第33話 浜崎 雫


「さぁ、話してください」


 伊織に促されても浜崎さんは黙りこくって口を開こうとしないので、伊織が再度そう言うと浜崎さんはようやく観念したようでゆっくりと口を開いた。


「...たまたま帰り道で楓くんを見つけたからついてったらなんかヤバそうだから2人を呼びに行っただけ」

「それじゃあ、流石の伊織も誤魔化されないですよ!? 色々と奇跡すぎますし、浜崎先輩の行動には謎が多すぎます」


 浜崎さんは淡々とそう答えるが伊織がそんなツッコミを入れる。なるほど、確かに浜崎さんの様子は変だ。いつもの余裕というか口論での強さがない。現に伊織に論破されてるし。


「くっ」

「いや、「くっ」じゃないですから。なに惜しいみたいな感じ出してるんですか。楓先輩といい伊織のこと馬鹿にしてません??」

「けっ」

「いや、そういうことでもないですよ。というか、そうやってふざけた所で逃がしませんから。素直に話してください。なにを隠しているのか知りませんが」

「雫...」

「はぁ、分かった。話す、それでいい?」


 伊織にそう言葉をぶつけられ渚の視線を受けた浜崎さんは、今度こそ本当に観念したようで珍しくため息をつきそう答える。


「私は今日、意図的に楓くんをつけた。いや、少し前から楓くんの動向を探ってつけてた」


 そして浜崎さんは俺の方を見ながら少し気まずそうにそんなことを口にした。


「...なんでそんなことを?」


 俺は少し驚きつつも冷静を装い浜崎さんに尋ねてみる。


「それは...楓くんが危険なことをしようとしてるって分かってたから。でも、まさかここまでのことをするとは思ってなかったから焦ったけど...」


 すると、浜崎さんは先程のことを思い出したかのように身震いする。確かに浜崎さんは鋭い人だ。それもかなり。しかも、新しく出来た部活に渚を誘ったりと好奇心旺盛な部分もある。

 俺の行動の不自然さに気づいてつけてきていたという事に変な部分はない。

 だがなんだ、この違和感。しかも、これはどうやら今突然芽生えたものではないような気がする。ずっと胸の奥で感じていた微かな違和感。

 なんだ? 俺は彼女にどんな違和感を覚えて——。


「なるほど、まぁそれなら多少は話は分かりますね」

「待て、伊織手を緩めないでおいてくれ」

「どうしたの、楓くん? なにか他にも答えて欲しいことでもあった?」

「あぁ、ある。いやずっと前からあったんだ」


 そうだ、ようやく気がついた。俺が彼女に抱いていた違和感その正体に...。


「なんで、俺は浜崎さんの方から声をかけてくるまで浜崎さんのことを見たこともなかったんだ?」

「へっ? なにそれ? 楓くん、中々面白いこと言う」

「ど、どうゆうことですか? 先輩」

「...」


 俺の言葉に対し、浜崎さんは面白そうにそんなことを言い、伊織は困惑し、渚は黙り込む。


「だって、そうだろ。俺は1ヶ月と2週間の間、渚と付き合ってその間結構な頻度で渚のクラスに訪れてたんだ。なんで、それで渚の友人である浜崎さんの顔すら見たことがないんだ? 変な話じゃないか」

「ただ、私が目に入ってなかっただけ」


 俺の言葉に淡々とそう反論を繰り出してくる浜崎さん。確かに彼女の意見は正論だ。渚に会いに行っていたのだから他の人など見てもすぐに忘れてしまっても不思議はない。だけど、浜崎さんはっ。


「確かに普通の人ならそうかもな。でも、そのちょっと言いにくいけど浜崎さんって大分目立つ容姿してるだろ。その、小学生かのような」

「楓くん酷い」


 そう、浜崎さんはとにかく目立つ容姿の持ち主だ。美少女なことに加え到底高校生とは思えない小学生かのような身体的特徴。一度見たら忘れることはないだろう。


「と、とにかく、いくら渚に会いに行ってたとはいえ浜崎さんみたいな目立つ人は流石に忘れないと思うんだ。なのに、俺が浜崎さんを初めて見たのは俺が振られて浜崎さんが話しかけて来た時だ。やっぱりちょっと変じゃないか?」

