第2話

    四


 数日後、とばりが近付いた時に、おばの栞が血相を変えてやって来た。息を切らし強張こわばる面持ちで、博海に手紙を手渡した。

 博海はそれを受け取り早急すぐに、内容を確認した。わなわなと身震かんしゃくを引き起こしながら読み終える。生唾を飲み干して、沸き立つ怒りを押さえ込み、「だから言ったんだ」と、吐き出した。

 粗方の内容を察知した紬は「引き寄せて終った以上、仕方のないことです」と、腹を括ったように、凛々しく言い放った。

 栞は辺りを確認し「どうしたら善い? の」と、今後のちを仰いだ。

「そうかされても、良案なんて閃かない。腹拵はらごしらえでもしながら、考えるとしよう」

「ならば、かなえちゃんを連れて来ないとダメね? 祷~」

「良いわよ、ねえさん」

 栞は言うと、肩をすぼめたまま、出て行こうとした。

 そこへ

「な~に、お母さん」と、祷が現れた。

「かなちゃんをお迎えに行ってくれないかな」

 祷は笑顔で、「解った」と言い、紬と栞を掻き分けて靴を履き、飛び出して行った。

 それを見送った紬は

「子供は来客に敏感よ。あなたの纏う不幸に晒しちゃダメ。それが親の嗜みなんだからね」と言い、栞に背を向けて、なかに入って行った。苦虫を噛み潰したように、口をへの時に結んだ栞も、不幸を振り払うようにひるがえり、後に続いて内に入って行った。


 漸くして、祷が、かなえを連れて戻ってきた。

「かなちゃん、お寿司をとったから、みんなで食べようね」

「有り難う、博海おじさん。かなね、お寿司だ~い好き。毎日食べてもいくらい」

「そうかい。なら善かった。おめでたくないけど、厄祓いしようね」

「バカなこと言ってないで、炬燵こたつにあたりましょう」

「有り難う、義兄にいさん」

「ダメだよ、お父さん。おばさんを泣かしちゃ」

「違うのよ祷ちゃん。これは、嬉し涙なのよ」

「さぁさあ」

 紬が手招きして、ぞろぞろと連なって、部屋うちに入って行った。嵐の前の静けさも、家族の団欒の前では、影を忍ばすしかできないでいた。



    五


 帳が地上を席捲せっけんすると、虫たちの合唱コンクールが始まるのが、秋の夜長の風物詩である。そんな風情とは不釣り合いの相談が始められていた。

 祷の好奇心が、眠気を遠ざけ、祷を好敵手ライバル視する、夢は動向の一挙手一投足を真似ている。


「博正の無鉄砲にも、呆れたものだな」

「超えてはいけないものほど、越えたがるものですよ」

「幼児心理? ってことかい」

「好奇心旺盛なのは確かだけど、今回はやり過ごすことのできない状況だったんじゃないかしら」

「どういうこと? なの、栞」

「こうなったから話すけど、あたしは、雲海家の血縁じゃないのよ。もしかしたら、ねえさんも、そうかも知れないわ」

父母りょうしんのどちらか? から、聴いたのかしら」

あたしが我が儘を言って、私立高校に行ったから、修学旅行の際に取ったパスポートで、気付いたのよ」

「両親が死亡して、養女になったことね。わたしも知っているわよ」

「ならば、博正が、うさぎ赤瞳さんと文通していることを知っている以上、探している真実も解る? わよね」

「男の子が産まれないからな。だからと言って、赤の他人が知っている理由にはならないぞ」

「神の眼、の恐ろしさは、理解しているわよね」

「人に見えないものが視えるだけ? だろう」

「それは、義兄さんの体内なかの、天使の血が薄まっているだけのこと。そうだよね、ねえさん」

 博海が、紬の顔色を窺った。

「そうかもね? でもそれは、乙女の意志よ」

「紬さんの、知っていることを教えてよ」

 紬は俯いたが、閃いたように顔を挙げて、話し始めた。


乙女ごせんぞ様は、卑弥呼様より授かった秘宝により、未来さき読みができたのよ。映し出される未来は、呪いによって色褪せる。言葉として残したのは、秘宝を護るため。それと一緒に、末裔に降り注ぐ災いも先読みしているわ」

