第6話 元カノの暴走が止まりません
「お、おーい、渚? 手! 手!」
中々に手を離してくれない渚に俺は何度も呼びかけるが反応がない。というか、本当に近いなっ! なんか、いい匂いするわ。マジメに理性の限界が近いぞ。頼む、渚。
「はっ! ご、ごめんなひゃい!」
すると突然渚が動き始めた。そして、ようやく手をどけてくれたことで俺も渚からなんとか離れることが出来た。...今の反応的に、一瞬意識でも失ってたか? でも、だとしたらあそこまで力ガチガチに入ってんのもおかしいような気もするけど...今はそれどころじゃなかったな。
「ほ、本当にごめん。大丈夫か?」
「...だ、大丈夫」
未だに顔を赤く染めている渚は頷くが一向に立ち上がる様子がない。本当に大丈夫なのか?
「ご、ごめんなさい。腰がぬけちゃってちょっと立てないかも..」
「あぁ、そういうことか。嫌かもだけど、はい」
そこで俺は渚に向かって手を差し出した。
「...ありがとう」
すると案外渚は素直にその手を掴んだ。昨日のような切羽詰まった状況ではなく、割と冷静に思考出来ている俺はその感触にややドキドキを覚えつつも、表面上はあくまで冷静に引っ張りあげた。
「ほ、本当にごめんな? 一応、助けようとしたんだけなんだ...」
「分かってるわよ...さっ、気にしてないで行くわよ。さっさと終わらせるの」
「あぁ、でもちょーっとだけ待ってくれない」
「どうしたの?」
これだけは言わなくてはならないのだ。
「そ、そのー、そろそろ手を離して貰っても——」
「先輩ー! どうせ先輩一人ぼっちで帰ることになると思って優しい伊織が来てあげましたよー!! 涼太兄から話は聞いてるのでちゃんと待っててあげますから、今日は伊織と帰り...へっ?」
俺がそこまで言いかけたところで突然現れた伊織に声がかき消されてしまった。しかも、伊織が見たこともないアホ面晒してるし。
というか、この状況かなりまずくないか? 変な誤解受けそうなんだけど!? 早く伊織に説明せねば、
「伊織、聞いてくれ! これはだなぁ、偶然に偶然が重なって更にその上に最高級の偶然が——」
「先輩、なんでこの人と手を繋いでるんですか?」
「赤田くん、なんかこの子凄い怖いんだけど、誰?」
俺はなんとか変な噂が広まらないようにと伊織に説明を始めたが、それに被さるように伊織と渚の両方が口を開くので最早場はカオスとなっていた。
というか、なんで渚の方は手を更に強く掴んでるんだ!? また、アレか。色々起こりすぎてさっきみたくパニック起こしてるのか?
「一旦、落ち着いて聞いてくれ。まずは伊織からだ。とりあえず、この人はだな...」
しまった。なんとか説明せねばという一心で勢いのまま話し始めたが、渚のことをどう説明したらいいんだ? 元カノ? いや、それは色々とややこしくなりそうだし——。
「十六夜 渚先輩、ですよね。確か先輩と付き合ってた。それは知ってます。問題は、な、なんで先輩が十六夜先輩と手を繋いでるのかってことですよ! 別れたはずでは!?」
「あぁ、もう本当にややこしいっ!」
伊織が渚のことを知っていたのは驚きだが、そのせいで余計に状況が拗れてしまった。いや、ちゃんと別れたし手を繋いだのも本当に偶然の産物なんだが...上手く伝えられる気はしない。
「...」
「そして、渚はいい加減手を離してくれないか?」
「...いやよ」
「なんでっ!?」
そして渚は渚で未だに手を離してくれないし...色々と詰んでないか?
というか、なんで本当に離してくれないんだ? アレか? さっき、押し倒すような形になっちゃったから内心ブチ切れ丸か?
いや、でも渚は怒ったとして嫌がらせをしてくるような奴じゃないし...。
「そ、そうですよ。もう、付き合ってないんですよね!? なんで手を繋いでるんですか? も、もしかして先輩のことまだ好きなんですか?」
「そ、そ、そんなわけないでしょう!? 私から振ったのよ? あり得るわけないじゃない」
だよな。むしろ、普通に考えて俺に近づくの相当嫌だと思うのだが。
「じゃあ、先輩の手を離してくださいよっ」
「...それは、いや」
なんで!? 本当になんで、なんだ渚。やっぱり、嫌がらせなのか!? いや、それだけは本当に想像出来ないんだが...。でも、それくらいしか理由ないしな。
「渚お前、本当に好きな人が出来たんだろ? 俺の手なんか繋いでていいのかよ」
「っ!! ...そうだったわね。ごめんなさい」
すると渚は俺に言われて始めて思い出したと言わんばかりに頷くと、ようやく手を離した。
ふーっ、こうも手を頑なに握られると勘違いしそうになるから危ない。もう、向こうにその気はないというのに。
「ほっ。よ、ようやく分かってくれたみたいで良かったです」
そして何故か、伊織も我がごとかのように安心した様子を見せていた。本当にこいつはこいつでどうしたんだ?
「じゃあ、先輩。伊織、西の校門前で待ってますから絶対に来てくださいよ? いいですか、絶対ですからね? なるべく、早くですよ?」
「分かった。分かった。行ってやるから大人しく待ってろ」
「わーい、これで帰りのオモチャ確保です」
「おい、待てコラ」
すると、聞き捨てならないセリフを吐いて伊織は素早く去っていった。完全、俺のこと舐めてるだろアイツ。
「...やるか?」
「...そうね」
そして、残された俺と渚はとても気まずい雰囲気の中黙々と清掃をするだった。
にしても、なんで本当に渚はああも俺の手を離さなかったのだろう? 分からない。
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次回「先輩、気をつけた方がいいですよ!」
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