婚約破棄の結末、どちらを先にするべきか

琴乃葉

第1話


「リーナ・コーランド、今日この場で、お前との婚約を破棄する!」


 ハワード魔法学園の長閑な昼下がりの中庭で、グレイラット伯爵家の次男カーティスは高らかにそう言い放った。


 薄い茶色の髪が陽の光の下で時折金色に輝き、新緑を思わせる緑色の瞳を持った長身の美男子だ。


 それが今日は数段高い階段から、婚約者、いや元婚約者だろうか、を見下ろしながら侮蔑の表情を浮かべている。


 中庭は先程までの談笑はピタリと止み、風が若葉を揺らす音だけが響いている。


 リーナはあまりに突然の事に驚いて、言葉を発することが出来なかった。

 暫く息をすることさえ忘れ、倒れずに立っているのがやっとだった。


 リーナがカーティスを見るとその隣には腕にしがみつくようにして立つ令嬢がいる。ピンク色の髪に、紫色のシフォンのドレスを身に纏い庇護欲をそそる愛らしい顔をしたアリシア・ラナンドゥ男爵令嬢がこちらを見下ろしながら微笑んでいる。


「リーナ、聞いているのか!」


「……失礼致しました。聞いております、カーティス様」


 リーナはカーティスの怒声にはっと我に返る。

 何故このような事態になったか、それには心当たりがあった。


 この国では聖女が力を持つ。その為、令嬢は十七歳の夏に教会で聖女の資質があるか審査を受ける。その儀式は『聖玉の儀』と呼ばれ、教会にある透明の宝玉に触れ、それが青く光るかどうかで判断される。


 聖女の資質があると判断されたなら、教会で聖女としての教育を受け、その後は王宮で過ごしながら、守護の要として国に結界を張る役目を担う。


 また、聖女が伴侶と認めた者も、王宮で重役に就き高い身分も新たに与えられる。そのため、子爵男爵の次男、三男の中には聖女となる可能性の高い令嬢と早くに婚約を結び、宝玉が光るのをひたすら祈る者も多い。


 リーナは半年前まで高い魔力を持っており、一番の聖女候補とされていた。しかし、急激に魔力が弱まり今はカーティスの隣にいるアリシアが一番の候補だと噂されている。

 審査まであと4日となった今でも以前のような魔力は戻っていなかった。


 リーナは突き刺さる視線を全身に感じながらも気丈に二人を見上げた。


「カーティス様、何故、婚約破棄などと言い出すのでしょう?」


「それはお前自身がよく分かっているのではないか、リーナ。俺とアリシアが親しいことに嫉妬したあげく、アリシアに対し、これまで数え切れぬほど、酷い嫌がらせを続けてきたことは分かっている!」


 嫌がらせ……?予想外の話にリーナは首を傾げる。てっきり魔力が弱まったことを理由にされると思っていたからだ。

 何の話だろうかとリーナがアリシアを見上げると、彼女は怯えたようにな仕草でカーティスに絡ませた腕に力を込めた。


「何かの誤解ではないでしょうか。もう一度しっかりとお調べください。そのような真実事実はございません」


 カーティスは鼻で笑うと、首を横に振る。


「既に調べはついている。お前がアリシアの教科書やノートを切り刻んだこと、わざとドレスを汚したり、突き飛ばした所を見た者も多数いる」


 リーナには全く身に覚えのないことで、子爵令嬢としてそのような誤解は解くべきだと思った。


「それは、真実ではございませんわ」


 もう一度カーティスに訴えかける。


「まだ自分の罪を認めないとは、ずうずうしいにもほどがあるな」

「私は、子爵令嬢としての誇りに誓って、そのような事は一度もしたことがありません」

「よく言えたものだ。いいか、よく聞け、もう二度と俺とアリシアの前に姿を見せるな。もしアリシアに害を与えるような事があれば容赦しないからな」


 そう言い放ち二人は中庭をあとにした。



 カーティスがリーナの魔力の低下を婚約破棄の理由に挙げなかったのは、彼自身のプライドが許さなかったからだ。あくまでもリーナが悪いと周りに思わせる必要があった。


 しかし婚約破棄の原因がリーナの魔力の低下であるのは明らかだった。

 なかなか魔力が戻らないリーナにいらだっていた時、強い魔力を持つアリシアの熱い視線に気づき、カーティスはあっさりと婚約破棄を決断したのだった。





『聖玉の儀』まで後3日


 昨日、リーナは屋敷に帰ると父と母に婚約破棄をされた事を伝えた。母は言葉を失い、父は伯爵家に乗り込まんばかりに激昂した。

 そして今日、フランシス・グレイラット伯爵は息子の代わりに婚約破棄の書類を持ってコーランド宅を訪れた。

 

