後悔の憂鬱
「ね、ねぇ」
「どうした天使、何か見たいテレビでもあるか? 正直お昼のテレビはあまり好かん。ニュースはデマばっかだし、バラエティーはそのほとんどがやらせだと聞いたことが」
「ち、違う。そうじゃない、そうじゃな、なくて」
十二時丁度。いわゆる正午の時間。俺がパンを出してやると彼女は申し訳なさそうに受け取りそれを食べた。天使に食事が必要なのかは知らないが、家に来た女性が腹をすかせたままとなれば俺のプライドに傷がつく。俺は賢明な判断だと思い出してやったがこれで俺は自分の昼食を失った。
最近は夏バテか単に体が拒んでいるのか妙に腹が空かない。別に必要最低限は食べていたので気に留めていなかったがそれすら失えば買いに行かなければならないのが事実。簡単に言うと外に出るのがだるくてだるくて仕方がないのだ。正直今日はずっと家にいる予定だったのに。
「きょ、今日、学校は? が、学生、でしょ?」
「学校? あぁ、今月は夏休みだ。それに盆も近いだろ?外に出るだけで蒸し暑いってのに、学校まで行くとなりゃそれはもう俺に死ねって言ってるようなもんだ」
「死ぬ、のか? ひとは暑さで」
「冗談だ」
俺はそういうと彼女から離れた。わざわざパンをあげてやったのに、それをひもじそうに見ていればきっと彼女も食いずらいだろう。それにすることもない。ただ飯を食べて暇つぶして寝るだけだ。好きで来たわけじゃないだろう彼女に付き合わせるのも申し訳ない。俺は近くの床に座るとぼーっと天井を見た。
「もう少しで、し、死ぬんだぞ?」
「分かってるぜ」
「わかってない、なんで、そ、そんなに、あせらない?」
「焦るも何も死ぬってわかってるからこうして暇してんだ。本当は俺にもいろいろとやることがあったが、死ぬってなりゃ話は別だろ?」
「なんだか、ふ、不思議」
「どういうことだ?」
「死ぬって聞いた、ら、み、みんな信じなかったり、あせって自殺……したり、する」
「まぁそうだろうな」
「前の人は、し、しんじないで学校、に、行く途中で電車に轢かれた。その前の人はすぐ、すぐ私を犯して次の日自殺、した」
「何が言いたい?」
「なんで、そ、そんなに冷静なんだ? 落ち着いてる、の、みょう」
彼女の喋り方が若干鼻につくが、俺が文句を言えるような立場ではないだろう。
それに彼女の言うことは一理ある。が、別に大した理由もない。
「別に、死ぬって分かればそれまでだ。焦ったところで死期が近づくだけだし諦めるのも面倒だ。だからただただ時間が過ぎるのを待つだけ」
「……」
「それに、死ぬ前に天使様がご丁寧に死ぬって教えてくださったんだ。それだけ俺に生きている時間を大切にしてほしかったんだろ? 神の考えなんぞ知らねぇけど」
知りたくもねぇけどな。と、そう付け加えた。
セミの鳴き声がうるさい。これじゃあ気持ちよく寝れないだろうし耳栓くらいは買おうか? そんなことを考えていると天使の声が聞こえてきた。
「死ぬのが」
「……」
「しぬのがこわくないの……?」
「こわいよ、でもそれ以上でもそれ以下でもねぇ」
「こわい……?」
「それに何度も聞くな。君は俺が嘘ついてるか分かんだろ?」
「……っ!」
おもむろに振り向くと、そこにはパンを机に落とし目を丸くしていた天使がいた。驚いている顔も可愛い。
それに口が大きくないので少しずつちぎって食べていたようだ。なんと愛おしい事か。
「なんで、それしって、知ってる?」
「知ってるも何も呑気に見せびらかしてたじゃねぇか。無意識か? 天使の能力かなにかは知らんがむやみやたらに自慢すんなよ?」
「『神のご加護』」
「……なに?」
「『神のご加護』いう。天使が使う、能力みたいな、も、ものだ」
「なるほど、五感が優れているのはそういうことか」
「五感……それもいってない」
「夏の匂いは好きか?」
そういうと彼女は眉間にしわを寄せた。
昼から買い物にでも行こう、セミの声がやかましい。それに、何より彼女の為にたくさん物を買う必要があるだろう。
「俺は嫌いだ。だって」
「だって……」
「俺に死期を伝えてきてるようで、気持ち悪いぜ」
彼女は虫唾を飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます