第30話 危機一髪
完全に我を忘れて刃物を俺の方へと突き出してくるストーカー男。避けなくてはいけない、そんなこと分かってはいるがあまりに唐突な出来事に俺の体は硬直して動かない。
まずい、まずい、まずい、まずい、そう思えば思うほどますます体は動かなくなっていく。
そして俺が何もできず刃物が俺の腹部へと到達する寸前、
「させないわ」
「痛っ」
俺の横にいた渚が左手で男の腕を止めると、右手でナイフを地面へとはたき落とす。そして俺は慌ててそのナイフを回収した。
「くっそぉぉぉぉぉっっ!!」
ホッとしたのもつかの間、男は怒りを露わにして渚の方へと腕を伸ばす。
「危な——」
「離れてて、危ないわよっっっっと」
「ぐはっっっっ」
俺は慌てて渚を守るべく体を動かすが渚は俺にそう言うと、男の腕を掴んでその勢いを利用し地面へと投げ飛ばす。男は情けない悲鳴を上げると、気を失ってしまった。
「ふぅ」
対する渚は余裕そうに軽く手を上へと伸ばして背伸びをする。全ては一瞬の出来事だった。
「え、ええっと...そのお2人とも大丈夫ですか?」
「う、うん、まぁ、見ての通りだ」
「...」
後ろで固まっていたらしい伊織が恐る恐るといった様子でそんなことを聞いてくるので、俺は曖昧にそう返答する。渚は反応がないがどうしたんだ?
「渚、ありがとう。渚のお陰で助かった。本当にありがとう。にしても、相変わらずだな渚の運動神経は」
「...ぅ」
「渚?」
色々と言いたいことはあるが、まぁとりあえず一番に伝えるべきは渚への感謝だろうと思い、俺は頭を下げ感謝を伝えるが何故か渚は顔を手で覆ってしまう。
「よ、よがった。本当によがった。もし、楓がまた私のせいで死んじゃったら私...私...っ。うわあぁぁぁぁぁ」
「な、渚、大丈夫か!?」
俺が不思議に思っていると、渚はストーカー男をねじ伏せた時の余裕っぷりなど微塵もなく、嗚咽を漏らし体を震わせ綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてただ泣き噦る。
「先輩、そういう時は頭を撫でてあげてください」
どうしていいのか分からず俺がオロオロとしていると、伊織がそんなアドバイスを送ってくる。
「いや、でも渚と俺もう付き合ってないし渚からしたら不快でしかないんじゃ——」
「先輩、この場面でヘタレとかいらないですから」
伊織に今まで聞いたことのないマジトーンでそんなことを言われてしまい、俺は恐る恐ると渚の方へと手を伸ばすとゆっくりと頭を撫でる。こ、これで本当にあってるのだろうか?
俺がそんなことを考え少し不安になって手を離そうとすると、未だに震えている渚の手が俺の手を掴んで引き止める。どうやら撫でいて欲しいらしい。ちょっと、いやかなりキュンとしてしまった。
「うっう゛」
「大丈夫、大丈夫だからな」
そんなわけで俺は渚が落ち着くまでしばらく頭を撫で続けるのだった。
*
「本当になんでこんな危ないことをしたの?」
「い、いやー」
「先輩、伊織もこの件に関しては怒ってますからね? 毎度のことですけど、先輩は自分を大事にしなさすぎです。もっとちゃんと先輩自身のことも大切にしてあげてください」
その後、ストーカー男を拘束し警察へと通報し終えた俺は復活した渚と伊織によって現在物凄い勢いで怒られていた。
「は、浜崎さん助けてくれ」
「これに関しては私も同意見。ちゃんと反省することをオススメする」
唯一参加していなかった浜崎さんに仲裁を求めるが、そんな風にバッサリときられてしまう。
「でも、ほら結果的にはこう上手くいったわけだし、ちょっとは情報酌量の余地を——」
「「楓くん(先輩)?? ちゃんと反省してください!!!」」
「わ、分かった。悪かった...その、反省する」
俺はなんとか乗り切ろうとするが渚と伊織が鬼ような顔をするので、大人しく頷くことにする。
「ふふ」
「「なに笑ってるの(ですか)??」」
渚と伊織にひとしきり怒られた俺があることを思い出し笑みをこぼすと、渚と伊織が少しまだ怒った様子でそんなことを尋ねてくる。
「いや、渚との出会いもこんな感じだったなと思って、つい懐かしくてな」
「えっ?」
俺が正直にそう答えると渚は心当たりがないようで首を傾げる。どうやら当の本人は覚えてないらしい。
「覚えてない...か。俺の中では人生であの日だけは忘れられない印象的すぎる出会いだったんだけどな」
*
渚と俺が出会ったのは2ヶ月ほど前、俺がとあるイベントのボランティアで都会へと足を運んだ日の人の多い帰り道のことだった。
「まっ、待ってぇぇぇ。僕のバックっ」
俺が疲労感でいっぱいでぼんやりと歩いていると、後ろからそんな男の声が響いたかと思えばなにやらバックを手に抱えた男が叫ぶ男から逃げるように走ってきた。どうやら引ったくりらしい。
周りを歩く人達はどうやら巻き込まれたくないらしく、皆んな真ん中の道を開け関わるまいと無視をする。
「っっ。お前、どけ」
しかし、俺は道を開けず逃げる男の道を塞いだ。正直、メリットないだろ馬鹿なのか?と言われればそれまでだ。無視をするのが最善、高校生くらいになれば誰もが分かっていることだ。偽善的とも言える行動だろう。
でも、俺は無視をしたくなかった。
「どかない、止まれ」
俺は足を震わせながらも精一杯の虚勢を張り振り返ってそう言葉を吐き出した。
「っち! じゃあ、無理矢理どかしてやるよっ」
すると走ってきた男はそう舌打ちするとそのままの勢いで拳を振りかぶると、俺の顔面へとそれを繰り出してくる。
特に運動神経がいいわけでも反射神経がいいわけでもない俺は咄嗟に動くことが出来ず、その場に固まってしまう。
迫る男の拳を見て俺は目を瞑った。しかし、その衝撃が実際に来ることはなかった。
「っ!!? だ、誰だてめぇ!」
「はぁ、最悪よ。面倒ごとに巻き込まれたくなかったのに...」
何故なら、1人の少女が俺の前に立ちその男の拳を止めていたからである。
「女がてめぇもどきやがれえぇっ!!!」
自分の拳を止められたことにムカついたのか、本来の逃げるという目的を忘れもう片方の腕で少女に殴りかかる男。
「はぁ」
「この女っ」
しかし、少女はそれに一切動じることなくしゃがんでなんなく男の攻撃を交わす。
「えい」
「なっ!?」
そして、更に怒った男が距離を詰めてくるところで男の足をひっかけ転ばせた。相当、興奮していたらしい男は受け身も取れず地面へと体を打ち付ける。
「ふう...で、あなたは大丈夫かしら?」
その一連の動きに俺が目を奪われていると彼女は俺へと手を差し出してくる。
「お陰様で大丈夫です。ありがとうございます」
「そう」
俺は慌てて頭を下げるが彼女は特に気にした様子はなく、表情も変えずただそう頷く。そして、俺はその彼女の何事にも動じないかっこよさに気がつけば心臓を撃ち抜かれていた。
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次回「出会い」
最終回近い。頑張る。
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