 コーランド子爵家は幾つもの商隊を抱えており、身分こそ高くはないがこの国の商いの要だ。コーランド子爵家を敵に回せばこの国で商売をするのは不可能になるとまで言われている。

 対してグレイラット伯爵家は、広い農地を持ちそこからの収入で成り立っている。

 リーナとの婚約は、その年不作で生活に困ったグレイラット伯爵家からの申し出で、気のいい父親が泣き落としされた形で結ばれたものだった。また、その際多額の金も貸している。


 リーナの父親のライオネルは黙って書類にサインをすると、引き出しから別の書類を出してきた。


「これは、そちらから婚約を申し込んできた時に作った誓約書だ。この書類には、婚約破棄をした場合は貸した金を三倍にして返却すること、二度と我が商隊と取引しないことを明記している。金は婚約破棄の書類にサインをした翌日に払うことになっているので、明日日が暮れるまでに用意して持ってきて頂こう」

「まて、何のことだ? そんな記憶ないぞ!!」


 フランシス伯爵は慌てて誓約書を手に取る。そこには自身のサインだけでなく司祭のサインもあり、灯りに透かせば紙全体に薄っすらと魔方陣が広がる。正式な誓約書だ。


「私は商売人なんで、必ず書類は時間をかけ端から端まで読み納得してからサインをする。しかし、貴方はさらっと目を通しただけでサインすると、用意した金を鞄に詰め込み始めた」


「………くっ、まさかこんな事に……いや、しかしカーティスがアリシアと結婚すればこれぐらいの金あっさりと返せるか」


 フランシス伯爵はぶつぶつと呟いたあと


「分かった、必ず明日に持ってきてやろう」


 そう言い捨てて帰って行った。




「あなた、フランシス伯爵はどうなさるおつもりでしょう。あちらは伯爵家と言え財産はそれ程ないはずですが」

「町には幾らでも金貸し屋があるから心配いらないだろう。屋敷、土地全てを抵当に入れれば借りられる額に計算してある」

「計算って……あなた、初めからこうなると思っていて婚約させたのですか!!」


 まなじりをあげ、掴みかかってくる妻の手を慌ててライオネルが押さえる。


「まてまて、お前は気が短かすぎる。ま、そこも可愛いのだが……いや、今はそうではないな。よく聞け、俺は商人だ。リスクを考え契約をするのが腕の立つ商人というものだ。お前も俺ができる男だと知っているだろう?」

「そうですね、少し情にもろいですが……。分かりました、それに今はリーナが心配です」


 二人は揃って二階を見上げた。

 

「今日と明日が休日で良かった」

「ええ、本当に。あの子ったら気丈に振る舞って涙ひとつ見せないのですから」


 そう言う母親の目には怒りが篭っている。


「今はクリフォード様と一緒にいるのか?」

「ええ、ずっとリーナの側で励ましてくれています。ねぇ、クリフォード様は聖玉の儀の日に16歳になりますよね。リーナに婚約を申し込んでくれるなんてことはないかしら?」

「おいおい、相手は代々騎士団長を出しているウィンザー公爵家だぞ。私達とは身分が違い過ぎる」


 母親はそうね、とため息をつきながらも久々に会った娘の幼馴染を思い出していた。

 娘から話だけは聞いていたが、数年ぶりに会ったクリフォードはリーナの背を追い越し、聞きなれない低い声で紳士としての振る舞いを充分に身につけていた。漆黒の髪とブルーグレーの目が落ち着いた印象の中に、仄かな色気を香りだたせている。今はまだ幼さが残るけれど、数年後には令嬢達が溜息を漏らすようになるだろう。


 夫人は以前よりカーティスより、クリフォードの方が娘には相応しいと思っていた。

 



