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二人の大きなシュートミスを受け、いったん全火星のシュート任務は停止された。
シュート任務が無い間、ミラとフェリカは私的通信を繰り返した。物語の話、歴史の話、地質学と鉱物学の話、苔類の話。たしかに、フェリカは話題の範囲を拡大して待ち構えていたようだ。また、私的通信ということで気が大きくなったのか、「ゲームしよう」と持ちかけてきた。実は、トランプやチェスくらいのゲームならローバー―OHE間の衛星通信でもプレイすることはできる。両者のマイの端末を利用して遊ぶのだが、マイは恒常的にパケットを流しているので、これに必要なデータを紛れ込ませればよく、負荷も殆ど無いので黙認されていた。
だが、一応公式にはトラフィックの私的利用に当たるので、フェリカはためらっていたようだ。どうやら、ミラとフェリカどちらが生真面目かというとフェリカの方らしい。
「どんなゲーム?」ミラの質問にフェリカは得意げにレクチャーを始めた。ミラに”聞いてもらえる”のが嬉しかったのだ。
「役というのがあってね…」
フェリカの説明によると、どうもステーションの住人なら誰でもプレイできる伝統的でローカルなカードゲームらしい。ミラの知識では花札とモンスターなどをコントロールして相手を倒すゲームを足して二で割った感じだなと思った。フェリカの話を聞く感じ、基本的には賭博が絡むもののようだ。
ステーションでは物理的なカードを使って勝負するのが当然のようだが、二人はマイが表示してくれる画面でのプレイとなる。
「なんで、こんなローカルなゲームのインターフェースが用意されてるの?」
ミラの質問はどちらに向けたものか曖昧だったが、マイが率先して答えた。
「ルールとカード構成さえ聞けば、このようなゲーム画面はすぐ用意できますよ。なんでしたら、お相手もOKですよ」
つまり、誰かが教えたということだ。ランダム性のある不完全情報ゲームである以上、本気のマイ相手でも勝利のチャンスはあるが、人間側の勝率は恐ろしく低いものだろう。
「ただでさえ初心者なのに、マイが混じったら勝負になるわけ無いでしょ。フェリカと二人で遊ぶわ」
「はい、お二人のお邪魔はいたしません」
またこれだ。本当、マイって不思議なAI。
当然だが、ミラはフェリカに対し、全く歯が立たなかった。最初は当たり前だとしか思っていなかったが、戦術の把握が進むにつれ、これはフェリカが相当強いのではないかと感じるようになってきた。
こっそりマイに聞いてみると、フェリカはステーションでもトップクラスのプレーヤーなのだそうだ。程度はわからないが、ステーションではこのゲームは賭け事と関わりがあるらしい。そうなると、強すぎるプレーヤーは忌避される。
「フェリカさんは久しぶりのゲームを楽しんでいるようですよ」
マイは、どさくさに紛れてそこまで教えてくれた。ようし、ならば…。
もともと、ミラの頭脳はこういうゲームの処理に向いている。ミラは一人になった時にシミュレーションを繰り返した。
あくまで二人の会話の息抜きとして遊んでいたゲームだったが、3日目にミラが初勝利を上げてから、フェリカはプレイの回数を増やしたがるようになった。ミラが新しい戦術を身につけるたび、むしろフェリカのほうが喜んでいた。最終的に、ミラの勝率は3割程度に達した。
「すごい、先生。多分もうステーションでも上位にはいれるよ」
フェリカは本当に嬉しそうだった。
「やっぱり先生は頭いいんだ。度胸も凄いし、先生との勝負、楽しい。お話するのも、教わるのも…」
「私も、フェリカが「遊ぼ」って言ってくれるの嬉しい。私にゲームのコーチしてくれるのも嬉しい」
「そう?えへへ…、先生に教えてあげるなんて、照れちゃう」
あれ?ミラはかすかな違和感を覚えた。なにか、とても柔らかいというか…。
「フェリカ?ちょっと雰囲気変わった?」
「え?」
ミラはドキッとした。また、フェリカの触れられたくないことに触れてしまっただろうか?どうしても、フェリカの反応に憶病になってしまうところがあるのは自覚していた。
「そ、そんなことないんじゃないかな。いや、ないよ」
やっぱり、ちょっと…。そうは思ったが、今回は言わなかった。いいじゃない、それならそれで。
二人のミスショットの原因究明は進まなかった。
火星で最も若いペアである二人の助けになろうと、開発局側、ステーション側ともに先輩たちが検算、機体とそのログの検証に挑んだが、彼女らの作業にこれと言った瑕疵は見つからなかった。
こうなると、特に局側の人達は「研究モード」に入ってしまう悪い癖があり、事態は長期戦の様相を呈していた。
もっとも有力な仮説は「当日の大気状態が特殊であった」で次点が「中性子によるソフトエラー」で、いずれにせよ不可抗力だろう、というのが当面の結論だった。
そして、少なくとも同様のことは極めて低い確率でしか起きないだろうと判断され、一斉に作業は再開された。
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