第30話 暗躍
魔界のどこか。
ハイベリアが秘密裏に戦時中作ったそこは彼が密談を行う時に使われる場所であり、その場所を知っている人物はこの世に片手で数えられる程も居ない。
彼が唯一可愛い孫娘に対して隠している場所で、ハイベリアは自分以外に二人の人物を席を共にしていた。
座っているのは執事と龍王。
共和国に現在もいるはずの龍王はハイベリアが出した酒を一口で飲み切ると、冷たい目線を送りながら言葉を投げつける。
「首尾はどうでしたか?」
「無事終わったようですね」
「そうですか」
龍王の言葉に対して答えたのは執事。
アデルに対してはあれほど露骨に態度をあらわにしている執事ですらここまで畏まってしまうのは、龍王がかつては魔王の名を拝命したことがある人物だからだ。
歴史にこそ残されていないが、彼女は魔王としてその力を振るったことがある。
長い年月を生きている執事ですらその話を又聞きしただけに過ぎないが、確かな事実だ。
「これでよかったんだろ、龍王さんよ」
「ええ。これで問題ありません」
ハイベリアの言葉に対して龍王は肯定の意を返す。
それだけで話は終わったとばかりに再び酒を飲み始める龍王を前にして、それだけでは話が足りないと席を共にしている二人が感じるのは仕方のないことだ。
「――それにしても驚きました。まさかあの龍王がこれほどまでにアデル様に入れ込んでいるとは」
「龍は宝を大切にします。龍王の宝である彼を私が大切にするのはおかしくはないことでしょう?」
「死を繋ぎ止める為に縁を作らせる。やることがひでぇな龍王、しかもわざわざこの為に随分と前から裏で糸を引いていたな?」
「憶測で物事を喋らないでください。証拠はどこにも残していませんから」
この計画を実行する上でハイベリアは龍王から現魔王に反抗するように命じられていた。
ハイベリアが一言漏らせば証拠として十分なのにどこにも残していないと言うのは、漏らす気配を出した瞬間に殺すという示唆だろう。
一度は自分に勝った相手の言う事を破るつもりはないのでハイベリアとしてはどうでもいいことだが、えげつないことをするものである。
死にたいと願う本人の気持ちすらも無視して、たとえアデルが世界に絶望していたとしても無理やりこの世界に繋ぎ留めかねないその精神性は壊れていると言っていい。
「……いずれにせよ、これで魔界は平定する。王国への擬似侵攻も、もはや打ち止めということでいいのか?」
「いいえ、王国はこのまますり潰します」
龍王にとって最も大切なのはアデル、そしてその次にそんな彼が生きる事の出来る世界である。
裁定者として世界を管理する龍王からしてみれば今の王国の状態というのは切り捨てるのには十分だ。
現状すぐに問題かと言われればそれほど問題ではないが、外部から力を与えなければこの腐敗は続いていきそしていずれは他国へと徐々に侵食してくことだろう。
木々の剪定と同じ、しなければ世界がおかしい方向へと向かうのだから今更辞める理由もない。
「上が腐り落ちてしまいまたしから、そろそろ入れ替え時でしょう」
「冷酷な方だ。我々ならばともかく、どうしてあれほど人に入れ込んでおきながら簡単に切り捨てられるのか」
「種ではなく個人で見ているだけです。お気に入りを大切にするのは当然のことでしょう?」
「真理だな。それで? どうやって王國を潰すんだ?」
「魔界の反対勢力をぶつけます。そうすれば敵が減って仕事もできる」
龍王が話題に上げたのは魔王側に属さない反対勢力。
彼女の指示でそのまとめ役をしていたハイベリアの力があれば魔族に王国を攻めさせることくらい造作もない。
魔王側の妨害が入ることも考えられるがそちら側は執事がどうにかするだろう。
もはや王国側にはどうする手立てもない。
「裏から手を引いているのがバレればアデル様に嫌われてしまうのでは?」
「別にそれでも構わない、というよりはそうなるでしょうね。アデルは未だに人の子ですから」
悲しそうに笑みを浮かべている龍王は、どこか誇らしそうである。
ハイベリアにはアデルが邪魔をしてくる理由がわからないのだが、本当に邪魔してくるのであればそれは大きな問題だ。