『聖玉の儀』まであと2日


 フランシス伯爵は薄暗い路地裏を歩いていた。


 初めは大通りにある金貸し屋を訪ねた。しかし


「申し訳ありません、フランシス様にお金を貸すことはできません」

「どうしてだ」

「ライオネル・コーランド子爵が経営するバラッド商隊との取引を全面禁止されていますよね。うちも商売なんで、返せるあてがない方には貸せません」


 その金貸しはまるでフランシスを蔑むようにそれだけ言うと、次の客の相手をし始めた。


「ふん、ライオネルめ、汚い真似をしやがって。こんなとこで借りんわ」


 フランシスは大通りにあるもう一つの金貸し屋に行った。しかし、同じ事を言われ直ぐに店を追い出された。3軒目では顔を見ただけで門前払いを食わされた。


「どいつもこいつも馬鹿にしやがって」


 次にフランシスは庶民が住む下町の金貸し屋を訪ねた。そこでは門前払いを食うことはなかったが、グレイラット家の名称を出したとたん皆手のひらを返したように態度を変えた。


 ある者は「そんな大金扱っていない」と言い

 ある者は「貴方様に貸せる身分ではない」と言い

 ある者は「腹が痛い」と言って厠から出てこなかった


 そんな中、最後に行った金貸し屋が教えてくれたのが、路地裏の金貸し屋だった。



 何の液体か分からない水溜りがあちこちにあり、異臭が鼻をつくような場所にそれはあった。


「なんて汚い店なんだ……」


 フランシスは愚痴りながらも、何とかたどりついた金貸し屋からやっと金を借りることができた。またしても碌に書類も読まずサインし、受け取った金を鞄に詰めた。その契約書が一月後には借りた額が倍にも膨れあがる内容だと知るのは屋敷に帰ってからだった。




『聖玉の儀』まであと1日


 カーティスとアリシアは手に手を取って魔法学校の門をくぐってきた。周りは遠巻きにしながらヒソヒソと囁き、2人と目が合ったとたんピタリと話をやめて、蜘蛛の子を散らしたようにどこかに行ってしまた。


「やあ、クローおはよう」

「あ、あぁ……」

「? どうしたんだ、何かお前変だぞ?」


 仲の良いクラスメイトに声をかけるも、曖昧な笑顔を浮かべて立ち去って行くだけだ。いったいどういう事だろうと2人は顔を見合わせる。


 そんな誰も寄り付かない2人に早足で近づいてくる男が一人、カーティスの担任の教師だ。


「おい、リーナとの婚約破棄をしたのは本当か?」


 教師の問い掛けに、カーティスは待っていましたとばかりに胸を張ると、隣にいるアリシアの腰に手を回した。


「はい、勿論本当です。俺は真実の愛に出会ったのです」

「真実の愛だと? 馬鹿馬鹿しい。お前は自分が何をやったのか分かっているのか?」


 教師は苛立ちを隠そうともせずカーティスに詰め寄る。カーティスは何故そのような態度を取られるのか理解できず眉間に皺を寄せた。


「勿論です。皆の前でアリシアを愛している事を宣言いたしました」


 その言葉を聞いて、教師は深いため息をついた。


「婚約している身で他の女性と親しくする事を禁止されているのを知らないのか。お前は自ら、聴衆の面前で自分の罪を明らかにしたんだぞ」

「罪ではありません。人を愛する事がどうして罪になるのですか? 僕達は互いを必要としているのです」


 教師の言っている言葉の意味が分からず、大声で主張を続けるカーティスを他の生徒が遠巻きにする。嘲りと侮蔑の言葉があちこちで囁かれているが、本人はまだ何も分かっていない。


「それならば、婚約破棄をした後に交際すべきだろう。お前がやった事は単なる裏切りだ。自分の行った卑劣な行為を皆の目にわざわざ晒すなど、何たる愚行。我が学園に相応しくない人物だと判断されてもおかしくない」


 やっとカーティスの顔色が変わった。そこに教師が追い打ちをかける。


「お前の処分は今検討中だ。結論が出るまで自宅謹慎を命じる」



 一瞬呆然としたのち、カーティスは自分の腕にしがみつくアリシアを睨みつけた。


「どういう事だ。話が違うではないか」

「だって、友人達は皆、祝福されたって話していましたぁ」


 甘ったるい声でこんな時も話すアリシアに対し、カーティスは初めていら立ちを感じ始めていた。


「私の友人達が通っている学園では、婚約破棄は流行りのイベントなんですぅ。愛を貫き通した二人を皆で称賛し、讃える憧れの場面を私も体験したかっただけなのに。どうして怒られなくてはいけないのですか!?」


