おおよそ白昼夢

 なくなった髪をかき上げようとして空振る。

 おい、いま彼女笑わなかったか? すぐにそっぽを向いたが俺の目はごまかせないぞ。


「それで、もう寝るか?」

「そうしよう、ありがとう。わたし、ねなくてもいい、のに」

「俺が寝てるのに、君は起きてずっと俺を見てるって、そういう訳にもいかんだろ?」


 彼女は俺が普段寝ているベッドに座って足をぶらぶらさせている。可愛い。

 だが何をするでもなくただただぼーっとしていた。なにもしないことに慣れているのか? 自由にしていいとは言ったがその結果何もしないをするとは。


「暇させて申し訳ないな、何か買ってこればよかった……そうだ、ジュースでも」

「だい、じょうぶ。でも、一緒に……ねるのか?」

「そう、なるな。申し訳ないがクーラーはこの部屋にしか付いて無くてな」

「い、いやそ、れもだいじょうぶ」


 どうしてだろうか、彼女の顔が火照っている気がする……風呂に入ったからだろうが、除湿じゃ甘かったか? そんなことは無い気がするが。


「どうした? 熱いか? 天使の感覚を俺はよく知らん。だから何かあればぜひ言ってくれ」

「あ、あ、ありがとう……わたしは、だいじょうぶだ」

「そうか?」


 なんだかさっきからずっと「だいじょうぶ」と言わせてる気がするが……純粋に馴染むのが上手いのか? それとも遠慮しがちなのか、どちらにせよ彼女に気を利かせるわけにはいかない。


「もう夜だし俺は寝る。が、何かあれば言ってくれ。いろんなものを買ったんだ。なんでもできるって言うのは言い過ぎだろうが、まぁそれくらいな」

「う、うん」


 彼女は笑顔で頷く。だがそこに居られては少し困るというか……


「す、すまん、少しベッドの上にいてくれないか?」

「どうして?」

「布団を敷くんだ。二人で寝るって言っても……別に一緒に寝るわけじゃないからな?」

「そ、そう、そ、そうだ! ごめん、なさい」


 彼女はベッドの上に逃げるように乗ると俺が布団を敷くのをじっと見ていた。

 不思議なのか? 普段はどういうところで生活しているのかは知らないがこうもまじまじと見られると照れくさい。

 ただなんだか、そうやって何もせずに動くものだけを見る動きは子供のような……猫のような……


「じゃあ寝るか、服、それでいいか?」


 俺は心配した様子で彼女を見る。なんと彼女はスーツのまま寝るというのだ。人間と天使の差を詳しくは知らないが、少なくとも人間の常識は知っているはずだ。彼女はそれでいいのだろうか、それともクセになっているのか?

 もしや彼女は普段スーツのまま寝ているのだろうか。だからスーツで寝る癖がついている、とか。彼女の年齢はそこまで大人ではないように見える。というより言ってしまえば童顔だ。

 つまり彼ら天使は老けないのだろう。そうでなくては布団の中では寝間着を着る。そんな当たり前のこと分からないはずがない。


「服……? うん、あ、いや、あ……」

「もしや、替えの服がないのか?」

「え、えと」

「そうならそう言うべきだ。だが残念、我が家には男物しか無くてな」

「だ、だい」

「男物でいいなら、着るか?」


 彼女は目を泳がせると決意したようなに話し出した。


「は、裸で、ねる!」

「はぁ?」

「い、いいでしょ? わ、わたしてんしだ、からだいじょうぶ、だ」

「何が大丈夫だ、そんで何故裸なんだ……」


 分からない。天使の感性が分からない。いや、分かろうとする方が悪いのだろう。この場合はむしろ彼女の感性に任せるべきなのだろう。

 いや、だが、さすがに裸の女性を部屋で寝させるのは……いや性別は無いだろうが……


「仕方がない。俺の服を用意する。その、下着が無くてかぶれるだろうが……下着だけはそのままで」

「シタギ?」

「ん?」

「え、あぁ、えと……下着、だよね! えと、服ほしい」

「そ、そうだな、服用意したら俺は出て行く、その時着替えてくれ」

「う、ん」


 俺はそう言うと普段は着ない大きめの服と軽めのズボンを出し彼女に手渡した。

 その時笑顔で「あ、ありが、と」と言われたことはこの世に生まれてきてよかったと俺に強く感じさせた。

 ところでクーラーは効いているのだろうか? なんだか俺の体温がどんどんと上がっている気がした。


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