「先読み? だから先読みのできるなんちゃって科学者との連絡に拘ったのか」

「いえ、それは違うわ。冊子を持ち込んだ時のことを、博海あなたは忘れて終った? の」

「あれから随分ずいぶん経つが、未だになにも起こっていないぞ」

「歯車が噛み合ったとしても、動力になるには、時間が掛かる? ってことじゃないのかな」

「なら訊くが、何故今? なんだ」

「祷にしても、夢にしても、記憶ものごころがついた、ってこと? なんじゃない」

「そう来たか? かあさんは、どう想う」

「博正さんの不注意で、なにかしらの根拠じょうほうが漏れたのかも知れないわね。いずれにせよ、財宝を見つけることはできないわ。沸騰する怒りの矛先が、命であることの警鐘と、みるべきですね」

あたしは別に、命なんて惜しくもないけど、真実だけは知りたいわ」

博海わしは常々感じていたんだが、真実の中に正義なんてものは、存在しないんじゃないかな」

「そうね。嘘を本当にするために、嘘をつき続けたのが、現在ですもんね」

「だとしたら、嘘の犠牲になるんだから、せめて真実を知りたいわよね」

「まだ、犠牲になると決まった訳じゃないぞ」

「今回の手紙が、それを教えているわよ」

「そうもとれるが、内通者スパイに成功した? ともとれるぞ」

「それは楽観視し過ぎです。相手が組織けんりょくを行使することは想定内ですが、どこまでが敵なのか? が、把握できませんからね」

「そうやって、乙女さんは命を落としたのよ」

「北条が平家の密偵てのうちなんて、誰も気付けなかった。それをとがめた、武田家とめたのが、今回の始まりじゃないか」

「武田家が、真田家を十二神将に推挙しんげんしたのが、源家にとって、面白くなかったようですね。しかし十二神将の掟では、財宝に眼の眩むことのない一族と書かれています」

「ねぇ、ねえさん。さっきは、辿り着けないって言ってたけど、置場所ありか? を知っているの」

「博正さんと、うさぎさんの文面から察するに、結界の中? なんじゃないかな」

「そこしか、考えられないもんね。どのくらい、あるのかな?」

きんだけで、現在出回っている量の数十倍。でもそれ等は、霊魂にとって価値はない。だから安心できる。もしかしたら、何時でも取り出せるように、地下資源えきたいになっているから、辿り着けないのだろうな」

「発掘される古代の秘宝は、そんなものばかりだもんね。手にしたいという欲は湧かないのかなぁ」

「なんちゃって科学者は、欲に魅入みいられたあやかし? って言ってるから、百鬼夜行? ってなるわよね」

「もののけ、 ってことなのね」

博海わしには、博正が、ミイラ取りがミイラになった、と想える節がある」

「それが本音だから、善く想ってない訳ね」

「総てが想いだからな。でもその想いを支配コントロールしたい、とは、常々いつも想っているがな」

「際限がないのが欲だもんね」

 栞の言葉に各々が、妄想に取り込まれていた。



    六


 一時いっときが空き、再び、相談に移っていた。


あたしの血に隠された秘密はなんなの? かしら」

「多分になるけれどわたしたち姉妹は、乙女さんが養子にした娘の、妹の血筋じゃあ? ないかしら」

「どうして? ねえさん」

「戦争で、乙女さんが護った血が、失われたからよ」

「それが、事実? なのか」

「うさぎさんが生きていれば、視ることも可能なはずだけど、抹殺された現実が、鍵を握るはずよ」

「ならば、博正も抹殺される? よね」

「なら、直ぐに止めさせなくては」

「もう、遅いわ。密偵スパイとばれたならすでに、命がない恐れすらあるわ」

 雲海夫婦が宙を見上げ、神頼みするように、手を併せていた。

「博正は、豊臣家が、中臣家の血縁と言っていたわ」

「平家が再び実権を握った、とは、口が裂けても言えないですからね」

「百姓から関白まで上り詰めるなんて、夢にも視れない世の中なはず? だよな。戦国時代なんだから」

「同じように、夢の大安売りで、夢を観れなくしたのが、敗戦後の時代背景だもんね。もし、ねえさんのいう血縁だったなら、あたしたち姉妹が生き延びるための、時間稼ぎにして欲しいはずだよね」

