第24話 ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい(渚 視点)
それはほんの僅かな油断だった。楓くんからの思わぬことを聞かれ動揺し慌てた私は階段を踏み外してしまったのだ。しかし、私が備えていた衝撃が実際に来ることはなかった。
だが私の代わりに今、目の前では楓くんが足から血を流し倒れていた。
そしてその瞬間に私の脳内ではあの日の悪夢がフラッシュバックした。どれだけ忘れたくても決して忘れることの出来ない悪夢。遺伝子レベルで体に刻まれた記憶は今も尚消えることはない。それほどまでに強い記憶。
「血が...。ごめんなさい。また私のせいで。本当にごめんなさい」
そして気がつけば私は無意識の内にそんな言葉を漏らしていた。
「えっと、渚?」
肝心の楓くんの方は困惑したような表情を浮かべていたが、私はなにも答えることが出来なかった。
まただ。また、私のせいで楓くんが血を流してしまった。私は今までなにを都合のいい勘違いしていたのだろうか。
もしかしたら、楓くんとやり直せるかもしれない。そんなことを考えてしまい始めたのはいつ頃だろうか?
1ヶ月前の私はちゃんと彼と距離を置き決して関わることがないようにとしていたはず。
彼と別れる際には心ない罵声を浴びせ、トコトン私を嫌って貰えるように仕向けていたはず。
一体どこで狂ったというのだろうか? 一体どこでそんな浅はかな勘違いをしてしまったというのだろうか。
一緒に幸せな未来を勝ち取れるだなんて妄想が許されるはずがないのに。彼を殺してしまった私が。一生涯罪が消えることはない。だからこそ今回私は彼と関わることを止めたはずだった...のに。
そして現に今楓くんは私のせいで血を流していた。これが私の勘違いが起こした結果である。私が彼と関わっていなければ彼がこんな怪我を負うことはなかったというのに。
「おーい、渚お前本当に大丈夫か?」
だと言うのに、彼は...楓くんは怪我をしているのは自分のはずなのに...私を庇って階段から落ちてしまったのは自分のはずなのに...心底私を心配そうに見つめながら、そんなことを言う。
楓くんは優しい。そんなこと誰よりも私が分かっている。付き合って半年、心の狭い私がどれだけ文句を言っても怒ることはなかった。どれだけ心の醜い私のことも明るく包み込んでくれた。
しかめっ面しかしない私に何度でも笑いかけてくれた。
だからこそ、嫌って欲しかった。あの時、私が心ない罵声を浴びせ別れ話を切り出した時、怒って嫌ってくれたらどれだけ良かったか。そうしたら、私は楽に距離を取ることが出来ていた。だが、実際のところ彼は私を嫌ったり怒ったりする様子はなかった。
それどころかあの日のトラウマ以来すっかり男が苦手になってしまい、ナンパに困っていた私を助けてくれた。楓くんがこんなにも優しくなければ私は簡単に彼を諦めることが出来ただろうか? いや、そうではないだろう。
きっと、私はそんな彼だからこそ好きになったのだ。
自分の損もなにも考えずにただひたすらに困っているような人がいれば救ってしまうような、真っ直ぐでどのまでも優しい彼に惹かれたのだ。その暖かな瞳に恋をしたのだ。
でも、だからこそ彼を殺してしまった私がこれ以上彼の優しさに甘えることは許されない。そんなことをしていいはずがないのだ。
彼ならもしかしたら許してくれるのかもしれない。だが、私はそれは許さない。私自身を許してはならないのだ。...これは唯一私が出来る彼に対する贖罪なのだから。
だから、この勘違いを捨てなければ。私に彼の未来に関わる権利などありはしないのだから。
「わ、私は大丈夫。本当にごめんなさい」
「お、おお、そうか。ならいいんだが」
だから彼と関わるのは今日で終わりだ。部活も辞めてさせて貰うことにしよう。私のことを考えて誘ってくれた雫には悪いけど、こんな私ともなんとか仲良くしようとしてくれた伊織ちゃんには悪いけど...でも、これ以上こんな私が楓くんと関わってはいけないから。
いいはずがないのだから。
「...本当にありがとう」
「そ、そっか」
そして私は最後に心の奥底で彼にこれまでの感謝を込めてそう伝えるのだった。
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次回「再び渚に避けられてしまうようになった」
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