第32話 謝罪と罰


「まずは、私がアナタを自分の心の弱さ故に傷つけてしまったこと...本当に、本当にっ、ごめんなさい」


 そう言うと彼女は俺の目の前で地面に手と膝と足をつけ頭を深々と下げる。


「そ、そこまでしなくても——」

「いいえ、これは私のせめてもの誠意。許さなくていい、受け入れくれなくていい、でも、きちんと謝らせて頂戴」


 心当たりがないわけじゃない。でも、ここまでしっかりと謝られるとは思っていなかった俺は焦るが、渚は凛とした口調でそんなことを言うので何も言えず黙り込む。


「...じゃあ渚聞かせてくれるか? なにがあった? .........なんであの日別れを切り出したんだ?」


 少し考えた後に俺は彼女に向かってそう口を開く。少し前に気づいていた。渚に好きな人が出来たなんてのは嘘だって。たった1ヶ月とはいえ彼氏だったんだ、ゲーム部として一緒に過ごしていて気づけないはずがない。

 でも、ずっと聞くことは出来なかった。彼女と俺の関係性は元カノと元カレ。俺が踏み込むことが彼女を不快な気分にさせると思っていたから。

 でも、今日でやっと分かった。きっとあの別れ話はただの別れ話じゃなかったと。

 目の前で土下座をしてまで謝罪する彼女の姿がそれを物語っていたから。


「そうね、アナタには真実を聞く権利がある。少し長話になるけど付き合ってくれるかしら?」

「あぁ」


 そしてようやく彼女は顔を上げて立ち上がり隠してきた秘密を打ち明けた。



 *



「なるほど...な」

「本当にっっ、ごめんなさい」


 渚から全てを聞き終えた俺の前で彼女はまた泣きそうになりながらも、それを必死に堪えて再び謝罪をする。真面目な彼女のことだ。きっと、謝る時に涙を流すのは同情を誘うから卑怯だ、なんて考えているのだろう。いかにも渚という感じである。


「私は選択を誤ってしまった。アナタを傷つける必要なんてこれっっっっっぽっちもなかったのに...無駄にアナタを傷つけてしまった。簡単なことだったのにそこに目を向けようともせず逃げ続けて。...最低よね」

「...」


 彼女は自分自身を責めるようにそう吐き捨てる。渚という少女は他人に対して厳しい。そして自分にはもっと厳しい。そこは彼女の良さでもあるのだが、同時に脆さも含んでいる。きっと、今回も人に頼ることが出来ずに自分だけでどうにかしようとして失敗してしまったのだろう。本当にいかにも渚らしい。


「だから...アナタが望むならどんな罰でもどれだけでも受け入れるわ。勿論、それでも許して貰えるとは思ってないわ。でも、それでも...」

「分かった。本当にどんな罰でもいいんだな?」

「えぇ」


 俺が確認を取ると渚は目を真っ直ぐに見つめて頷いた。どんな罰でもどれだけでも受け入れる、か。なら、俺が彼女に求める罰は...。


「渚、お前は.........自分を許してやれ」

「へっ?」


 渚は予想外すぎた為か目を丸くして、そんな間抜けな声を出す。


「どうせ、お前のことだ。多分、いつまで経っても自分自身を許せない、許さないんだろう? だから、許せ。これが罰だ」

「で、でも、そんなの全然罰にならないし私がアナタにしてきたことに釣り合ってないわよ!?」


 案の定と言うべきか、彼女は納得いかないという表情でそんなことを言ってくる。...仕方ない。


「正直、俺としては渚が本当は俺のことを好きだったって事実が分かっただけで怒りも悲しみもなくなってるんだ」

「そ、そんなわけ...」

「大体、どんな罰でも受け入れるって言ったのは渚のはずだろ? まぁ、それでも納得いかないってんなら....そうだな俺のことを好きだって直接言ってくれないか?」

「っっ!? わ、分かったわ」


 渚は一瞬顔を真っ赤にして慌てた様子を見せたがどんな罰でも受け入れるといったことを思い出したようで、神妙な面持ちで頷いた。


「わ.........................私はアナタのことが好き。こ、これでいいかしら?」


 彼女は顔を真っ赤にして体をプルプルと震わせながらなんとかといった様子で言うことに成功する。


「じゃあ、もう一回」

「!??? .......わ、私は楓くんのことが好きっ!」


 動揺しつつも、今度は少し言い方を変えてあいも変わらず顔を真っ赤にしたままそう口にする渚。俺が飽きるとでも思って配慮してくれたのだろうか? それ、可愛すぎない?


