嘘と誠は紙一重

「『神のご加護』、つまりは人間の能力の延長線。わたしは、鼻がいい、いいんだ」

「なるほどな、普段ならくだらないと思っていただろうが、今日ばかりは面白い」


 俺たちは近くのショッピングモールに来ていた。ここはセミの声が聞こえなくていいし、冷房が効いている。それに彼女を外に出してあげれたし、一石三鳥と言うところだろうか。


 来る途中、これからすることを考えていたが、結論から言えば何も思いつかなかった。それどころか今死んだ方が楽だろうとも思えた。

 わざわざ生にもがいたところで失敗を犯せばそれで終わり。天使が死期を伝えに来たからにはその失敗が死の可能性だってある。足掻いたって面倒だし何も考えずただのうのうと死ぬのを待とうか。刹那的な思考を巡らせていた。そんなとき彼女の方を見た。ただまっすぐ前を向いて歩いていた。それは、もうすぐ自分は死ぬのだと悟った人間のように。


「その『神のご加護』って言うの、他に何かできないのか?」

「できる、っていったら、う、うそ。わからない」

「分からないのか? 君の能力なのに?」

「う、ん。分からない」


 彼女はそう言うとじっと自分のつま先を見た。

 彼女はなんだか寂しそうだった。別に余計なお世話かもしれない。ただ、なんだか天使という生き物にしては生気や活気を感じなかったのだ。

 別に彼女がそれでいいと思っているのならば、俺が手を出すのは悪手なのかもしれない。ただ、ほっとけないだけなのだ。


「君は俺が死んだらどうするんだ?」

「しんだら? それは、魂をくって、そ、それで帰る」

「そのあとは?」

「え、えーっと、偉い人に報告、を、して、休暇を、もらう」

「休暇は何をするんだ?」

「え、えぇっと、それ、それは……」


 質問をしすぎただろうか? 悪気を感じるが彼女はまるでそれが嬉しい事かのように生き生きと話し出す。


「寝て、すごす」


 そんなことを、こんなにも生き生きと。

 わざわざ足を止め、目を輝かせ、浮かれた声を出す彼女。可愛いが、悲しい。


「そうか」

「ね、ねるのはすき」

「残念なことを言うと」

「……?」

「俺はすぐには死なない」


 彼女の方を見ると、黙々と話を聞いていた。

 なるほど、俺はすぐには死なないのか。


「だから寝て過ごすことはまだまだ先のことになりそうだ」

「そう、なのか……でも、いい」


 彼女はゆっくりと歩き出すと笑顔でそういった。

 どうやら俺は彼女をこの夏、苦労させてしまうようだ。なんと罪な奴なのだろうか、この俺は。


「『神のご加護』っていうのは、限界がある」

「限界か」

「人間はジャン、プしても、雲には届かない、し、ご飯は、た、たくさん食べれない」

「天使は食べれるのか!?」

「わ、わたしは、しょう、しょく……」

「そ、そうなのか……すまない」


 よく分からないが、つまり天使になるとその限界が引き上げられるということなのだろうか?

 それならば納得がいく。その『神のご加護』の力で元々人間の体に備わっていた嗅覚の力が引き上げられ、汗の臭いや嘘の匂いが分かるようになったとなれば理解はできる。まぁ科学者たちはこぞって否定するだろうが。

 人ならざるものが関与しているのだ。ここで科学の常識を当てはめたところでそれは見当違い。普通のジグソーパズルに別のパズルのピースを当てはめるようなもんだ。はまったというならそれは偶然だろう。


「君は嗅覚意外に使える能力はあるのか?」

「た、たくさんあ、るよ?」

「へぇ、例えばどんな能力だ」

「え、えぇっと、お金を作ったり、せい、性別をかえたり、えと、そも、そも欲をなくし、たりとか」

「い、意外にすごいじゃないか!? いろんなことができんだな!」

「人間の延長線……だけど、神様から、貰ったもの……だから、い、いろんなことができる」

「何でもありのチート能力だな」

「『神のご加護』だから、わ、わたしだけの、ちからじゃないし、みんな、もってるぞ」


 なるほど、お金を錬成する、性別を変える、欲を無くす。たしかにこれら全て人間にはできないことだ。だが、どうして人間にできないことを知っているのだろうか?

 そして今みんな持っているといった。つまりは天使には仲間がおり、そして皆人間にできないことを知っている。

 彼女は女性のような姿だが、果たして彼女達に性別はあるのだろうか? そして子孫を残す必要性はあるのだろうか。


「今日来たばかりだろうが、昨日まで何してたんだ? いや、言いたくなきゃ言わなきゃいいが……」

「うーん、た、しか……ね、寝てた。昨日までな、なにも……」

「そうか、以前こっちの世界に来たときはどうなんだ?」

「これは、いっちゃ、だ、ダメ……」

「それは申し訳ないことを聞いた」

「い、や、いいよ、どうせ死ぬ。前の人は、わたしを、自由に、してくれた」

「自由に?」

「そ、う、気がついたら電車に轢かれて、た、から回収して、帰った」

「その時も寝てたのか?」

「う、ん。けどこっちはあ、ついからよく、ねれなかった」


 都合がいい。いいことを聞いた。暑い、暑かったのか、つまり夏。今年は六月下旬から暑かった。つまりそこまで時間が経っていないことを差す。

 天使たちの世界では時間がゆっくり進んでいるのか? それとも休暇の時間が少なかったのか? どちらにせよいい情報だ。


「と言うか、天使は休暇が必要なのか? 欲を無くせるなら別に寝る必要もないように思えるが」

「うん、そ、うだね。『神のご加護』でいくらでも、動けるけど、精神は、むりだ」

「なるほどな、つまるところ所詮は人間って訳か」

「う、ん」


 核心をついた。

 彼女ら天使はもともとは人間だ。どういう理由か分からないが、彼らは人間から天使になった。だから人間の常識を知っている。

 そして人間が天使になるからこそ繁殖の必要がない。つまりそもそも彼らに性別は無いのだろう。人間にはあるのだから天使になると失うというわけか。

 さらに言うと彼らは人間と違って今を生きているわけではない。だから食欲や睡眠欲などが無いのだろう。欲だって感じる必要は無いのだから。

 ならば何かを食べることも排便をすることも風呂に入ることも必要が無いのだろう。もしかしたら服を着ることも……


「すまんな、変なことを聞いて」

「いや、う、うれしい、ありがとうね」

「うれしい……そうか、そう言ってくれてありがたい」

「それで、いま、ど、どこにむかって」

「あぁ、ちょうど着いたぜ」

「え」


 俺らの目の前には理髪店。彼女の笑顔がみるみる失われていく。


「も、もしかして、か、かみ」

「男として生まれたんだ、一度はしてみたかったんだ」

「や、やめたほうが」


 俺は彼女の手を止め堂々と歩き出した。青白くなった彼女の顔を無視して。


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