あの最強を相手にして勝てるイメージはハイベリアには湧きそうにもない。
「最強に勝てるとでも? それとも死んでもいいということか?」
「#最強__アレ__#を育てたのは私です。それに私は死にませんから」
「秘訣でもあるのか?」
「そうですね……明後日になればわかる」
あんな化け物をどうにか出来るとは到底思えないが、本人ができると言うのだからできるのだろう。
悪い笑みを浮かべる龍王を前にして、ハイベリアはぬるくなり始めた酒を飲み込むのだった。
そうして時間は少し経過し、人間界基準でいうところの3日が経過したころ。
魔王としての力を制御するまでにかかると言っていた日数である4日を経過してもどうにもならない現状に、グノシーは焦っていた。
「どうグノシー。どうにかなりそう?」
「まだや……せやけどなんとかして抑えて見せる」
「そう急がなくてもいい。むしろ元から完全に制御できるなんて思ってもないしね」
「どういうことやねん?」
機嫌の悪そうな目で見つめられてもアデルは特にそれを気にする様子もない。
精一杯やっているところに努力が無駄になるようなことを言われれば不機嫌になるのは仕方のないことだ。
あえて、不機嫌にさせたとはいえその理由を説明しないのは相手に悪いと考えたアデルは怒るグノシーをなだめながら理由を説明する。
「グノシーには悪いけど、俺はそもそも4日で制御できるとは思っちゃいない。外に出た瞬間に暴走しない程度に抑えられそうなのが4日だ。実際いま怒っててもある程度制御できてるし、さすがだね」
「そういう事ならまぁ……歴代の魔王全てがこの力を操り切れへんかった、その訳が全身で感じられるわ」
少し身体に力を入れてみれば途端に胸の内から破壊衝動が現れ、目につくもの全てをぐちゃぐちゃにしたくなる。
継承当日のことを思えばこれでも随分とマシだ。
結界の外に出てもギリギリなんとかなりそうではある。
というのもグノシーは性格上歴代魔王の中で一番温厚と言っていい。
先代魔王が恐怖を与えたことで人含めありとあらゆる種族は魔族と接触すら絶ってきたし、魔族達もその影響でかなり落ち着いている。
身の内から出てくる破壊衝動に対してそんな環境が上手く作用しているようだった。
「先天的な物ではなく後天的な、それも元あったものよりもよほど強力な力ともなれば操るのは難しいはずだよ。補助用に俺が調整してるのにかかる日数が四日だったんだけど……まさかここまで制御してみせるとは思ってもなかったよ」
「補助用に調整? 補助輪でも付けてくれるちゅうんか?」
「そういうこと。俺の力は切り取る力、切り離す力だ。だから本気を出せば……」
アデルがグノシーの手に触れながら能力を発動すると、全能感と引き換えに先ほどまで心の中で燻っていた破壊衝動が引いていく。
能力を奪われたというよりは、そこにあるのに触れることができなくなったような不思議な感覚。
これが彼の言う補助輪なのだろうか。
「なにをしたんや? 急に身体が楽になったわ」
「グノシーの力をこの世界から切り離した。まぁ魔王の力だけあって抵抗が尋常じゃ無いから、これしてると俺はろくにこの力を使えなくなるんだけどな」
魔王の力を抑え込むにはそれ相応の力を支払う必要がある。
代償として能力の使用を制限されるアデルを見て、そう言えば彼はどうだったのだろうとグノシーは疑問に思う。
「ここにいた男の子にもそうやって?」
「メルの事か? あの子には特に何もしてないよ。元々魔王の力に親和性があったのもあるけど、あの子は魔王じゃ無いからな。ここまで症状は酷くなかった」
「そっか……アデルにいつまでも甘えるわけにもいかへん。ウチはなんとしてもこの力をいつか制御して見せる」
「期待して待ってるよ、魔王グノシーさん」
正直自信というものはないが、それでも漠然となんとかなるとそうグノシーは思う。
きっとそれは目の前にいる男の影響なのだろう。
全幅の信頼を寄せてくるアデルを前にして、グノシーは意思を固めるのだった。
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