんは」

「夢の中で教えて貰ったんだよ」

「夢の中に出てくる男性らしいよ、おばさん」

「どうして黙っていたのよ? 夢」

「云っても、信じて貰えないって想ったもん」

「信じてあげられたの? あなたは」

「あげられるわよ。だってそれが、うさぎ赤瞳さんだろうから」

「どういうことだい?」

「あの冊子の表紙に書かれている題名は、夢のみちなの。盥回しにされたから摩り切れて、読めなくなってるだけ」

「神の眼だけじゃない? のか」

「博正に聴いたのは、電磁波に思念を乗せて、純真な心に送れることよ。神々が心に降臨するんだから、思念を送ることなんて、朝飯前なのよ。ましてや疑う余地のない純真な心なら、容易いってなるでしょう」

「だとすると、博正に送った思念を、夢ちゃんも受信していたことになる」

「そこは記憶の問題だから、なんとも云えないわね」

「一対一の疎通だから刻まれた、というの? 栞」

「人それぞれの、許容範囲だからね。強制を拒むのが、純真な心でしょう」

「難しいな? 子供心、とは」

「だから、矯正力が及ばないのよ。ねえさんなら解るわよね」

「問題は、理解力じゃないわ。かなちゃんが、うさぎさんとの連絡を採れるかよ」

「それこそが、強制になるわ。あたしは、夢にやらせられない」

「そうだな、そうするくらいなら、博海わしの命で相殺しよう。それが山伏に伝わる気概だしな」

 大人たちが勝手に納得して、宴に戻っていた。

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