 はぁ、と教師は頭を抱え始めた。


「アリシア、お前の友人が通っている魔法学校の名は?」

「……コラン魔法学校です」


 周りからクスクスと笑い声が聞こえる。


「コラン魔法学校は庶民が半数以上を占める学園で、貴族がいるとしても男爵、子爵までだ。貴族のみが通い半数を侯爵、公爵が占める我が学園と同じにすべきではない」


「そんなぁ……」


 カーティスは事の重大さに気づき始め、焦燥と憤怒が混じったような表情で教師とアリシアを交互に見ている。


「婚約破棄は爵位が上がるほどその重要性が高まる。庶民にとっては純愛であっても、貴族間では単なる不貞行為と取られても文句は言えない。伯爵家に生まれながらそんな事も分からないのか」

「そ、それは……」



「あ、あのっ!! でも悪いのはリーナ様なんですぅ!!」


 先程までカーティスの後で震えていたアリシアが前に出てきた。


「わ、私は教科書やノートを切り刻まれました。ドレスを汚されたりぃ、突き飛ばされて怪我までしたんです」

「それについても今朝差出人不明の魔法水晶が届けられてね。水晶から映像を取り出すと映っていたよ。お前が自分でノートを破り、ドレスを汚し、何もないところで転んでいる姿がな」


「なっ、アリシアそうなのか!! 俺にはリーナがしたって」

「し、知りません。私、何も知りません。何かの間違いです。そう! そうです、きっと魔法で加工された偽物ですぅ!!」

「映像は本物だ。複数の教師で確認したから間違いない。アリシア、お前にも謹慎を命じる」


 教師の声と共に二人は魔法学校の警備員によって門の外まで移動魔法で飛ばされていった。




『聖玉の儀』当日


 聖玉の儀を受ける令嬢が並ぶ列の最後尾に、固い表情をしたアリシアがいた。列から少し離れた場所には、謹慎中のカーティスが深く被った帽子の下からアリシアを凝視している。その目は血走り瞳孔が開いていた。


 アリシアの順番がきた。カーティスが見守る中、アリシアは宝玉に触れ今ある魔力全てを注ぎ込んだ。その魔力は今日最大の物でカーティスは思わず笑顔を漏らした。


 しかし、どれほど待っても宝玉は青く光らない。アリシアは限界ギリギリまで魔力を放つが何も変わらなかった。そして、とうとう力尽きて地面に座り込んでしまった。

 その様子を見てカーティスが謹慎中にもかかわらず駆け寄りアリシアを抱き起こす。


「カーティス様、心配してくださったのですね。ありがとうございますぅ」


 カーティスの胸にしなだれかかろうとするのを、両手で遮られる。


「何を言っているんだ! まだやれるだろう!! 早く立て」

「えっ、無理です。これ以上したら命に関わります」

「知らん、そんな事。グレイラット家の存続がかかっているのだ。命の数年や数十年分ぐらい減っても構わないだろう!! 早く魔力を注ぎ込め!!」

 

 アリシアの顔から血の気が引いた。いや、アリシアだけではない。聖玉の儀に参加した者、見物しに来た者、それらが一斉に潮が引いたかのようにカーティスから離れて行った。


 異様な空気が流れる中、一人だけ彼らに近づく者がいる。リーナだ。


「ふん、アリシアの魔力でも無理だったんだ。お前如きに光らすことができるものか」


 吐き捨てるように言うカーティスに、視線をやることもなくリーナはゆっくりと宝玉に手をかざすと、魔力を注ぎこみ始めた。

 風がないのに木々の葉が揺れ、足元の小石が宙に浮かび上がる。教会の窓は魔力に共鳴するかのように音を鳴らしてひびが入っていった。


 皆が息を呑んだ。それ程の桁外れの魔力だった。


 宝玉が静寂の中、光り始める。初めは淡く、そして次第にはっきりとした青色に。


「ど、どうして。……リーナ、魔力が戻ったのか?」


 カーティスが呆然とした表情で呟いた。

 リーナは何も答えず鳴り止まぬ拍手の中、笑顔で両親とクリフォードの元へと駆け寄って行った。


「お父様、お母様………………」




△▲△▲△▲ Side クリフォード △▲△▲△▲


 「リーナ・コーランド、今日この場で、お前との婚約を破棄する!」


 ハワード魔法学園の長閑な昼下がりの中庭で、グレイラット伯爵家の次男カーティスは高らかにそう言い放った。


 俺はそれを中庭の木の陰から見ている。

 そろそろ事を起こすだろうと奴に監視魔法をかけていたのが、役に立った。

 それにしても、10日も前から監視魔法をかけているのに気づかないなんて阿呆すぎるだろう。


 カーティスの隣にはピンク色の髪をしたアリシア男爵令嬢が、リーナを見下ろしながら微笑んでいる。


 それを一瞥し俺はリーナに視線を移す。


 金色の髪はハチミツのように甘く輝き、近寄れば甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 たまらない。


