15
ミラは目を覚ました。隣には、しっとりと汗に濡れたフェリカの体を感じる。磁石のついたブランケットが程よい圧力で二人の体をベッドに押し付けていた。
ミラの気配を感じ、フェリカも目を覚ましてじゃれついてくる。さらに甘えようという時、フェリカの目に自分の城の中では見かけないものが写った。
「ミラ、何?あれ。光ってるよ」
部屋には二人が体から離したものが浮かんでいた。その中の一つが、不規則な灯りを点滅させていた。
「あれは…」
それは、あの時兄からもらったペンダントだった。これまでなんの反応もなかったのに、いまは不思議なパターンの光を放っている。
ミラは手を伸ばして、それを手に取った。大切な兄からもらったものだが、まったく意味がわからない。そもそも、光るということすら知らなかった。
フェリカも不思議そうにそれを見ていたが、ある時点から「C…H…」とつぶやき始めた。
「え?何?」
ミラはフェリカの反応が急に心配になった。「フェリカ、大丈夫なの?」
「大丈夫。これ、モールス」
「ええ?」
モールス信号は、ミラは開発局に入った時に一応覚えたが、必要なら翻訳はマイがやってくれるし、実際使う場面もないので存在自体が記憶の外にいっていた。だが、宇宙の船乗りとも言えるフェリカにとっては絶対必須の技能であった。
「…チャンネルを開かれたし、…至急…B21チャン…『至急B21チャンネルを開かれたし』だ。繰り返してる」
「B21チャンネルって?」
「予備通信回路。なにも実装されていないんじゃ…」
「開けて。これは兄さんがくれたペンダントなの。なんの意味もないはずがない」
「うん」
フェリカはベッドから離れると、ミラの手を引いてオペレーションルームに向かう。
「え?ちょっと?」
フェリカはなんのためらいもなかったが、ミラは面食らった。二人共なにも身に着けていないのだ。ミラはフェリカの後ろ姿の美しさにため息をついたが、同時にその大胆さにちょっと呆れもした。
フェリカはその姿のままシートに座り、通信コンソールの一番端にある「B21」のトグルを上げる。スピーカーから、二人が聞いたことのないノイズ、そしてミラには聞き慣れた声が聞こえてくる。
「…ラ、ミラ。聞こえたら返事を。ミラ」
「兄さん?!」
「捕まえた!ミラ、これはアルシノエBの電波だね」
間違いなく、その声はミラの兄、ヘイゾウのものだった。フェリカはポカーンとしていた。
「一体どうやって?ペンダントが通信してるの?」
「そんなわけ無いだろ。あれは近くの特定周波数の発信電波を電力化して光るだけの装置だよ。アルシノエの無線の機能を利用してこっちの無線を受信させて光らせてた」
「じゃあ、この通信はどうやって?」
「マイクロ波通信を継走して…っと、要するにアナログ無線だ。デジタル圧縮もエンコードもされていない。これなら通信用チップが壊滅していても単純な受信機と高利得アンテナさえあれば音声通信できる」
「そんな装置、アルシノエに付いてるの?」
フェリカが驚きのあまり割り込んだ。
「あなたはフェリカさんだね。妹を守ってくれてありがとう。実は、古いOHEには仕様として付いている。みんな忘れてるらしいけど。第三世代以降には、僕が力づくで空きチャンネルに搭載させていた。多分、メーカー仕様には載っていない」
フェリカはミラのことを言われて嬉しそうに照れていた。ミラの方は、兄の社交辞令というものを耳にして驚いていた。しかもあんな丁寧な。話については、フェリカはなんとなくわかっている様子だったが、ミラは半分も理解できていなかった。
「なにがなんだか…、っていうか兄さんは今どこにいるの?大丈夫なの?」
「僕は君たちより上空の通信基地にいる。通常は無人の基地だから、今は一人だ。こっちも孤立してることに変わりはないが、まあ、しばらくは持ちこたえられるよ。たまたまメンテナンスに来ていて事故に遭遇したけど、ある意味ツイてた。ここからなら他の通信衛星も利用できる」
「だって、ネットワークは壊滅してるんじゃないの?」
「これはほぼ間違いなくソーラーストームによるハードエラーだ。シールドなんか役に立たない時は役に立たないね。たまたま火星の裏側にいた衛星以外は壊滅。ルナエも今の所沈黙してる。だけども古い、プロセスの大きい半導体やトランジスタはこの種の放射線に強くてね。だから、そういう部品を使った通信機を自作してメンテのたびに各通信衛星に勝手に搭載していたんだ。今はその通信網を使ってる。まだノイズが大きくて、お互いが夜側にいないと通信が成立しない」
「あの…兄さん。とんでもないことを言ってない?」
「別に」
兄が他人に理解を求めず、問題に対しては一人で斜め上の解決を求めてしまう傾向があるのは知っていた。とはいえこれは…。
「とにかく、二人は無事なんだね」
「うん。ふたりともなんでも無い」と、フェリカと顔を見合わせてあることに再び気づいた。私達二人共全裸だ。音声通信のみなので姿なんか見えない。そもそも、兄と暮らしている時もタオル一枚とかで平気で兄の前を闊歩していて、ちょっとくらいこっち見ればいいのにといたずら心を起こしていたくらいだ。なのに、今なぜか猛烈に恥ずかしい。
ミラは慌ててフェリカにゼスチャーで服を持ってきてもらうように頼んだ。自分ではあそこまで戻るのに10分はかかかってしまう。
「ちょっと待ってね」と、フェリカが持ってきてくれた下着を着直す。これしか無いんだから仕方がない。そして、それを着ている間、自分たちの現状をどう伝えるか考えていた。
兄は悲しむだろう。どれぐらい感情を顕にするか、想像もつかなかったけど、少なくとも悲しんでくれるということには確信が持てた。
「さて、ミラ」
しかし、先に口火を切ったのは兄だった。
「君たちの隕石は落下軌道にある。その隕石には移動用ロケットの装備は無く、移動手段はない。そして、アルシノエはそこに墜落していて動けない。それで間違いないね」
「え?なんで?」
言われたことも意外なら、普段どおりの調子で言われたことも意外だった。妹が火星に落ちるという話をしている時に、深刻さのかけらもない。
「マイがギリギリまで情報収集をしてくれていた。ここからロケットシャトルもなんとか光学観測出来ていたので、大体見当はついてる。マイが航行灯必要以上に発光させてたからね」
「そうなんだ…。うん。私達落っこちちゃう。兄さん、ごめんなさい。私ね…」
やっぱり、兄は感情を表現するのが下手だ。こんな時でもあんな調子。でも兄さん私はわかってる。だから、せめて私からは優しく話そう。兄に悲しんでほしくはないけど、私のことが兄の心に残るように。
「ああ、わかってる。だからね…」
兄さん?
「お互いを助けるためのオペレーションを始めよう」
ミラとフェリカはまるで一人であるかのように声を合わせた。
「はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます