第4話 空っぽ少年は入学準備を進める

アヴァドラ魔法学園に入学する実感が湧いたのは、入寮式が明後日に迫って、姉と二人で雑貨屋に来た時だった。

制服採寸ついでに普段着も用意してもらって、それがつい先日家に届いて。

その更についでで送られてきた母と姉の新衣装に父は大喜びしていた。

そして姉はそんなつい先日届いたばかりの服をこれみよがしに着て、周りに見せびらかしていた。

······そんなだから彼氏が出来な······うぁっ、悪寒がした。


「エヴァン、ほら見て、この万年筆可愛いー!買ったげようか?入学祝い!」

「······いや、もっとシンプルなのがいい······かな」


姉が手の上でコロコロするのは真紅のラメ入りの万年筆で、バラの形にカットされたダイヤモンドが散りばめられている。

というか、明らかにお高い。

父ならともかく姉のポケットマネーで買えるような金額では無い。


「遠慮しないでって!今日のためにパパからお小遣いたんまり貰ったのよ!ほら、このダークブルーのと一緒に買ったげるわ〜」


父さんに裏切られてたらしい。

ひょいひょいとカゴに入れていく姉のことを店員が見る目はまるで勇者を······いや、神様を見るような······なるほど、この高さなら売れ残るだろうな、派手だし。


「ハンカチ何枚かいるわよね、どれにする?」

「どれでも······出来れば無地」

「んもー!エヴァンったらほんとにセンスないわねぇ、お姉ちゃんが選んだげるわ!」

「······」


じゃあなんで聞いたんだ······?

そんなことを思うが再び思いは霧散する。

花柄、ハート柄、青のストライプ、トランプのスート柄······雫柄、傘柄、黒地に炎柄······。


「ね、ねえ、そんなに要らなくない······?」

「何言ってるの!いい?ハンカチはいくつあっても困らないの!」

「困ら······ないかな?······まあいっか」


独特な柄のハンカチを入れる度店員さんが拝んでるし。

この世界でも売れないんだなぁ、こんなに個性的なのに。


「······あ、このハンカチは?」

「うん?······わあ、エヴァン、あんた趣味いいじゃない!」


真っ白な無地にレースが縁取られて、黒猫の刺繍が入っている。

そんな女性向けのハンカチを姉は手に取って······。


「じゃ、あんた用に買っとくわね、三枚くらい」


姉が好きそうだと思って指差したそれは、僕が使うものとしてカゴの中に吸い込まれた。


「······」

「じゃあ次は補充用のインクと〜、あとノート買いに行くわよ!」

「······うん」


僕はもう、下手に口出さないことに決めた。


***


「まあ!よく似合っているわ!エヴァン!」


母さんが目をキラキラ輝かせた。

今僕は、制服を着ている。

アヴァドラ魔法学園の制服は真っ白なシャツにチェックの紺の長ズボン。

それから黒と紺色のベストに群青色のタイ。

黒のブレザーにはアヴァドラ魔法学園の三つの寮の一つである『金の太陽』の寮生の証である金のラインが入っている。

名門校にふさわしく質のいい制服だ。

大きめに仕立ててもらったからブカブカで、真新しいから動きづらい。

母さんの言うままにくるりと回ったり腕を上げたり足を上げたり······最終的に旗体操のようなことをして、やっと母さんは満足したみたいだった。


「素敵だわぁ······ね、ジャスパー」


うっとりした目で僕を眺めた後、視線を落とした母さんがそういう。

視線の先で、母さんの足にじゃれつく大型の獣······今その身を、黄色から青に染め変えた虎。


「うん、そうだな、シルヴィが言うならそうなんだろうな」


僕の父、ジャスパー・カラーポート。

こちらを全く見ずに母さんだけを見上げている。

大きさは母さんの腰ほどもあって、普通の動物に比べてもかなり大きい部類に入る。

青を紫に染め変えた父さんは獣の頭でも分かりやすく蕩けていた顔をキリッと引き締めると僕の顔を見上げた。


「よくやれよ」

「うん」


一言、それだけ告げた父さんはくるりと回ってオロオロする母さんを強引にエスコートしつつ家の中へ引っ込んで行った。

ちなみにここは家の前である。

着替えて直ぐに家族全員で外に出ていたのだ。

僕の足元には荷造りを終えた荷物が並んでいた。

ぼんやり両親が引っ込んだのを見つめていると視界の隅で一人動く。


「······エヴァン、息災でな」

「わかったよ兄さん」


父そっくりの獣の頭に僕より随分背の高い軍服の兄······エンヴィル・カラーポート。

オレンジの頭をゆらりと黒に塗り替えてから、兄さんは父さんと同じようにスタスタと家の中へ引っ込んでいった。


「んもー······冷たいんだから」


最後に残ったのは姉さんだ。

母さんによく似たタレ目に、腰まである長い髪。

今は白と黒のストライプで、ちらりと僕のズボンを見た瞬間には紺のチェックに入れ替わっていた。

姉さんは結構器用で、こういうのが上手い。

柄を動かすのもお手の物だ。

うわ、すごい······チェックがどんどん細かくなっていく。


「頑張るのよエヴァン、あんたなら大丈夫······きっと、自分を持てるから」

「······うん、ありがとう姉さん」


姉さんの名前はヴィシェナ・カラーポートと言う。

明るくて綺麗で男勝りで、僕とは正反対で、街のみんなの人気者。

自分の正義を持って力を振りかざすから、正義のヒーローみたいに思われてたりする。

まあ、自分の正義だから自分のおやつを食べた兄に対する制裁も酷いんだけど······。


「あ、お迎えだ」


遠い空の向こうに、島の影が水の光で屈折、反射して輝く。

そうして僕はその日、アヴァドラ魔法学園に入寮した。

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