第31話 父と子
「そうしてなんとかこの数日間で能力を最低限は制御しきったと」
アデルからの報告を受けたリナはグノシーのその実力に驚いていた。
魔王の力を制御することがどれほど難しいのかリナはハイベリアに聞いたのだが、いわく制御できるものでは本来なく、ましてや数日で安定化させるなど不可能だという事だ。
魔族ではないリナとしてはその難しさが到底理解できなかったが、自分がアデルと同じ力を手に入れたら制御するのは困難だろうというくらいの目測は立つ。
それよりも数段難しいことをしているのだと考えれば最低限とは言われているが制御しきったグノシーの実力は称賛に値するだろう。
「それでその肝心のグノシーは一体どこに?」
アデルと一緒に帰ってきているはずなのでグノシーはこの場にいてもおかしくない。
だというのにどこを見てもその肝心の彼女の姿はなく、疑問を浮かべたリナに対してアデルが苦笑いを浮かべながら扉の方へ視線を動かすと遠慮がちに扉から頭だけを出している彼女の姿があった。
「う、ウチはここです……」
リナに気が付かれたことで意を決して言葉を口にしたグノシーからは、食事をしていた時と同じで魔王としての気迫というものは感じられない。
部屋の中央に来るのが嫌なのか部屋の隅を移動しているその姿もあの姿を知っているとなんだか微笑ましいものだ。
「ああ、そう言えば忘れていたがあの毅然とした態度は能力によるものだったな」
「そ、そのぉ……なんちゅううか横から取ってしまうような結果になってしまって、ほんま申し訳なく思ってます……」
ところでグノシーは一つ勘違いをしている。
確かにいまの彼女は気弱でまるで魔王とは思えないような人物だが、魔王として名をあげるまで彼女はこのおどおどした態度でほかの魔族を圧倒し玉座についているのだ。
まるでアデルの隣は我がものだと言わんばかりのグノシーの態度を前にして引くことができないリナは、席から立ち上がると一歩グノシーの方へと近寄っていく。
おびえて逃げてくれれば御の字、そうでなくとも怯えてくれれば会話を有利に進めることができると考えたリナだったが、グノシーはおびえた様子こそ見せるがとくになんのアクションを起こすこともない。
ここまでくればグノシーの態度は擬態であり、彼女の心の内に渦巻いているのはやはり魔王としてのあの姿の時の精神性だということを見抜くことはリナにとってそう難しくはなかった。
「別に構わんよ、というか取られていないしな。分かりきってるが一番は私で二番はグノシー、君だ」
「ウチが二番? おかしな話やね、ウチ魔王やで? たかが一国の女騎士団長程度が比肩できると?」
「そのたかが団長に頭を下げなければ君はアデルの横にいられないんだ、可哀想な魔王様だねぇ?」
互いに譲れないものを奪い合う関係上、衝突というのは避けられない。
ましてやグノシーからしてみればリナは不動の地位を築いた宿敵であり、リナらかしてみればグノシーはその地位を奪わんとする外敵である。
人はすでに手にした物を奪われうになったときこそ最もそれを拒絶しようとするのだ。
そんな視線が殺傷能力すら持ちかねない二人の間に割り込んだのは、その原因となったアデルである。
「はいはい、喧嘩しない!」
いまにもつかみ合いに発展しそうな二人の間に入って止めてはみるが、こうなっては英雄も形無しだ。
そうして何とか喧嘩を回避し、二人を落ち着かせて機嫌を取る。
何のために喧嘩をしていたのだと言いたくなるアデルだったが、それをひとたび口にしたらどうなるかくらいはさすがにわきまえているつもりだ。
そうしてぎゃあぎゃあと騒いでいればさすがに何人かの人間が様子を見に来る。
そのうちの一人、ハイベリアが苦笑いをしながら部屋の中に入ってくる。
「大変だな最強。夫婦仲が悪いのはいろいろと大変だが、嫁同士の仲が悪いと更に大変だぞ」
「身をもってそんなこと体感したくないから二人とも本当一旦落ち着いて。優劣なんて付けないからさ」
「まぁ私も子供じゃないからな。アデルのためにも険悪になるようなことはしないさ」
