第20話 どうしようか


「ある程度、掃除も区切りついたので今日はこの辺で終わりますか」

「了解、部長ちゃん」

「部長ちゃんじゃなくて伊織部長と呼んでください」

「分かった。伊織部長ちゃん」

「うがー!」


 あの地獄のような時間から1時間しばらくの間黙々と掃除をしていた俺たちにそう声をかけた伊織だったが、浜崎さんに弄ばれて軽く発狂していた。だが、俺が思うにこれはいい傾向にあると思う。というか、そもそも伊織が自我を出して話せる相手というだけでレアだ。

 そういう意味でいくなら伊織と渚の相性は最悪だが、案外伊織は浜崎さんとなら上手くやっていけるのかもしれない。うん、いいことだ。


「先輩もニコニコしてないでこの人になんか言ってやってくださいよ! この人、私のこと馬鹿にしてる気がします」


 いやー、本当にいいことだ。うん。


「ガーン、私今先輩に無視されたのです。見捨てられましたです」

「可哀想。代わりに私が一杯お話してあげる」

「いやですぅぅぅ」


 伊織に多少の罪悪感はあるものの俺はそっと目を背けた。いやだって、俺も浜崎さんのことイマイチ分かってないから対処の仕方分かんないし。犠牲はしょうがない。しょうがなかったんだ。うん。


「...本当にごめんなさい」

「...もういいって」


 それに俺、今こうして渚と気まずい雰囲気になるので忙しいし。なんならこっちを助けて欲しいくらいだ。

 ちなみに渚はあれ以降ずっとこんな感じである。いつもの自信に満ち溢れた彼女はどこへやら。言葉の一つ一つに覇気がなく完全に自信を無くしてしまっているようにも感じられた。その証拠にずっと体を震わせて目の焦点もまともに合っていない。

 き、気まずい。土曜日の件も気まずいけどこれはまた別の意味で気まずい。 それと同時に酷く不安でもある。渚はなにかに追い詰められているように感じられた。

 そりゃあ、俺だってさっきの渚の発言には思うところがなかったかと言えば嘘になる。当然、悲しかったのは事実だし怒りだってゼロではない。

 でも、先程の俺に対するあたりの強さとは裏腹にこのまま放っておけば消えてしまいそうなほどの儚かなさが今の渚にはあった。

 俺の勘違いならそれでいい。でも、もしそうじゃなかったとしたら...?


「? 本当にどうしたんですか、先輩。帰る準備してさっさと帰りますよ。部室閉めるの私なんですから早く出てください」

「あっ、あぁ。今やる」


 そしてそんなことを考えボーと渚のことを眺俺は伊織のそんな言葉で我に返り、慌てて支度を始めるのだった。


 *


「まったく今日は色々とつかれました。誰かさんのせいで」

「なぜ俺を見ながらそんなことをいう? いっておくが俺どちらかというと被害者サイドだからな? なんなら事の発端はお前だからな?」


 帰り道、やれやれとため息をつきながらそんなことをいう伊織に俺はツッコミを入れる。


「いや、でも渚先輩が来たのは正直先輩のせいもあると思います。だって先輩と渚先輩の遭遇率異常ですもんっ! 先輩の不運が招いたと言ってもいいくらいです」

「...ちょっと反論しずらいのやめろ」


 いや、単なる偶然なのは分かってる。分かっているんだがここまでだと正直呪われてるとか言われても、何も言い返せない。


「はあ、先輩の唯一の欠点は渚先輩を呼び寄せる謎の力持ちなことですね」

「本当に偶然だからっ。というか、お前の中で俺の評価かなり高いのな」

「っっ」


 さっきの伊織の言葉は裏を返せばほぼ俺を完璧な人間だと言っているようなものである。正直、普段の様子からして結構舐められていると思っていたんだが…。


「わ、忘れてました。先輩の唯一の欠点は、ゲームが弱いことに朝が弱いこと、勉強で伊織に勝てないことに服のセンスが絶望的、さらに口笛を吹こうとして全く吹けないことに、性格が良すぎるせいで相手に気を遣いすぎるあまり自分のことをおろそかに———」

「唯一ってなんだっけ?」


 怒涛の欠点(?)ラッシュを始めた伊織に俺はボソッとツッコミを入れるが相当慌てているのかそれに答える様子もなく、ひたすらに欠点なのかそうでないのか分からないことを連ねていく。いや、まあこの方が伊織らしいっちゃらしいんだが。

 そしてそんな伊織を横目に俺はと言えば、部活のことを振り返っていた。

 伊織の為と思って半分ノリ的な感じで入ってしまったわけだが俺は明日から大丈夫なのだろうか...。

 まあ、伊織の性格上俺が本気で相談したら辞めさせてはくれるんだろうが伊織と浜崎さん相性良さそうだったからな。しかも、なんか浜崎さん割とマジでゲーマーらしいし。一回入ると言ったのだから責任は持ちたいという気持ちはある。だが、やはりそうなると渚という存在を無視していくのは不可能なわけで...。


「困ったなぁぁぁぁぁぁ」

「あ、あっ、それです! すぐに頭抱えちゃうところもです」

「いや、もうそれいいから。じゃ、また明日な」


 俺が吐き出した言葉を聞いてどうやら止まっていたらしい欠点(?)ラッシュを続けようとした伊織に俺はそう言うと、家へと入っていく伊織を見送り手を振るのだった。本当にこれからどうするかなあ。



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 次回「しばらく経ちまして」


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