「だったら、私が小さすぎて見えなかっただ——」

「...雫、私も違和感を思い出したわ」


 浜崎さんが俺の言葉に対して更なる反論を口にした時だった、それまで黙りこくってなにかを考えるようにしていた渚が重々しい顔でそう口を開いた。


「楓くんと付き合っていた頃も私の隣にはずっとアナタがいて暇な時は話し相手になってくれた。でも、アナタと話すのを止めると私はアナタをことをスッカリと忘れていたの。だから、アナタという親友がいるのに私には友達がいないとずっと思っていたの」

「っ」


 すると渚の言葉を受けた浜崎さんは確かに動揺を見せた。


「実はさっきも、そうだった。伊織ちゃんに相談に乗って貰っている時、伊織ちゃんが私を友達だと言ってくれたの。その時、とても嬉しかった。...初めて女の子の友達が出来たって。ねぇ、雫教えてアナタはなにを隠しているの?私達、親友でしょ? それにアナタさっきからとても辛そう」

「そんなこと...ない」


 渚は本人は気づいていないようだが涙をポタポタと零しながら、そう浜崎さんに言葉をぶつける。


「アナタに私の気持ちが分かるように、私にだってアナタの気持ちが分かるの。だって、親友だからっ。だから、お願い話して。話すまで離さない」

「そんなのズルい...」


 とても苦々しい顔でそう呟く浜崎さん。


「ズルくて構わない、話してっ」

「はぁ.....................................最悪だ。本当にずるい」


 そして、渚が涙を零しながら浜崎さんに抱きつくと浜崎さんは心底憎々しげにそうボソッと漏らし、


「私はとっくの昔に死んでるんだ。所謂、幽霊ってやつ? 話を聞かせてあげる」


 泣きそうな顔をしながら、そんなことを口にした。


 *


 私と渚は小学2年生の頃に出会った。そして渚は私にとって生まれて初めて出来た友人だった。


 私には生まれつき天才で優秀な兄がいて両親は私に興味がなかった。そのせいもあってか、私は人というものに興味をなくし人と関わろうとしなかった。

 でも、自分が関わろうしなくても世の中は勝手に私に干渉してくるようで、私のそっけない態度がいじめっ子達の怒りに触れたらしく私はいじめられていた。

 そこを助けてくれたのが渚だった。私は最初てっきり渚は人と関わるのが好きな優しい子でだから、私を助けてくれたのだとばかり思っていた。

 しかし、彼女は私よりも人と関わるのが嫌そうだった。そこで私は彼女に興味を持った。

 そしてある日、何故人と関わるのが嫌いなのに私を助けてくれるのかと尋ねてみることにした。


 すると渚は、


「人と関わるのは嫌、でも見て見ぬフリをする自分はもっと嫌」


 そんなことを言った。その日から私は彼女のことが好きになった。そして、彼女に追い払われながらも諦めず付きまとい続け、ようやく彼女の友達になること出来た。

 聞くと渚も私が初めての友達だそうでそれに私が喜ぶと、渚も少し嬉しそうにフフッと笑った。


 私には渚さえいれば良かった。


 学校で陰口を言われても、両親になんとも思われてなくてもそんなことは次第にどうでもよくなっていった。渚といるだけで幸せだった。そしてそんな幸せが続くと思っていた。


 しかし、小学生5年生の夏、私は交通事故に遭って死んでしまった。即死だった。痛みはなかった。そして、私が目を覚ますとそこには私に向かって何故か全力で頭を下げる女の人?がいた。


 彼女が言うには、私は本来まだ死ぬはずではなかったのに彼女がミスを犯して私が死んでしまったとのことだった。

 そして彼女は続けて、私を生き返らせることだけは出来ない。でも、それ以外ならなんだって1つだけ願いを叶えてくれると言った。


 私は迷うことなくこう答えた。





 渚のそばにいたい。




 そして、私は渚の前でのみ姿を現わせる幽霊になる契約を結んだ。

 その内容は、渚が誰とも話していない時渚の前に現れて渚と話すことが出来る。そして、私は渚と話している時以外現実世界と干渉することは出来ない。

 そして渚は私と話していない時は私を忘れる。


 そして渚は私が死んだことを忘れる。



 というものだった。全部、私が女の人に頼んだことだった。

 これで私としてはハッピーエンドなはずだった。しかし、ある日私の目の前には心を壊して泣き叫ぶ渚の姿があった。周りを見るとストーカーらしき男がいて、その横には1人の死にかけの男の子の姿があった。恐らく、渚が最近よく話をする彼氏の楓くんだろうか?