「せやね、アデルの為にも。やからね?」
「……まぁ時間がなんとかしてくれるでしょたぶん」
面倒なことは後回し、時間がすべてを解決してくれるとアデルは思い込むことにした。
これで無理だった場合は考えたくもないがその時の自分がどうにかしてくれるだろうと信じて。
「みなさま、軽食を用意しております。いかがでしょうか」
「そう言えばいま何時だ?」
「人間界風に言うなら夜の2時くらいか、真夜中だぞ」
「そんな時間か。悪かったなうるさくして」
「別に構わんよ、うるさいくらいで寝られんほど神経質な魔族はおらん。強いていうなら娘が起きたらお前が面倒なことにはなるだろうが」
そういって目線が向けられるのはリナの方。
ハイベリアの娘が何やらリナと仲がいいらしいというのはアデルも所用でこの屋敷に来た時に耳にしていたので、先ほどの喧嘩がさらに過熱することを恐れたアデルは早々に部屋を出ようとする。
「なんとなく察したよ。腹減ったからとりあえず軽食を──」
「……どうかしたか?」
「いんや、なんか変な気配を感じた気がしたんだけど気のせいか」
部屋を出る瞬間、なにやら違和感を感じて部屋の中をもう一度眺めたアデルだったがそこには間抜けな顔をしたリナと不機嫌そうなグノシーがいるだけだ。
注意深く観察してもこれといった変化すら特になく、気のせいだったのだろうとアデルは自分を納得させる。
「まぁいいか。ご飯食べようご飯」
そうして部屋を出ていったアデル達の背中をハイベリアは少し青くなった顔で見送る。
これほど危険な橋を渡るのはこれっきりだ。
そう自分に言い聞かせながら、ハイベリアはアデル達の後を追うのだった。
そうして魔界でなにやら暗躍が進んでいるころ、人間界は王都にて真夜中の暗闇の中で二人の人間が相対していた。
「……なぜ帰ってきた」
怒りと驚きを織り交ぜ、心の底から疑問に思っているのだということを言葉に乗せながら男は目の前にいる自分の息子に問いかける。
本来ならば彼はいまこの場におらず、共和国へとゆっくり時間をかけて向かっている真っ最中のはずだ。
だというのにその人物が自分の目の前にいるという事実が男の心を荒波のようにざわめかせる。
そんな男の心の中を知ってか知らずか、少年――アイザックは怒る父に対して自分が父の為に頑張ったのだということを声高々にアピールした。
「お、お父様が私に下さった結晶が共和国で凄く高く売れたんです! だからお父様が喜んでくれるかなって……それで僕はここに……!」
実際アイザックはいい働きをした。
商品が商品だ、万が一にでもうれないということはないと思っていたが、男の目の前に山のように積まれている金貨を得るにはそれなりの交渉が必要だったということは間違いない。
褒めてもらえるとそう思っていたのだろう。
もしいまが平時であれば通常では考えられないほどの速度で商談を終え、荷物を無事に守り切り戻ってきたアイザックを抱きしてめてやりたいほどだ。
だが残念なことにいまは平時ではなく、戦の準備期間であり、そして唯一アイザックがこの国を離れられるタイミングでもあった。
「なんのためにお前をあのタイミングで共和国に行かせたと思う? あそこしかなかったからだ! お前はこの国と共に滅びる気か!!」
いや、いまからでも遅くはないかもしれない。
国境沿いに帝国の手が迫ってきているという情報こそ届いているが、アイザック一人であればなんとか脱出させることも――
だがそんな父の考えはアイザックに逃げる意思があって初めて成立するもの。
そして彼が思っているよりもアイザックという少年は己の状況を、そして国のことを頭ではなく感覚で理解していた。
「ですがお父様! 兄様達は王国に残っています! 僕だけがなぜ仲間はずれにされるというのですか!」
「分かってくれアイザック。我らサイロン家は古くは初代王にこの地の守護を任された歴史ある家系、たとえ何があろうとも当主である私と次期当主であるお前の兄と何かがあった時の補佐としてもう一人の兄がここに残らねばならぬのだ」