 深い海の底を思わせる紺の瞳に見つめられれば、その中に吸い込まれそうになる。

 なんなら吸い込まれてもいい。


 どう考えてもリーナの方が可愛い。



「リーナ、聞いているのか!」

「……失礼致しました。聞いております、カーティス様」


 羞恥心からか赤くなって、震えているリーナに罪悪感を持つ。何故なら原因を作ったのは俺だからだ。

 

 この国で結婚の申し込みができるのは16歳になってから。だからカーティスがリーナに婚約を申し込んだ時、俺は指を咥えて見ているしかなかった。

 それでもリーナが幸せになるのであれば良いと思っていた。しかし、カーティスは女遊びが酷く、悪友と路地裏の賭場に出かけることもあった。


 俺が生まれたウィンザー公爵家は代々騎士団長を務めるほど高い魔力の者が産まれる名家だ。兄は18歳にしてトップクラスの攻撃魔法の使い手だ。そして、俺が得意とするのは相手の魔力を吸い上げること。どんな強い敵でも弱体化させれば難なく仕留められる。


 俺はその力をリーナに使った。


 カーティスが、リーナの魔力が衰えたことを知ってもリーナを大切にし、聖玉の儀までに女関係と悪友との関係を精算すればきっぱりと諦めるつもりだった。しかし、カーティスの悪行は変わらないどころか次に魔力の強い令嬢を探し始めた。

 婚約者のいる身にも関わらず、人目も憚らずアリシアを口説く姿は校内でも話題になっていた。


「カーティス様、何故、婚約破棄などと言い出すのでしょう?」

「それはお前自身がよく分かっているのではないか、リーナ。お前がこのアリシア男爵令嬢に対し、これまで数え切れぬほど、酷い嫌がらせを続けてきたことは分かっている!」


 嫌がらせ……?


 馬鹿馬鹿しい。全てはその女が仕組んだ事だ。奴らに付けた監視魔法のお陰で悪巧みをこの場で明らかにすることも出来るが、ここは敢えて様子を見よう。

 

   

「もう二度と俺とアリシアの前に姿を見せるな」


 そう言い放ち二人は中庭をあとにした。

 俺は二人の姿が完全に見えなくなるのを確認してから、真っ赤になって下を向いているリーナに駆け寄った。


「大丈夫か? いや、大丈夫なはずないよな……。だいたい婚約破棄するにしても、どうしてこの場所を選ぶのか」


 リーナはまだ下を向いたままで何も言わない。


「リーナ、馬車を呼ぶから今日は早退しよう。俺も一緒に帰るから」

「ありがとう、クリフォード、でも一人で大丈夫よ」


 ここまで彼女を傷つけるつもりはなかったのに……罪悪感が重くのしかかる。


 俺は魔力の強さに関係なく彼女そのものが昔から大好きだった。彼女の優しさや、聡明な所や、笑顔、全てが好きで隣に居られるだけで幸せだった。もうこの場所を誰かに譲るつもりはない。例えそれがエゴだとしても、リーナが振り向くまで気持ちを伝えよう。


 それから数日間、俺は毎日リーナの元を訪れた。夫妻は喜んで屋敷に入れてくれた。行くたびに出てくるお茶や菓子の量が増えるのには少々困ったが。

 リーナは結局、聖玉の儀まで学園に行くことはなかった。カーティスについても婚約破棄についても触れる事なく、ただ穏やかな時間を二人で過ごした。そして、


 


 聖玉の儀の当日、


 笑顔で戻ってきたリーナにコーランド夫妻は涙を浮かべ喜んだ。


「お父様、お母様だから言ったでしょう、大丈夫だって」

「でも、あなた昨日まで……」

「当日には魔力は戻る、私の言った通りになったでしょう?」


 そう言って悪戯な微笑みを俺に向けてきた。




 …………参ったな、どうやら俺の悪事はバレていた。


 さてこの場合、求婚と謝罪どちらを先にするべきか。






※※※


ラストでタイトル回収です!


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