 そして、目の前で包丁を握りしめ彼女が自殺を図ろうとした所で、私は咄嗟に残していた切り札を使った。


 私の願いは渚と一緒にいること。だから、渚が死ぬ未来を一度なかったことにした。簡単に言うなら、時間を巻き戻した。今回は私の時と違い渚も男の子も死んではいなかったから助けることが出来た。そして、今度はその未来を避けられるように彼女にだけ記憶を残して。


 これでいいと思った。しかし、渚は辛そうな顔をしていた。どうやら聞くと彼女は楓くんを振ったらしい。理由を尋ねると渚は嫌いになったからだと言った。嘘だとすぐに分かった。渚の嘘は分かりやすいから。

 自分のことを責めているなんてのは丸わかりだ。


 でも、最初は私は放っておくことにした。だって、実際彼と渚が付き合わなければストーカーは現れないのだから、渚を守る為にはこれでいいと思った。

 でも、日に日に辛そうな顔つきへと変わっていく彼女を見て私は耐えられなくなった。


 私が望んだのは渚が幸せに生きている未来。そして、きっと今の渚の幸せに必要なのは...。


 全てを悟り覚悟を決めた私は契約を破った。


 楓くんと伊織ちゃんの前に姿を現わし、彼に対し渚がまだ好意を持っていることを伝えた。

 そして、その後私は幽霊として姿を隠し伊織ちゃんが楓くんとゲーム部を開こうとしているという情報を入手した。


 チャンスだと思った。渚と楓くんを繋げる唯一のチャンス。だから、逃したくなかった。そんなわけで私は半ば強引に渚を連れて行くことにした。

 最初こそ、上手くいかなかったが段々と重くるしかった空気感もなくなっていって渚にも笑顔が増え、渚以外には興味がなかった私も楓くんと伊織ちゃんという友人が出来て楽しかった。とても幸せな時間だった。


 そして今日はとても焦った。いつものように透明となり楓くんを見張っていると、彼はとても危険なことをしようとしていた。

 私は物に触れようと思えばゲームのコントラーを弄るくらいは出来るが、それ以上となると厳しい。


 ストーカー男から楓くんを守るにはあまりに力不足だった。だから、焦って渚と伊織ちゃんを探しそれを伝えた。

 渚を危険な目に遭わせることになるのは分かっていた。でも、渚が楓くんを大好きで失うことの方を何十倍も恐れていることはもう分かっていた。

 それに私自身も楓くんには生きていて欲しかったから。


 そして、結果的には最高のハッピーエンド。渚は完全な笑顔を取り戻したし、楓くんや伊織ちゃんもみんな無事。

 あとは、契約を破った私がバレないようにコッソリと消えれば完璧なハッピーエンド


 *


「な、はずだったんだけど...失敗した」


 そう言って伊織ちゃんに未だに首根っこを掴まれている浜崎さんは少し哀しそうなでも少し嬉しそうな顔で軽く笑う。


「そんなの、そんなの嘘...ですよね?」

「伊織ちゃん、実は私の容姿がここまで幼いのは死んだ時の容姿のままだからなんだ。これで分かった?」


 まだ、現実を受け入れたくないとそんな言葉を発する伊織に、浜崎さんは哀しそうな表情で現実を突きつけるようにそんな情報を付け足す。流石に幼すぎるとは思っていたけど........これは。


「...雫?」


 すると、先程から涙を零し続けうつむいていた渚の顔にそっと浜崎さんが触れる。


「もう、どうせバレちゃったし渚に最後に伝えたいことだけ言って消える。だから、渚...聞いてくれる? 私の言葉」


 そして浜崎さんはそっと渚の涙を手で拭うとそう言って薄く笑った。



 →→→→→→→→→→→→→→→→→→→→


 次回「こっぴどく振られた彼女に告白される」



 ん。



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