普段から椅子に座り書類とにらみ合いをしているだけで途方もないほどの財を貰っているのは、万が一の場合にこの国の為にありとあらゆるものを投げ出しその責任に答えなければいけないという重荷を背負っているからだ。
アイザックを逃がした時点でその約束を反故にしているといってもいい。
己の命一つでは贖うこともできないと理解しているからこそ、父はアイザックを送り出す前日に上の兄二人を呼び出しお前たちの命を可愛い末の弟の為に捨ててくれと頭を下げたのだ。
涙を浮かべるアイザックに対して、男は人生で初めて頭を下げる。
これほどに素晴らしい息子に育ってくれた喜びと、そんな彼が真剣に悩んだ末に出した答えを否と否定しなければならないことに対して。
「頼むアイザック。せめてお前だけでも生き延びてくれぬか、我らのことを覚えていてくれれば我らはそれだけで報われるのだ」
「無理です……だってお父様が、兄様達もそれでは……」
その小さい体に背負わせる重荷ではない。
せめてアイザックがもう少し大きくなっていれば。
もう少しだけ家族のことを愛していなければ。
そんな親として考えたくないことを貴族として考えずにはいられない男の前で、アイザックはとんでもないことを口にする。
「国王に直談判をしに行きます! こんな戦争を止めさせないと!」
「やめろアイザック! 戻れ!!」
止めようとして男の体が固まる。
帝国の進行によって王国が滅びたとき、戦争をやめさせようとして牢に入ったことが帝国側に知ってもらえれば恩赦の可能性は十二分に考えられると思ったからだ。
息子をたとえ罪人にしたとしても、それで救えるのならばいいのではないかと考えてしまったせいで、気が付けばアイザックはとうに部屋からいなくなった後だった。
「騎士団長も次々と消えたいま、帝国は一切の手加減をせずに我々を殺しにくるだろう。腐敗したこの王国に帝国に勝つ術などありはしない。これでいいんだ……これで」
自分に言い聞かせなければ気がおかしくなりそうだ。
頭を抱える男の目の前で音を立てて扉が開き、一縷の望みをかけながら扉の方へと目線を向けてみればそこに立っていたのは長男だった。
「父上! 先程外へアイザックが飛び出していきましたがなにがあったのですか!?」
「国王へと直訴しに行くそうだ。戦争を止めるようにな」
「馬鹿な! そんな事をしてはアイザックが殺されます!」
「待て! 追うな」
「何故ですか!?」
「商人として私はあの子を逃したが、あの子はサイロン家の人間としてこの地へ帰ってきた。その覚悟を踏み躙るな」
其れらしい言い訳を並べなければいけない自分の立場に腹が立つ。
自分のことを恨んでもいいからせめて生きていてほしいと願った父の願いとは裏腹に、長男が顔を青くしながら最も嫌な未来のことを口にする。
「覚悟? その為ならばアイザックの首が逆賊のものとして晒されてもいいと?」
「さすがに王とてそのような真似は──」
「します、いまの王ならば。王は行方不明だった第三期師団長に第一騎士団の団長と第四騎士団の団長を殺害され、兵の前で大恥をかかされて怒り心頭です。配膳係が食器の音を鳴らしただけで死刑にしようとするほどの勢いですよ」
全てにおいてはタイミングが悪かった。
もしアデル達がいなければ国王もそこまで怒り狂うことはなかっただろう。
その場合はアイザックは盗賊に襲われてその命を落としてしまっていた可能性も勿論あるわけで、人生というのは何ともままならない物である。
だがすでに死んでいるのならばまだしも、いまならばまだアイザックは生きている。
「……アイザックを止めず、すまなかった。馬を使えばいまからでも間に合うだろう、ついてきてくれるか?」
「もちろんです父さん」
決意を固めた二人の男は愛する家族を守るために屋敷の外へと飛び出していく。
決戦の時はもうすぐそこまで迫っていた。
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