「うん、もう一回」

「っ。...楓くんのことが好き」


 今度は少し趣向を変えて上目遣いで愛の告白をしてくれる渚。毎回わざわざ変えてくるの真面目すぎる。the渚だ。


「もう一回」

「やっぱり怒ってるわよね? 怒りがなくなったなんて嘘よね?」


 4回目を注文しようとしたところで渚が少しジト目でそんなことを尋ねてくる。


「うん、そりゃまぁ」

「そう...よね」


 彼女に言葉に頷く俺。


「だってさ、渚が1番大変な時に頼ってもらえなかったんだ。そりゃ怒るだろ」

「えっ、そこ!?」


 俺は正直に答えただけなのに彼女は変な顔をする。


「そこ以外なにがあるんだ? まぁ、それに渚からこんなに好き好き言ってもらえる機会ないし、いっぱい言ってもらった方が得かなって」

「本当...楓くんって楓くんよね」

「そりゃそうだろ」


 何故か、渚が遠い目をしながら当たり前のことを呟くので俺はツッコミを入れる。


「まぁ、でも罰はもうこのくらいでいいかな」

「ちょっ、だからこんなの罰のうちに入ってないわ」

「じゃあもう突然俺の前から消えるのはやめてくれ。そして一生そばにいてくれ。これでいい.........か?」


 言っていて少し恥ずかしくなりつつもなんとかそう言い切り、俺は彼女に向かって手を差し出す。


「っっっっっ、わ、分かった......わ」


 そして渚はこれまで以上に顔を真っ赤にしつつも、なんとか平然を装い俺の手を掴む。


「ちゃんと話し合えたようでなによりです」


 すると、今まで空気を読んでか黙っていた伊織がそんなことを言う。


「あぁ、伊織もありがとな。色々とやってくれて。しかも、空気を読んで黙っていてくれるなんて凄いじゃないか」

「もしかして先輩物凄く伊織のこと馬鹿にしてます? 伊織だって流石にこの空気は読めますよ。 ...まぁ、褒めてくれたのは嬉しいですけど」


 俺が思ったままに伝えると伊織は少し不満そうにしつつも、少し嬉しそうに顔をほころばせる。


「まぁ、伊織としてもこのままハッピーエンドで終わらせたいのは山々ですが、そうはいかないかもしれないですね」

「?」


 しかし、そんな顔から一転伊織は見たこともないほど真面目な顔をしてそんなことを口にする。


「あっ、先輩その「伊織に真面目な顔とかあったんだ」みたいな視線やめてください。伊織、泣いちゃいます」

「ごめん、それでなんの話だ?」


 すると、なにかを感じ取ったらしい伊織が少し涙目でそんなことを言うので俺は謝る。


「まぁ、それは本人に話して貰うとしましょう。ね、楓先輩と渚先輩が話し合っているのを見計らって何も言わずに逃げ出そうとした浜崎先輩?」

「うっ」

「「えっ!?」」


 すると、どうやら伊織に首根っこを掴まれている浜崎さんは少し気まずそうに俺たちから目をそらす。


「じゃあ、浜崎先輩いい加減答えてくれますか? ...なんで、浜崎先輩は今日楓先輩がここにいるって知っていたんですか?」


 そしてそんな浜崎さんに対し、伊織はそんなことを問いかけるのだった。



 →→→→→→→→→→→→→→→→→→→→


 次回「浜崎 雫」


 あ。

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