「そうかも知れん。後は、どうするか? しか残らんからな」

「先ずは、祷と夢を護り抜くだけよね、姉妹ふたごなんだからね」

「それは禁句よ? 栞」

「この期に及んでも、体面に拘る? の、ねえさんは」

「別々の方が、安全だ、と、四人で協議したでしょう、栞」

ねえさんは、いつもそう! 貧乏くじを引くのは、いつもあたしばかり」

「そうかしら、双子(祷と夢)を産んだのは、あなたよ。親の権限は、栞にあるわ。だからこうやって、事ある毎に、親族会議を開いているわ」

博海わし等が矢面に晒されるようにしているのは、双子を護るための手段でしかない」

「かも知れないけれど、祷の知っていることと、夢の知っていることがちぐはぐなら、最終的に殺されるんじゃないかな」

「うさぎさんは、『最後の最期は、自らが決断して生き延びるしかない』と、綴っていたろうが」

「抹殺されても残すことに拘った『冊子』のことよね」

「絶版という、世の中から抹殺されることを回避するための手段でしかないはずだからな」

「それでも、博正は、うさぎさんに辿り着けたわ。博正曰く、文通にしたためられないことは、思念で教えてくれるって、言ってたけどね」

「電磁波のことよね」

宇宙てんからの『御告げ』と、一緒いっしょくたのような気もするがな」

「だからそれを、悟り(疎通の解放)と定めたんでしょう。義兄にいさんは」

「神の眼はあれど、神の耳はないみたいだからな」

「五感は補うものよ。人間は錯覚を克服できないようだからね」

「それすらも、『選ばれし者』の宿命のような気もするがな」

「それが、あの双子しまいの宿命? なのかな」

「どういうこと? だい」

「ある会見で、視ている子供たちのために、規則ルールを守れる大人たちでいて下さい、と言ってたけれど、そんな子供たちを犯罪で汚した者の側ならば、土下座するくらいの誠意が必要でしょう。自分の子が汚されたなら、規則よりも復讐! と、見境をなくすはずよ。それが我が子を護る親心だもん」

「その人それぞれの立場はあると思うが、陽の目の当たった者と、そうでない者の違いは生ずるからな」

「その言葉が出た時点で、誠意は神棚の上に措かれてしまっているわ。犯罪行為だけ憎んで、犯罪人を憎まずなんて、綺麗ごとでしかないんだからね」

「栞は、祷と、夢に向かって、自分の身は、自分で護れ? と言えるの」

「犠牲になるくらいなら、それもあり? でしょう」

「その良心が、生死を分けるとしても? それこそが、親の傲慢にならないかしら」

「生き延びる覚悟って、それくらい大事なはず」

「言わんとすることは解るが、まだ小学生の双子に、そこまで強要できんだろう。博海わしなら、死んでも死にきれん。亡霊となっても、行く末を見守るぞ」

「だから、神の眼を持つ、うさぎさんに視てもらいたいんでしょう」

「そこまで想っていても、血縁のないわたしたちの元に、うさぎさんは現れないのが現実なのよ。ないものねだりは、人の十八番おはこだからね」

 紬の言葉に、栞がなにかを閃いた。

「うさぎさんは、裏切り者に殺されたよね」

「本当の死か解らないぞ? なにせ物語だからな」

「裏切り者ではなく、裏切らせた者よ。組織の中にそういう資質を持つ者を創ったら? どうかしら」

「博正に訊いてみるわね」

「今宵はしましょう」

「果報は寝て待て、と言うからな」

 博海の言葉で、会議の終了となった。

 母たちが添い寝に来ることを悟った双子が、狸寝入りをして待っている。そうとは知らない、紬と、栞が、抜き脚差し脚でやって来て、隣に横たわり、ゆめの中に堕ちていくのに、時間わけはなかった。帳の出す眠気に抗うのは、なかなか難しいのであった。

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