第13話 やらかした、やらかした、やらかした
「フフッ」
「ッッッ〜〜」
本当に幸せそうに俺の頭を撫でる渚を前に俺は未だに動けずにいた。起きてから何分ほど経っただろうか? 声を押さえるのももうそろそろ限界である。
どうする? ちょっと前から起きてたって正直に言うか? いや、でもそれはお互いに気まずすぎるし。
というか、なんで渚は俺にこんなことしてるんだ?
渚は自分から俺のことを振ったはずである。好きな人が出来たという理由で。だが、今の渚は(渚視点)寝ている俺の頭を幸せそうに撫でている。
私の見立てだと渚はまだ楓くんのことが好き。
そんな俺の脳内を昨日の浜崎さんのセリフがよぎった。聞いた時はなんかのジョークかなにかと思って、真面目に考えることはなかった。だが、あの渚が眠っている好きでもない異性の頭を撫でるか?
い、いや、落ち着け。だとしたら振られた理由が分からないだろ。あり得るはずないんだ、渚が俺のことを好きだなんて。
今こうしているのもなにか意味のある行動なのかもしれないし。自分の都合のいい方に考えすぎるな、俺!
...だが、しばらくは寝たふりしておいてもいいかもな。
別れたとはいえまだ渚のことが好きな俺にとってこれはご褒美でしかない。ちょっと声を押さえるくらいなんてことない——。
「...好き」
「ッッッッッッッッッ!!!!??」
そんなことを考えていた俺の耳元に渚の思わず漏れたような言葉が聞こえてきた。
そして、俺は熱でもひいたんじゃないかと錯覚するほど体温の上昇を感じた。
本当にどうゆうことだ!? なんだ、これ。渚は今なんて言った!? しかも、なんかすっごく幸せそうな顔してない!? くっ、相変わらず笑ってる顔可愛いな...いや、そうじゃなくてっ!
たった一言。渚のたった一言で俺は激しいパニックへと陥っていた。
意図は分からない...でもこのままだと本当に俺がもちそうにない。というか確実にもたない!
先程の余裕はどこへやら声の我慢など無理に等しいと悟った俺は、すぐさまたった今起きたような演技を始めた。
「ん、ん〜」
試しにちょっと声を出してみる。しかし、渚がそれに気づいた様子はなくあいも変わらず俺の頭を撫でている。
「んっ、ん〜〜」
さっきよりもやや大きめの声を出してみた。だが、渚が気づく様子はまるでない。くっ、ダメか。もう、やるしかない。
「うーん......ハッ!」
「っ!?」
俺は少し唸った後にしっかりと目を開けた。その瞬間に渚は慌てて手を引っ込めた。その速さたるやコンマ1秒といっても差し支えないほどの素早さである。流石の反射神経だ。
俺が本当に寝ていたなら気づかなくても不思議ではなかっただろう。
「あっ、うぅぅぅ」
だが、表情までは対応出来なかったらしく顔を真っ赤に染め上げ言葉を詰まらせていた。いや、俺も存外耳と真っ赤だからな、バレないようにしないと。
「お、起きたのね。 ま、全く、なんであなたは図書館に来て寝ているのかしら?」
それでも、なんとかといった様子で渚は軽く咳払いするとそんなことを言って体裁を取り繕っていた。
俺としては、なんで渚は渚で頭撫でてるんだと言いたいところだったが、勿論そう言うわけにもいかず黙り込むことしか出来ない。
というか、俺も今はまともに喋れそうになかった。どんな顔して話せばいいんだよっ。
「じゃ、じゃあ、私はもう帰るから」
俺がそうして頭を悩ませていると渚は矢継ぎ早にそう言うと、バックを持つと風の如く一瞬にして視界から消えていってしまうのだった。
は、本当に、なんだったのだろう?
俺はその後しばらく渚の行動について考えたが当然答えなど分かるはずもなく、頭を悩ませ続けることになるのだった。
*
十六夜 渚視点
やらかした。やらかした、やらかした、やからしたっっっっっ。
本当になにをやってるの、私っ。
図書館を全速力で出た私こと十六夜 渚は近くにあったベンチへと腰掛けると悶えていた。
今日は流石に出会うことはないと油断していた。だから彼に対して準備出来ていなかった。そして盛大にやらかしてしまったのだ。
頭なんて撫でるつもりなんて全くなかったのに...寝ている楓くんを眺めていた私は気がつけば自然と手を伸ばしていた。
本当に私はなにをやっているの!? 馬鹿なの? 死ぬの?
楓くんが目を覚ました瞬間にようやく自分がしていることのおかしさに気づき、私は手を引っ込めた。自分でも驚くくらい早く動いたから多分見られてはないとは思うけど...それに、楓くんは寝起きだし。
だが、これはそういう問題ではないのだ。そもそも私が楓くんを撫でたこと自体が問題なのだ。
「落ち着きなさい、落ち着くのよ、私」
私はなんとか自分に言い聞かせるようにそう呟いた。そうだ、やってしまったことはしょうがない。問題はこの後だ。
今のままでは甘い。なんとか徹底的に楓くんとの接触を避けなれば。私の弱い心では自分を押さえることすら出来ない。
楓くんとは極力関わらないこと。それが確実に彼を救う方法であり、私が彼に対して取るべきせめてもの罪滅ぼしなのだから。
ひとしきり、反省した私はゆっくりとベンチから立ち上がると決意を胸に家へと帰るのだった。
この恥ずかしさは当分消えそうにないかもしれない。
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次回「先輩、様子が変ですよ?」
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